第9話 花の魔女、力をなくす
次に目が覚めたら、部屋に王様はいなかった。私が目覚めたのに気がついた侍女が、私に声をかけるよりも先に外に知らせるため部屋を出た。
まだ頭も痛む。水が飲みたくて、頭元にあった水差しを掴もうとしたけど、何だか手にしびれが残ってる。
戻ってきた侍女はお医者さんを連れていた。
「お体にお変わりは?」
「頭が痛いです。…多分、棒みたいな物で殴られたんじゃないかなと。少しめまいがして…、吐き気も少し残ってます。あと、手が、少し、…しびれて」
お医者さんは首のあたりを触り、目を指で大きく開かれたり、あっかんべーをさせられて喉を覗き込まれた。針を打たれた手を動かしながらいくつか質問し、
「ずいぶん乱暴な…。大変でしたな」
と、同情的な言葉を伝えてきた。王城の人はみんな王様の味方だと思ったのに、そうでもないのか。
「ザランの実をご存知か?」
初めて聞く名前だった。首を横に振ると、
「魔力を押さえる実なんじゃが、それを含ませたと、兵士が言っとりました」
「殴られてから口に入れられた、あれかな」
「意識のない者の口に入れるなど、下手したら窒息するというのに。全く…」
意外とおいしかったって言ったら、きっと呆れるだろうな。
「恐らくその実のせいと思うんじゃが、魔法鏡を使って王城に転送しようとした時にうまく転送できなかったようでな、いつもの倍の出力で送ったようなんじゃ…」
それって、どっち向いても身体に悪いようなことしかされてないような気がする。
思い起こせば…。私を連れ戻しに来た連中、元婚約者の王子の配下の奴が混ざってたかもしれない。遠慮なく殴ってきたし、扱いは雑だし、わざと痛めつけてよしんば戻ってこれなくなればラッキーくらいには思ってそうだ。
とにかく安静にするよう言われ、治癒の魔法使いが来たけれど、頭の打撲はともかく、魔法由来と思われる体調不良にはあまり効果がなかった。
嫌な感じがして、花を持ってきてもらえるよう頼んだけど、それには応じてもらえなかった。
そこまでは信用されてないか。
次の日、王様がやって来て、いきなり平謝りされた。
「すまん!」
から始まった謝り所は、山ほどあった。
いつの間にか迎えに行く人間に王子の配下の者が混ざっていたこと。(やっぱり)
頭を殴ったこと。少なくとも暴力を振るわせる気はなかった、らしい。
大暴れを予想して念のために用意したザランの実を、魔法も使ってない状態で丸々一個含ませたこと。普通は四分の一くらいでいいらしい。
…その処方、覚えとこっと。
魔法使いが魔法鏡で王城へと転送するのに、ザランの実を食べていたせいか、私だけがうまく鏡を通らず、普段の倍の魔力を使ってフル出力で無理矢理通したこと。
その際に、鏡だけでなく、私にも変な魔法をかけたらしい。魔法使い達は「効かなかった」と言っていたけど、それは私を仮死状態にする魔法だったとか…。
物として運ぶつもりだったのか。そういうやり方もあるけどね。
やりたいことやってくれてんなぁ。
手のしびれはだんだんなくなってきたけど、何かあちこち変な違和感が残っていて、王様に頼んで小さな花を持ってきてもらった。
逃げないと宣誓したとはいえ、王様が私に花を手渡すのを躊躇しなかったのは、私が
「もしかしたら、魔法が使えなくなってるかも知れない」
と言ったからだ。
用意されたのは小さな花だった。爪よりも小さいくらいの、渋いピンク色の星型の花がたくさんついている。
一つつまんで、口に入れた。
両手をそっと前に出し、空気を包むように丸めて魔法を念じたけれど、出てきたのは、ろうそくの炎程度の火の魔法。それもほんのわずか数秒で消えてしまった。
花が小さいから…?
