第5話 花の魔女、南に向かう

 次の日、駅馬車の時間に合わせて宿を出て、馬車がくるのを待っていた。

 ここ、北の要塞近くの街が始発らしく、待っている人は二、三人いた。

 この日の駅馬車は山を越えない路線で、西寄りの街道から南西の街に行くらしい。どこで降りるかも決めてない。どこまで行くかもわからない、ちょっとわくわくする旅。討伐はいつも集団での移動だった。一人で旅するなんて初めてかも。


 待合の席に座っていると、

「どこに行くんですか?」

と声をかけられた。

 顔を上げると、目の前に人が立っていた。何の用だろう。

 ぽかんとしていると

「私です。アイセル・アイスバーグです」

「アイセル君?」

 二日ぶりに見た彼は、髪を切り、ちゃんと目があった。

 騎士隊の格好ではなく、いいところの坊ちゃん風の服を着てる。やはり金持ちだったんだ。


「風邪、治った?」

「おかげさまで。…お出かけですか? 駅馬車で?」

「いやあ…、せっかく送ってもらったのに言うのも恥ずかしいんだけど、北の要塞、私はいらないって言われたもんで、これから南の方に行こうかなって」

 途端にアイセル君の表情は厳しくなった。

「花の魔女たるあなたを、いらないと…?」

「そりゃそうでしょう。花がなければ役立たず。北の冬を守るには私は役不足だもん。わかってて王子も私をこの季節にここにやったんだと思うよ。おかげでようやく自由に…って、て?」

 気がついたら、自分の荷物を持たれ、手を掴まれてぐいぐいと引っ張られた。近くに止めてあった馬車まで行くと、お付きの人が開いたドアから、まるで子供を乗せるかのように脇をつかんで持ち上げられ、座席に乗せられた。

「いや、ちょっと、あの、もうすぐ駅馬車が…」

「送りましょう、どこへでも」

「いえいえ、そんな近所に行くつもりじゃないんで。もう、要塞まで連れて来てもらっただけで充分なので。…おうちでゆっくりできてる?」

「家はここじゃありません。ここには母方の祖父の家があるんです。氷魔法が使えると北の出身と思われがちなんですが、私の家は南部のフロレンシアにあります」


 フロレンシア


 その地名に、心が冷えていった。

 守るために行って、荒らしてしまったフロレンシア。

 近くにあった花を食い荒らし、地面に魔法を打ち込み、敵は去ったけど、街は…

 私が俯いたのを見て、アイセル君は何かを察したのだろう。

「フロレンシアの者は、あなたに感謝してます。一時はあなたを誹謗した者もいましたが、一月もすれば、誰もがあなたが花の魔女だという意味を知りました」

 それは、どういう意味だろう。

「是非、あなたにはフロレンシアを見ていただかなければ。よし。それじゃあ、あなたをフロレンシアにお連れします。旅の準備を急ごう」

 アイセル君の合図で馬車は動き出した。

 

 しかし、あんなに無口だと思っていたアイセル君が、結構普通にしゃべるんだな。

 前髪を切って目が出たら、口も出るようになったのかな。はて。


「私の祖父はこの付近の領主をしています。時々遊びに来ていたので、王都から北の要塞までの道はよくわかっていました。あなたを北の要塞に連れて行く案内役を探していると聞いて、自ら立候補したのです。フロレンシアの恩人に対して、何かしたかった」

「恩人? むしろ罪人でしょ?」

 そういう私に

「それは、是非、街を見てから判断してください」

 そう言って、安心させるように笑顔を見せた。

「王都の騎士隊には一年契約で傭兵として雇われていて、ちょうど契約が切れたところでした。あなたを送る役を引き受けるには絶好のタイミングで、契約を更新せず、家に帰るついでと言えば、即私に決まりました。今なら神様がいるって信じられそうだ」

 そんな、私を送るごときで神の存在まで語られても…。でも、確かに絶妙なタイミングだと思う。

「私も、連れて行ってくれたのが、アイセル君で良かった」

 そう言うと、

「ほんとですか??」

 目をキラキラさせて、こんなに表情豊かな子だったんだなあ。何で前髪伸ばして顔を隠してたんだろう。

「あの…、ここまで来た時の荷馬車、まだある? あったら、それを借りられたら、それで何とかするし」

「まさか。祖父の家の馬車を使いますよ。私もフロレンシアに戻るところですし、今度だってついでと思って甘えていただければ。花の魔女たるあなたにあんな兵を送るような旅をさせるなんて、王子の所業には怒っていたんです。…でも、あなたとあんな風に旅ができて、とても楽しかった」


 社交辞令でも楽しいと言ってもらえて光栄だけど、別に話は弾まないし、猪の魔物は出るし、風邪まで引かせたし、寒いところに行くのにろくろく服も持ってない女に服の世話までして、むしろ大変だったんじゃないかなあ。

 …なんて邪推を許さないくらい、アイセル君は満足げな笑顔を浮かべている。

 何か、「花の魔女」が一人歩きしているような、変な誤解があったり、しないよね…?

