第3話 花の魔女、北の山を越える

 この街を過ぎると、山を越えるまで野宿になるらしい。そして山の麓の街を過ぎれば、北の要塞。隣国との国境になる。

 山道は冷え、傾斜もあってあまり進みは良くなかった。曇り空が続き、お日様が出ない分気温は上がらない。


 山に入ったあたりから、アイセル君は咳をするようになっていた。急に寒くなって風邪を引いたのかも知れない。

 道中、馬の操り方を教えてもらっていたので、下手ながらも時々交代していた。

 今思えば、馬の乗り方も、馬車の操り方も全く教わらず、どこへ行くにもいつも誰かに連れて行ってもらっていた。こんなことじゃ駄目だ。いろいろできるようにならなきゃ。

 所々岩場があり、少し大きな洞穴を泊まりに使った。アイセル君はちゃんと泊まりに使えそうな場所を把握しているようで、早めに着いても無理に先を急ぐことはなかった。


 山に入って二日目、どうも様子がおかしいので、アイセル君をとっ捕まえて、前髪をたくし上げておでこをくっつけた。

 ああ、これは熱高いわ。顔も赤くなってる。しんどいだろうに言わないんだから…。

「もう、熱が出てるじゃない。無理しちゃ駄目!」

 そこから先は私が馬を御し、アイセル君が指定する岩場に着くととっとと寝床の準備をしてアイセル君を寝かせ、馬のお世話とご飯の準備をした。動こうとするのを叱り、あまり食欲がなさそうながらもスープくらいは食べてもらって、手持ちの薬草を煎じて飲ませた。

 おでこを合わせると、さっきよりさらに熱くなってる。まだ麓までは二日はかかるようだし、場合によってはここで具合が良くなるまで待つか、荷台にアイセル君を乗っけて私が馬を御してもいいか。

「寒い?」

「少し」

 珍しく正直に弱音を吐いてる。

「ごめんね、無理させて」

 花を一つ口にして、床と洞穴の入り口の冷気を抑えた。もう少し花があれば、洞穴全体を暖めることもできなくはないけど、今の手持ちの花を使っても明け方まで持たないだろう。いつ魔法を使わなければいけなくなるかわからないので、花は節約したい。


 代わりにアイセル君の隣に寝っ転がって、昔誰かにしてもらったように、胸をトン、トン、と優しく叩いてみた。トントンしてもらうと一気に眠気がやって来て、次の日には元気になれた。…自分が誰かにそんなことをする日が来ようとは。

 アイセル君はいくつなのかな。少年っぽいけど。可哀想に故郷に帰るついでとは言え、こんな面倒な魔女の世話を押しつけられて、気を遣うわ、風邪まで引いちゃうわ、ひたすら申し訳ない。

 山を越えたら後はすぐと聞いているから、早く家に帰ってゆっくり寝てもらおう。

 帰る所があるのは、いいもんだ。北の要塞に着いたら、とっとと解放してあげなくちゃ。

 そんなことを考えていたら、トントンしていた腕を掴まれ、引き寄せられて、気がついたらアイセル君の胸に頬が当たっていた。

 そのまま背中に手が回って、ぼそりと聞こえてきた一言が

「あったかい」

 …そんなに寒かったのか。

 そのままじっとしていたら、少しづつ手の力が緩まってきて、やがて寝息に変わっていた。

 もうしばらく、しっかりと寝るまで用心して、そっと抜け出そうとしたけれど、動くと腕の締め付けが強くなり、身動きがとれない。

 お母さんの夢でも見てるのか、それとも郷里に残した恋人の夢でも見ているのか。だとしたら、こんな代役でごめんね。

 近くにあるはずの自分のコートや毛布を手でまさぐって引き寄せ、何とか上にかけてみた。もちろんアイセル君だけでなく、自分にも。

 にわかに人間湯たんぽになったけど、こっちも熱を分けてもらって、気がついたらそのまま眠りについていた。


「おはようございます」

 挨拶されて目が覚めたら、アイセル君に顔を覗き込まれていた。

「もう熱は下がりました。ご迷惑をおかけしました」

 さらりとそう言って、いつ起きたのか朝ご飯の支度を終えている。

「どれ」

 手を伸ばして額に当てると、熱は下がってる。よかった。

 いつもは隠されている目が見えて、ふと見せた笑顔に何やら心臓の辺りがちょっと引き締まった感じがした。

 食事を済ませ、もう一度薬草を煎じて出すと、昨日ほど素直に飲まない。匂いが嫌なのかな。

 じーっと見ていると、意を決したかのように鼻をつまんで飲んでいた。水を出すとそのまま流し込んで息をつく。

 あまりに子供っぽい仕草に思わず笑ってしまうと、ばつの悪そうな顔を見せた。


 片付けを終えると、また旅を続けた。私が馬を操ると言ったけど、もう元気だから、とそこは譲ってくれなかった。

「無理をしちゃ駄目だよ。しんどくなったら、早めに言ってね」

「はい。あなたも…」

 こっちは身体だけは丈夫だから。そうは思いはしたものの、せっかくいたわってくれているので、素直に

「わかった」

と答えておいた。

 

 それから一日半で山を下り、麓から半日ほどで要塞が見えてきた。

 要塞の大きな門の前で自分の荷物を受け取ると、アイセル君に花の加護の魔法で固めた石を渡した。

「旅の間、ありがとうね。これ、私が作った物なんだけど、魔法攻撃から一回だけ守ってくれるアイテム。お守り代わりに気軽に受け取って」

 親指の爪ほどの大きさの小さな石。使い方はあなた次第。

「ありがとうございます」

 アイセル君は遠慮せず受け取ってくれた。

「じゃ元気でね」

 去って行く荷馬車に手を振り、ここから先の彼の旅が平穏であることを祈った。

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