違う。明らかにおかしい。
しかも、自分の実感としても、ここに来たばかりの時より今の方が自分の中に魔力を感じなくなってる。元々自分の中の魔力は少ない方だけど、魔法の起動には必要なのに。
「もう少し、食べてみてもいい?」
「やってみろ」
王様の許可を得てから、小花を三つ、口に含んだ。
同じ魔法をかけてみたけど、さっきと変わらない弱々しい炎が少し長く、十秒ほど輝いて、吹き消すよりもあっさりとシュッと消えてしまった。
王子の逆襲が、ここに来て成功か。満足かなあ…。
魔法がなくなるかも知れない。
魔法を使わず、普通に暮らすのは難しいと、ようやく自覚したところなのに。
花の魔女じゃない私、必要じゃ、ないよね…。
王都でも用なし。
フロレンシアだって…。
王子は私の迎えに自分の手下を潜らせ、危害を与えたことで一週間の謹慎になったらしい。
本人は知らぬ、存ぜぬ、部下が勝手にしたことと言ってたらしいけど、たった一週間なら、うまいこと大っ嫌いな花の魔女を永遠に追っぱらうネタができて、ウハウハだろうな。
本当に嫌いだったんだ。
私も嫌いだった。王子の名前さえ覚えてないくらいに。
嫌いの両想い同士。このまま二度と会うことなく幸せになりたいね、お互い。
王様は、あの後三回も謝りに来た。
いつもの王様らしくなく、道具がなくなってもっと悔しがるか、あっさり切り捨てるかだと思っていたんだけど、むしろ、落ち込んでいるように見えた。
でも他の仕事が忙しいようで、ちょっと来て、ちょっと謝って、回復具合を聞いたらすぐに出て行った。
しばらく様子を見ても、魔力が改善する感じはしない。
王都に連れて来られてから四日目の夜、夜更けに王様が来た。
「駄目か…?」
「駄目ですね」
がっくりとうなだれる仕草に、やっちまった感が半端ない。
「あのクソガキはっ。国防をなんだと思ってやがるんだ」
怒りのまま、椅子を蹴飛ばした。
国防レベルでしか私を見ない、あんたもあんただけどね。
「もう一回試してみろ」
花を、珍しく束で渡された。こんな立派な花束、討伐に行った時しかもらえない。逆に言えば、討伐並みの魔法を繰り出せる量だ。もう脱走する危険性よりも、魔法の復活を願いたいらしい。
花を三つちぎり、一つを口にして、残りの二つに保存魔法をかけようとした。
だけど、花には何の変化もなかった。
放っておけば、このまま朽ちていくだろう…。
「ははっ。その辺の魔法使いより、力、ないかも」
笑うしかない私に、いきなり王様が暴言爆弾を投げてきた。
「…おまえ、俺の妾になるか?」
「…はい?」
何でそうなる。
「王子でも俺でもいいかとは思ってたんだ。若い方がいいかと思ってあいつと婚約させたが、あいつとおまえがそこまで憎しみ合うとは…」
「私も嫌いだけど、向こうは私の比じゃなく、すんごーーーく、嫌いだと思うよ。多分、私が巨乳だったとしても受け入れられないと思う」
王子には顔を合わせるたびに侮蔑と憎悪の目を向けられ、これでもかと嫌がらせをされてきた。それこそ、恨みでもあるかのように。
「あいつは、おまえが奴隷上がりだってのが気に入らんのだろうな。目の前の力より、何の根拠もない生まれを優先するとは。…第一王妃の考え方、そのままだ」
奴隷上がり…?
王様は、私の出自を知ってるんだ。自分でもよく知らない、私のこと。
物心ついた時には養護院にいて、私の変わった魔法に気付いた王様に引き取られた。その頃はまだ王様じゃなくて、王都の騎士隊の魔法騎士長だった。
「王様って、他の国と戦うのは得意だけど、お城の中で戦うの、嫌いだよね」
この王は、兄を亡くし、兄の嫁だった王妃達とそのまま結婚し、子供達をそのまま自分の子供にした。愛もない家族と距離を置き、兄の子供を次の王とすることを望んでる。
きっと、王様になりたかった訳じゃないんだろう。
だけど、引き受けたからには、この国を守るのが王様のお仕事だ。
「王様が何であの王子を次の王にしようとしてるのかわかんないけど、私は、あの王子は王にならない方がいいと思ってるよ。いつだって自分のことだけ。面倒なことは人任せ。成功したら自分の手柄、失敗したら他の人のせい。ちやほやしてくれる人に囲まれていれば幸せで、いつだって国のことより自分のことを考えてる。…前の王様みたい。前の王様、嫌いだった。…あなたも好きじゃないけど」
王様は、私の頭に手をやると、軽くポンポンと頭を叩いた。
「そりゃそうだ。おまえの一族は俺に滅ぼされたも同然なんだからな。兄のことも、俺のことも、おまえが好きになることはないだろう」
そして王様は、私が知らない私の話をしてくれた。
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