第8話 花の魔女、連れ去られる
アイセル君が出発して二日後、いつもより奥の果樹園からお手伝いを頼まれた。
また違った種類の柑橘を育てていると聞いて、図々しくも好意でもらっているお土産に期待し、次のシャーベット候補にできるかな、と、ちょっとわくわくしていた。
一仕事終え、お昼休みが終わった頃、一緒に働いていた人たちが見当たらなくなった。
あれ? 午前中で終わり? 午後から場所を変えるって言ってたっけ?
聞き逃していたかも知れない。
片付いている籠にちょっと不安を感じたのも束の間、殺気を感じて後ろに跳ね飛んだ。
さっきまで立っていたところに長い針が刺さっていた。
目の前に現れた黒いローブを着た三人組。うち二人は魔法使いだ。
「お迎えに参じました。花の魔女よ」
迎え??
「王がお待ちです」
王…。いつかは来るかも、とは思ってたけど。
周りに人がいなくて良かった。
「今の私はフロレンシアの住人です。王都に戻るつもりはありません」
「王をお待たせするなど、いくらあなた様でも不敬が過ぎましょう」
手にしていた花を口に入れようとした途端、手首にさっきと同じ針を打ち込まれた。
何かしびれ薬のようなものが先に塗ってあったらしく、花が手から落ち、拾おうとかがんだ隙に後ろから堅い棒のような物で頭を殴られた。
遠のいていく意識の中、口の中に何かどんぐりくらいの大きさの物を突っ込まれた。
吐き出さなきゃ…
そう思うのに、それが意外とおいしくて、ついはむはむしながらまるで沼のような深みに意識が落ちていった。
目を覚ますと、布団を掛けられて、ベッドに寝かされていた。
天蓋付きのベッド? どこのお貴族様の家だろう。
「よお、久しぶりだな」
目の前には王様がいた。木の椅子の背もたれを前に向け、腕を乗せて座ってる。
ずきっと痛む頭をこらえながら起き上がろうとすると、殴られたせいか、眠り方が悪かったのか、世界がぐにゃりと歪んでいく。
「戻ってくるのが遅いから、迎えを寄越したんだ。感謝しろよ」
感謝? あり得ない。人が戻りたいなんて思ってないの、わかってるだろうに。
「私は王子から婚約破棄されて、王都を追い出されたの。北の要塞でも不採用って言われたし」
「そろいもそろってみる目がない奴らだ…。だが、俺は出て行っていいとは言ってない」
王様は愉快そうに笑っている。誰でも王の言うことは聞いて当然だと思っているんだろう。冗談じゃない。
「こっちは追い出してもらってせいせいしてたんだから。王都なんて戻りたくもない。フロレンシアに行かなかったら、私は他の国に行くつもりだったんだからね」
他の国、と聞いて、王様はそれまでのゆるいにやけ顔を消し、真顔になった。
「それは、フロレンシアに感謝しなければいけないな。…よりにもよって花の魔女が他国に渡るなど、許せるわけがない」
この王は、私を戦力としてしか見てない。ずっとそうだった。
「王子だけじゃないよ、あなただって悪い」
「あぁ?」
不機嫌そうに睨み付けられたけど、王子が私を追い出そうとした原因は自分にもあるって、わかってないのかな。
「前から言ってたじゃない、王子の好みは高貴な生まれで、品があって、かわいくって、胸のでかい女だって。それなのに私みたいなのを押しつけるから…」
「乳でか令嬢が国政の役に立つか」
「乳と国政は関係ないのっ! 毎回そばに侍らせてたご令嬢はとっかえひっかえだったけど、好みはずっとおんなじだったでしょ? あの条件であれだけバリエーションがあるなら、ちゃんと探せばそれなりの相手はいるはず。もっと早くに私と王子を離しておけばよかったのに…。そしたらフロレンシアでだって、あんな嫌がらせされなくて済んだのに。あんな…」
思い出す、飛んでくる矢。光りながら落ちてくる魔法攻撃。荒れた地面。崩れた建物。逃げながらも攻撃してくる敵。負傷した仲間。街の人の悲鳴…
「…まあ、あれは感心したもんじゃないが、負けなかったからいいさ」
「次は負けるよ、あんなことしてたら」
「負けないさ、『花の魔女』がいればな。あの戦いはおまえの本気が見られただけで充分価値があった。あの時の本気のおまえはすごかった」
嫌な顔でにやりと笑う。この高評価は、道具としての価値を見直し、もっと働かせるつもりなんだろう。
腰につけた花の入った袋は…没収されてる。当然か。
「あれくらいのことでショックを受けるとは、魔女なんて呼ばれていながら、なまっちろい戦い方をしてたんだな」
薄ら笑いを浮かべて、鼻で笑う。
この王は、私をどういう人間だと思ってるんだろう。散々戦わせて、とうの昔に心なんてなくしてるとでも思ってるんだろうか。
「もうおまえは王都に戻ってきてるんだ。諦めろ。花の魔女に安住の地などあるものか」
王都に戻ってる?
ベッドから飛び降り、窓を覗き込むと、そこは高層階…。
広がるのは、王都の街並み。半分見える城の中庭。
王城の、北の塔?。
何で?? どれだけ寝てた? そんなに長く…
急に立ち上がったのが良くなかったのか、ぐるぐると目が回り出し、吐き気がしてその場に戻してしまった。
口から出てきた、黒い実の名残…
気絶する前に口に入れられたものだ。
それを見て、王様がそばにいた兵士に声を荒立てた。
「あの実を食わせたのか」
「連行する前に暴れましたので、い、言われたとおり、口に含ませ…」
「魔法を使わない限り使うな、と言っただろうがっ!」
珍しく怒りを見せる王様に、私を連れてきたらしい兵が慌ててる。
あの時食べた物が、さほど消化されていない。と言うことは、そんなに時間が経ってないはずなのに、どうして王都にいる?
あれ? おかしい。手がしびれる。
「なんで、…王都に…?」
「『花の魔女』のために、奮発して魔道具を使ってやったんだ。あの果樹園はレオール侯爵の持ち物でな。あそこにある魔法鏡と…」
王様が自慢げに転送魔法の話をしている間に、手から始まったしびれが全身に広がり、その場にしゃがみ込んだ。めまいが止まらない。
「おい。どうした?? フィオーレ?」
「気分…わる…」
起き上がれない。そのまま意識が飛んでいく…
「医者を呼べ! 急げ!」
王様が慌てるところ、初めて見た。私が死のうと気にもしないと思ってたのに。
そうよね。連れて戻りたいくらいには、まだまだ利用価値があると思っていたなら、ここで死なれたらもったいない、かな…
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