「あなたが魚を素手で掴んだ時は、びっくりしました。木に登って木の実を取るのも。キノコを見つけるのがうまいのも」

 そ、それは、よく森の中で遊んでたから…

「すごくおいしいスープも、まずいけど良く効く薬草も。それを飲むのを見たあなたの反応もとてもかわいくて、花の魔女と聞いてもっと近寄りがたい人を想像していたのですが、あなたのような人で良かった」

 …ああ、そうか。初めは構えてたけど、実物はとっても庶民だったので安心したという事かな。立候補したとは言え、魔女を送るなんて、緊張したんだろうなあ。粗相があったらまた土地を荒らされる、くらいのことは思ったかも。そんなことしないけど。

「あなたが望まれるなら、この前のような旅にしてもいいですよ。ただ、今度の街道は野宿する必要はないですが…」


 馬車は、街中まちなかの大きな家に入っていった。

 その日はここ、ノストリアの領主をしているアイセル君のおじいさまの家で過ごし、おじいさま、おばあさまにも歓迎を受け、珍しい北の料理をごちそうしていただいた。

 翌日、ほどほどのランクの馬車をアイセル君のおじいさまからお借りし、王都から北の要塞までの旅を頑張ってくれた馬を連れて、アイセル君の故郷にして私が一年前にぼっこぼこにしたフロレンシアへと旅だったのだった。



 ここ、だったっけ??

 馬車から降りて、広がる光景に、ただびっくりした。

 温かい南部とは言え、季節は冬。

 それでも少ないながらも花はある。

 私が火炎攻撃に雷撃を放った、敵がいた平原には、一面に畑ができていた。

 私が崩した建物も、守れず崩された建物も、がれきは撤去され、既にその姿はなかった。

「適度に大地がほぐれ、花の魔法の加護なのか、試しに野菜を植えたら何でもよく育つようですよ」

 そんなこと、聞いたことない。まさか、こんなことになってるなんて。

 私が食い荒らした花たちがあった辺りは、あの頃とさほど変わらない。季節のせいか咲いてる花は少なかったけれど、あるものは葉を失わず、あるものは枝を見せて新しい葉を待っている。

「あなたが食べたのは、咲き誇っている花だけ。つぼみを残しておいてくれたでしょう? あの後すぐに次の花が咲きましたよ。それに、咲き終わった花も傷めてなかったので、実も採れました。建物はいくつか使えなくなりましたが、人にはほとんど被害はありませんでした。思いのほか復興はたやすく、ただそれに気がついた時には、もうあなたは王都にお帰りになっていて、お礼も言えず…」


 どんな戦いに行っても、戦いが終わればすぐに移動、そして次の場所へ。

 後を見守った事なんて、なかった。

 王子の所には報告があったかも知れない。でも、私の所には何の報告もない。

 フロレンシアから立ち去った時の、人々の嘆き、悲しみが、ずっと心に染みついていた。

 アイセル君が、私の髪に黄色の花をそっと挿した。

「フロレンシアを守ったのは、あなたですよ」

「良かった…。よかっ… わああああんっ」

 声を上げてわんわん泣く私を、アイセル君と、フロレンシアの皆さんは笑って見守ってくれていた。

 いつの間にかアイセル君の胸を借りていて、服に涙と、もしかしたらちょっと鼻水もつけてしまったかもしれないけど、文句一つ言わず、少し落ち着いたらハンカチを差し出してくれた。


「王家から解き放たれたんですから、ここで暮らしてもいいんじゃないですか? 何ならお仕事見つけますし。ご希望のお仕事、ありますか?」

「できれば、あんまり戦わずに、魔法をもっと別のことに使えたら、いいな…」

「時間はあります。じっくり探しましょう」


 そして私はフロレンシアのアイセル君ちでしばらく世話になり、今後の身の振り方を考えることにした。

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