第四章
第25話 花の魔女、ノストリアへ行く
傷心旅行ながら、おじいさまとの旅はなかなか楽しかった。
「娘は二人いるが、嫁に行ってずいぶん経つ。孫は男ばかりだったからな。つい厳しく接してしまっていたが、久々に甘やかしてみたくなった」
そう言って、道中いろんなお店に立ち寄り、お菓子やおいしい物を食べさせてくれた。服や装飾品のお店にも立ち寄ったけれど、欲しいと思うことはなく、勧めてくれた物は全て断った。
ただ花だけは別で、おじいさまが毎日欠かすことなく買ってくれる花を喜んで受け取った。おじいさまとしては「花の魔女への礼儀」と言うことらしい。いただいた花はしばらく眺めた後、保存の魔法をかけたけれど、バラやアマリリスの花は大きくて、そのままでは腰の袋に入れることはできず、更に魔法をかけて小さくしておいた。小さくても、パワーいっぱいで、おいしそう…。
おじいさまに、私が元草原の民だと話すと、
「それはそうだろう。花の魔女なのだから」
と、当然のように言った。
「花の魔女は草原の民からしか生まれない。…知らないのか」
私は首を横に振った。王都では花の魔女は私の二つ名で、私以外の花の魔女に関する話なんて、王様の話以外で聞いたことはなかった。
「少なくともフロレンシアではみんな知っていることだ」
おじいさまによると、昔からフロレンシアと草原の国には交流があり、フロレンシアの東部には草原の国がなくなる前から草原の民の血を引く人達が多く住んでいるのだそうだ。チェントリアの王家が草原の国に戦を仕掛けた時には、フロレンシアは参戦しなかったとは言え、領の中はギジュシャクしていたけれど、草原の国がなくなった後、知り合いを頼りに多くの草原の民が集まってきたらしい。
その中の一部の人が草原の国復興を目指し、もとの国の近くに住み始めた、それが新しい草原の集落。
「じゃあ、私のこと、奴隷上がりだって、卑しい奴だって、思わない?」
「誰がそんなことを…」
「…私が奴隷上がりだから、王子に嫌われていたって」
おじいさまは顔をしかめ、不快を隠すことはなかった。
「多分、そうでなくても好かれる要素はないんだけど。今思えば王子だけじゃなくて、王都では結構雑に扱われてたから、そのせいかって何となく納得できて。でも、同じ理由でみんなから嫌われるのが少し恐かったから、フロレンシアでは言えなくて…」
「あの国が滅ぼされたことも、住んでいた者達が連れ去られたのも、みんな知っている。多くの者が戦死し、逃げ出した者も多く、実際に奴隷になったのは国にいた半分もいない。だが、フロレンシアの者は、草原の民を奴隷上がりなどと思う者はいない。もちろん、私もだ。おまえは花の魔女としてこの国を守り、戦ってきただろう。この国に充分貢献している。それを感謝こそすれ、本人の咎でもない生まれのことで中傷するなど、あってはならんことだ」
おじいさまは背もたれに体を預け、深く溜息をついた。
「まず、おまえ自身が自分のことをそう思ってはいかん。王都の連中の考え方に毒されてはならん」
「…はい」
少し厳しい言い方だったけど、おじいさまは私のことを思ってくれているんだって感じられて、素直に頷けた。そんな言葉をくれる人がそばにいることがとても嬉しかった。
花の魔女を崇拝しているアイセル君が、草原の集落で草原の国復興を目指していきたいと思ったのなら、それも仕方ないことだ。
あんな、相手が誰かもわかっていない状態で強引な口づけをしてきたから腹が立っただけだ。いつもとは違う、荒々しいだけの…。
二股かけた。もしかしたら、もっと三股、四股だって、ある、のかな…。駄目だ。落ち込んでしまう。もう知らないし、私は関係ない。もう私とのつながりはないんだから、思うように生きてくれればいい。
あんなに腹が立っていたのに、フロレンシアから離れていくうちに私の怒りは徐々に収まり、何だか苦い思い出的な何かに変わってきていた。思い出せばむかつくけど。
おじいさまの言うとおり、一人でいなくて良かった。あのまま一人で馬に乗ってフロレンシアを出ていたら、ずっと恨む気持ちを抱えたまま恨みを膨らませ、誰かにそそのかされるままチェントリアに攻撃魔法の一つも繰り出すことになっていたかもしれない。
私はフロレンシアにいる間、王都にいた時よりずっと幸せだったんだから。
王都でさえ無理に戻されなければそれでいいとくらいにしか思ってないのに、フロレンシアを恨む事なんてないんだ。
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