第2話 花の魔女、北へ行く

 翌日、城にそぐわないぼろっちい荷馬車が横付けされていて、馭者台には若い男が乗っていた。

 うっすら青白く見える銀色の前髪を、目が見えないくらいうっとおしく伸ばしたその男は、

「アイセル・アイスバーグです。北の要塞までお送りします」

と言った。

 私の記憶が正しければ、ここ一年くらいに入った騎士隊の新人君ではなかったろうか。

 アイセル君は故郷に里帰りするところで、ついでに私を北に追いやる道案内をさせられることになったらしい、と兵士が教えてくれた。たまたまのタイミングとは言え、可哀想に…。


 荷台には着替えに幾分かの食料と簡単な野営セットが積んであった。それに庶民なら1ヶ月は暮らせるくらいの金をもらった。一緒に婚約破棄の書類ももらったので、これが王子との手切れ金だとすれば破格の安さだ。王子のくせにせこい。

 馬は元気そうで毛並みもいい。私を送るのを引き受ける代わりに、好きな馬を選ぶ事を許されたアイセル君は、寒さに強く、賢そうな馬を選んでくれていた。グッジョブだ。

 見送るのは王城の兵士だけ。

「いろいろあったが、元気でな」

「まあ、あの王子の相手は大変だろうけど、頑張ってね」

 私の言葉に兵士は苦笑いしていた。心当たりはあるのだろう。

 かくして私と大して知り合いでもないアイセル君は、荷馬車に相乗りして北の要塞へと向かったのだった。



「故郷に帰るところ、悪いね」

 開口一番、アイセル君に謝ると

「いえ、…ついでですから」

とぼそぼそとした声で答えた。やっぱりついでだったんだ。

 旅は道連れ、と言うものの、アイセル君は無口な男だった。

 さらさらと銀色に光る髪は長めで肩につきそうなくらいで、特に前髪がうざったいくらいに長い。故に目も合わないし、どこを見ているのかもわからない。

 話しかけても話は弾まないし、こっちもそんなに話し上手な訳でもない。

 黙々と馬を歩かせ、時々休みを取り、水を補給したり、食材を確保したり、花を見つけたら摘んだけど、この季節に咲く花はあまり多くなかった。


 1日目は宿のある街に着き、そこに泊まった。

 アイセル君は、私とは別に旅費をもらっているらしい。それぞれ自分のお代を払い、ご飯は一緒に食べたものの、特に大した話もせず、後は別行動だった。

 食堂に黄色いデイジーが飾ってあるのを見て、聞くと、宿の裏手に咲いているらしい。お願いすると、好きに摘んでいいよと言われ、少しだけ摘ませてもらった。花があってよかった。

 一つ食べて、残りの花に保存魔法をかけ、腰につけた巾着袋にしまっておいた。


 北の要塞で何をするのかは聞いてなかったけど、まあ魔法に関することだろう。

 すぐに首になる可能性が高いけど、もしかしたら、骨をうずめることになるかもしれない。

 両親も兄弟もいない私を心配する者も、守らないといけない者もいない、気楽な身だ。その割にあまり自分の思い通りに生きてる訳ではないのが、今更ながら不思議だ。


 次の日、アイセル君が私に丈が長くて裏地にもこもこのついたコートをくれた。私の格好では、ここから先が心許ないから、と言われた。お代を払おうとしたけれど、受け取ってもらえなかった。とりあえず礼を言ってコートを受け取った。

 田舎の道が続き、時々小さな街がある。少しづつ山に向かって進んでいるようで、時折森を抜け、日が落ちる前に街に入り、宿を見つけそこに泊まる。見繕ってくれる宿は安い割にきれいで安全だし、途中の食事の手配もしてくれるし、無口だけどテキパキと働くアイセル君に任せる旅は、そこそこ順調で快適だった。

 王子が手配した割には、当たりだな。裏がなければいいけど。

 

 五日目は次の町が遠く、野宿だった。

 夕暮れ前に森の中に小さなテントを張り、火をおこして川で捕まえた魚を焼いて食べた。

 魚は、私が捕まえたものだ。

「魚…、取るのうまいですね」

と褒められた。こんなこと、褒められたことなくて、てへへと笑いが出た。

 魚を串刺しにして塩をまぶし、おいしそうに焼けたところで、一人二匹づつ。一緒に焼いたお芋もおいしかった。

 夜になるとずいぶん冷えて、もらったコートを着たまま眠った。


 あまりに順調に旅が進むので、いつしか緊張感をなくしていた。

 そこを狙ったかのように、森を抜ける途中、猪の魔物が現れた。戦うため花を取り出そうとしているうちにアイセル君が剣を猪の胴に突き刺した。その刃が身体に通ると氷魔法が展開し、氷の結晶が花開くように広がったかと思うと、そのまま猪の胴体を真っ二つにしていた。

 結晶が丸刃のナイフとなり内側から広がってざっくりだ。これは美しく、華麗で、見事な技だ。かなりの氷魔法の使い手らしい。怒らせたら命はないな、と思いつつ拍手をすると、恥ずかしそうにポリポリと頬をかいていた。

 褒められ慣れてないのかな。

 花を口にし、瘴気が散らばらないように処理して、魔物であっても一応鎮魂の祈りを唱えた。


 私の魔法はとかく花がないと駄目なので、とっさに動きがとれないことが多い。

「ごめんね、知ってるかどうかわかんないけど、私、花を食べないと魔法が使えないんだ」

 自分が花を食べて魔法を出すことを話すと、アイセル君は

「そうですか」

とだけ答えた。やはり知らなかったのかも知れない。

「初動が遅れても、何とか取り返すようにするから」

 ちょっと反省を込めて言うと、

「…かみに、はなを挿しておけば…」

 かみにはな…?

 ああ、髪に花。…って。

「そんな柄じゃないし、旅に邪魔だし、似合わないし」

 後は、あはは、と笑ってごまかした。髪に花を挿す自分を想像して、あまりの似合わなさにちょっと虚しくなった。

 猪は魔物なので食べない方がいいだろう。

 アイセル君は魔物から核を採取すると、私に手渡してきた。

「いやいや、倒したのはアイセル君だから、アイセル君のものだよ」

 あれだけの猪の魔物の核なら、道具屋に持って行けばそこそこの値段がつくだろう。

 アイセル君は核を手に少し考えながら、核を自分の腰につけた袋にしまった。


 そろそろ道も半ばになってきたらしい。

 北の要塞は結構遠い。

 間もなく山に入るので、もっと寒くなると言われた。

 自分がどこで生まれたかはよくわからないけど、雪の降るところで暮らした記憶はなかった。だから、寒いところの装備がよくわかっていない。

 少し大きめの街に着くと、そこでアドバイスされるまま厚手の服を何枚か選んだ。そのお会計が気がついたら済んでいた。聞けばアイセル君が済ませたという。金持ちの坊ちゃんなのか? しかし、おごってもらういわれはない。

「自分の物くらい、自分で払うから」

 お金を返そうとすると、

「さっき、魔物の核を売ったお金が入ったので、遠慮なく」

「こんなに出してもらえるほど、私、活躍してないよ。アイセル君が倒したんでしょ?」

 そう言うと、何故か目を細くしてじろーんと睨まれた。

「…あなたは…。…まあ、いいです。手持ちのお金は、これからの暮らしで使うでしょうから、大事に置いといてください」

 どうしても受け取ってくれないので、お礼を言って、いつか別の形でお返しすることを考えた。この道中でお返しできればいいけど。

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