第二章
第7話 花の魔女、職業体験する
今日はすみれとアネモネを摘んで、
ぱくり。
丘に植えられた柑橘の木。大きいの、小さいの、オレンジの、黄色の、青いの。
甘く熟した実だけを選んで、丁寧に、枝も実も傷つけないようにプチッとちぎったら、麓にある籠まで空飛ぶ柑橘たち。
空中で種類と大きさで分けて、指定の籠に入れていく。
今日も籠いっぱいに収穫。
他の人のお仕事を取らないように、木を十本単位で作業を進めていく。全力は尽くさない。何事もやり過ぎないのがコツ。
なんせ、皆さん私の正体を知らない。ここでは、ちょっと魔法が使える、普通の女の子なんだから。
「フィオーレさーん、お迎えきたよー」
「はーい!」
呼ばれて行くと、今日もアイセル君が迎えに来てくれていた。
もうすぐ春とは言え、まだまだ冷え込むこの季節、フロレンシアの騎士隊にお勤めしているアイセル君もそんなに忙しくはないようで、時々こうして帰りに立ち寄って迎えに来てくれる。悪い人も、魔物も、まだ冬ごもりをしているのかも知れない。
私、「花の魔女」フィオーレは、諸事情あって王子に婚約破棄され、王都追放を兼ねて配置換を命じられたものの採用試験に落ち、無職になった。
赴任先へと道案内してくれた親切なアイセル君に誘われるまま、アイセル君の故郷フロレンシアへとついて行って、今アイセル君ちでお世話になっている。
「遠い親戚の、ちょっと魔法が使える女の子」という設定で、就職目指してフロレンシアで職業体験をしているんだけど、これがなかなか難しい。
事務職。勉強とか、手芸とか、家でじっとやるような仕事が向かない。
字も下手で、数字も書けはするんだけど、読みにくいと不評だった。暗号じゃないよねって。そんな風に言われると、暗号を書くのを仕事にしてもいいかも、って思ったりして。
お店の売り子。あんまり計算が速くないうえ、いまいち金銭感覚がよろしくなくて、おまけしすぎちゃ駄目だって言われた。
一応「花の魔女」なんて二つ名を持っているので、お花や野菜を育てる所にも行ってみた。土に触れるのも平気だし、汚れても気にならない。何かいけるかも? でも売り物の花を味見して、苦笑いされてしまった。
最近は果樹園の収穫のお手伝い。結局魔法なしではあまり人様の役に立たないので、ちょっとだけ魔法を使って、味の確かなものを厳選して収穫。
これは今のところ一番高評価だった。毎日じゃないけど、あちこち呼ばれて、時々馬で行かなきゃいけないような遠くにも行った。二週間もすれば、同じところがまた呼んでくれたりして、今までで一番続いてるかも。まあ、実がなってる間だけだけど。
もうちょっと重い物も動かせるし、橋を作ったり、道を作ったりするののお手伝いなんかどうかと思うんだけど、何でもやっていいよ、と言うアイセル君もちょっと笑顔をひくつかせて、「どこまで行くんだろうねえ」と言った。
橋を作る機会自体が多くないし、そういう時は多くの人を雇うから、いろんな人にお仕事が回り、お金を稼げる。それを私が取ってしまうのはよくない。
大丈夫、そのくらいの理屈は学んでる。私が魔法で多くの人の仕事を取ってしまってはいけない。
少しだけ馬に乗れるようになったけど、まだ危なっかしいから、と一人で遠乗りはまだ許可が出ていない。だから一人で行ける範囲は狭いんだけど、一人馬乗り散歩デビューもそんなに遠くはない、と思ってる。
ちょっとづつだけど、頑張ってる。うん。
今日一緒に仕事した人とさよならして、お土産にもらったいろんな柑橘類を手に、アイセル君の馬に乗せてもらった。
「今日は真っ赤なオレンジをもらったよ。少し味見したけどとっても甘いの」
「じゃあ、今日の食後に剥いてあげよう」
一緒にご飯を食べられる日は、その日あったことを聞いてもらう。こういう時間が好き。長い間、ご飯は一人で食べるものだった。同じ物を食べても、誰かと一緒だとおいしい物はよりおいしいし、苦手な物も食べれるようになる…ことがないことも、ない。
それなのに、もう少し暖かくなったらアイセル君ちから出て、独り立ちしようと思っている。まだ内緒だけど。
周りに声をかけて、借りられそうな家を探してるけど、収入もろくにない女相手に貸してくれる家なんてそうそうない。みんな苦笑いを浮かべてごまかしてしまう。
ちょっと聞こえてきた「世間知らず」という評価も、さもありなん、だ。
ずっとお城のどこかにいて、食べる物も着る物も支給されてたし、戦うときだけ呼ばれていたけれど、移動だっていつも連れて行かれ、連れて帰ってもらっていた。戦う以外のことはほとんど身についていないも同然だ。
結局、魔法を使わないと生きていけない。それが、私。
それなら、次の仕事はもう少し魔法に寄せてみようかな。
怪しげな薬を作ってみたり、傷を治したり、…討伐、とか?
