第10話 国王、花の魔女を取り逃す
フロレンシアの更に南には草原が広がっている。
かつてそこには草原の民がいて、時々、花の魔女と呼ばれる花の加護を受けた魔法使いが生まれた。
ある日、王の命を受けて、魔法騎士長ヴィルヘルムは草原の王と戦った。草原の国を属国にし、花の魔女の力を手に入れるために。
「まだ兄が王をしていた頃だ。
俺は王の命を受けて、フロレンシアの南にあった、草原の民の国と戦った。
一度目は、草原の王とは互角だったが、花の魔女の反撃に遭い、退散した。
あの魔女は、強いなんてもんじゃなかった。繰り出す魔法は桁違いだ。
ぱっと見は普通の女にしか見えないのに、花を喰らいながら戦う姿は妖艶で、敵でありながら見惚れたもんだ。
だが、あの魔女がいる限り勝てない。
二度目は、王の軍だけを呼び出せたが、戦いの最中に草原の国に異変が起きた。
王がいない草原の国を、隣国サウザリアが襲ったんだ。
いつもなら花の魔女が国を守っただろう。だが花の魔女はその時、腹に子を宿し、魔法が使えなかった。
花の魔女は、男とまぐわい、子を宿すとその力をなくす、と言われていたが、まさに伝承通りだった。
草原の王は戦いの中断を訴え、俺はそれに応じた。
しかし、遅かった。
腹の子共々、花の魔女は殺され、急ぎ国に戻った王も民を人質に取られ、ままならぬ戦でサウザリア軍に敗れ、戦死した。
生き残った草原の民は奴隷として他国に連れ去られ、おまえの祖国、草原の国は消滅した」
一度目の戦いで花の魔女と戦い、その力を知ったヴィルヘルムは、その姿を忘れられずにいた。例え戦いの中でも、もう一度
しかし、その願いはもう叶うことはない。
もし自分と戦っていなければ、草原の王は魔女を、国を守れたかも知れない。魔女の死は、自分のせいだと思えてならなかった。
「何となく、寝覚めが悪くてな。
花の魔女への弔い代わりに、奴隷として売りに出されていた草原の民を買い取り、王都チェントリアに連れ帰った。大人は王都で働かせ、子供は養護院に入れた」
しかし、チェントリアの民にとって草原の民は奴隷でしかなかった。なかなか対等な地位を得られず、やがて草原の民達はその出自を隠し、ちりぢりに姿を消していった。
養護院にいた子供もまた、元奴隷と罵られ、街では差別を受けていた。養護院を出る年になると、チェントリアに残る者は少なかった。
「その中に、あの花の魔女によく似た子供が二人いた。
花の魔女とは血縁ではないらしいが、同じ一族だからか、見た目はよく似ていた。
そして隠れて花を喰い、魔法を放つ姿を見て確信を持った。これは『花の魔女』だと。
すぐに離宮に連れて帰り、面倒を見ることにした。そのうちの一人がおまえだ。
もう一人はやがていなくなり、残った花の魔女はおまえだけになった。」
ヴィルヘルムは、大きな方の花の魔女を自分の妻にするつもりだったが、ある日、ヴィルヘルムが遠征に行っている間に王が盗んでいった。
ほんの戯れのつもりだったようだが、魔女を襲った王は命をなくし、花の魔女は力をなくしていた。
よもや魔女を襲って殺されたとは公表できず、王は落馬で急死したことになった。花の魔女だった女は幽閉され、処刑されることになった。
ヴィルヘルムは王になり、女の刑執行を延ばせるだけ延ばし、半年後、女を死んだことにして城の外に出した。そして兄王の王妃三人をそのまま王の妻として引き取り、その王子、王女をそのまま王の子とした。ヴィルヘルムは自らつなぎの王になったのだ。
「その頃、俺は兄を継ぎ、王になっていた。
おまえはあまりに幼く、奔放で、俺の嫁にしても他の王妃や王女達と並んで生きるのは厳しいと思った。だから、大きくなるのを待って、次の王になる第一王子の婚約者にし、おまえも国も守るつもりだったんだが…。
おまえの言うとおり、俺の采配が悪かったんだろうな」
王子は守り刀の意味を知らなかった。お飾りでいい、むしろ決して関係を持つなと念を押したくらいだが、それでも元奴隷が自身の婚約者になり、そばにいることさえも気に入らなかったらしい。次の王になると思えばこそ、託した力だったにも関わらず…。
そして、花の魔女はまたしても王族により力を失ってしまった。他の王子に任せるにも、もはや花の魔女は守りにはならない。
ヴィルヘルムは、王になってからも戦に出陣し、常に負け知らずだったが、殊更花の魔女が絡むことは勝てた例しがなかった。
花の魔女は、いつもヴィルヘルムが手にする前に散っていくのだ。
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