結局そっちしかないのかな。
食事の後、ナイフでオレンジを剥きながら、
「急なんだけど、明日から一週間ほど出かけることになった」
とアイセル君が言った。
「王都との境にちょっと面倒な魔物が出たらしい。王都から応援要請があったんだ」
「私も行こうか?」
今までなら、そういうときはすぐに出動命令が出て、食事を中断してでも馬車に乗っけられて駆け付けていた。
「いや、君はゆっくりしてて。もう君に戦いを命じる者はいないんだから」
フロレンシアに来てから、戦うために魔法を使うことはなくなった。ここに来てすぐの時にあまり戦いたくない、と言ったので、アイセル君が気を遣ってくれてるんだろう。
「困った時には呼んでね」
そう言うと、笑みを浮かべてむけたばかりのオレンジをお皿にのっけてくれた。
血を思わせるほどに濃い赤色の果実はみずみずしくて、甘酸っぱい果肉をにやけながら頬張っていると、アイセル君は次にお皿に置いた実に小さく魔法をふりかけた。
何だろう、と見ると、赤いオレンジの実が凍っていた。それもほどよく、溶けかけくらいな感じで、フォークもちゃんと突き刺さるけど、シャクって音がして、口に入れるとキュンと冷たくて、かむほどにしゃくしゃくという歯触りと、さっきとは少し変わった味。癖になりそうだった。
「今度、これでシャーベット作ってみようか」
「いいの? 氷の騎士様の氷魔法をこんなことに使って」
なんて言いながらも、ついつい目は期待を膨らませてしまう。
「シャーベット、嫌い?」
「好き! 大好き!」
迷わず即答すると、アイセル君は
「僕も好きだ」
と言って、何故か少し目をそらせた。
翌日出発を見送って、長くお出かけする時にはもう習慣になっていた、花の加護の石を手渡した。
「気をつけてね」
「ああ」
深緑色のフロレンシアの騎士の制服は、王都で見た騎士の服よりずっと似合っている。王都から北の要塞まで送ってもらった時は、カーキ色の王都の騎士隊の制服を着てて、前髪が長く、もっと幼く見えたのに、こうしていると私より年上に見えるから不思議だ。
「帰ったらシャーベットね」
「赤いオレンジ、もらえるように話してるから。…フィア」
ふと呼び止められると、耳元に顔を寄せて、
「帰ったら、話したいことがある…」
そうつぶやいた後、ほっぺに出発のご挨拶のキス。お返しにほっぺにキス。
初めは戸惑ったけど、挨拶、大分覚えました!
「いってくる」
「いってらっしゃい」
手を振って、馬が門の向こうに見えなくなるまで見送った。
誰かを見送るのは、憧れだった。「いってらっしゃい」も「いってきます」も、「おかえり」も「ただいま」も、ほとんど使ったことのない言葉だった。
いいな。うん。いい。
…私、本当に一人暮らしする気あるのかな。
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