花の魔女と氷の騎士
河辺 螢
第一章
第1話 花の魔女、追いやられる
花の魔女
それは、私の二つ名。これほどまでに私の魔法を言い当てながら、私から遠い名はあるだろうか。
最初にその名を聞いた人は、みんな、私が春の女神ように花をポンポン咲かせてみんなを幸せにするような印象を抱くらしい。穏やかな治癒魔法なんか使って、優しく皆さんを見守る魔女…
なーんてことは、ない。
私は魔法使いながら、自分自身にはほとんど魔力がなく、魔法を使うには花を食べなければいけない。
花なら何でもいい。赤でもオレンジでも黄色でも。バラでも百合でもすみれでも。大きかろうが、小さかろうが、毒があろうが、グロテスクだろうが、花なら何でもよし。
味の好みもなく、口に含めば魔力が湧き出てくる。
戦う時には花束が与えられ、それをちぎってむしゃむしゃ食みながら火炎放射―!! とか出す魔法使い。
ある時は荒野に送られ、道端の小花を探し、つまんでは食べ、つまんでは食べして洪水規模の水をぶっかける魔法使い…。
これが、「花の魔女」。
まじで名前変えて欲しいんだけど、ここまで広まった名前はもはや誰にも変えられない。誰だ、最初に呼んだ奴。
せめて「花喰いの魔女」くらいだったら、誤解されることもないんだろうけど、とかく耳通りの良い名前と現実のギャップに、私を知った人は私が騙しているかのようにぼやくのだ。
それは、私の婚約者であるこの国の王子も同じだった。
そもそもこの婚約だって、私は嫌だって言ったのに、国の防衛のためとか何とか理由をつけて、向こうの親(=国王とも言う)が無理矢理「王命」で押しつけてきたものだった。
それならそれで、ちゃんと身内の説得くらいはしといて欲しかった。
王子は最初から「これのどこが花の魔女だ」と眉をひそめ、「俺はおまえとは嫌々婚約したんだ」と明言し、事ある毎に嫌みや嫌がらせをしてきた。
ドレスなんか持ってる訳ないのに、当日の昼、突然夜会に来いと言われ、魔女のローブと普段着で行ったら散々馬鹿にされたし。別の女連れて先に会場にいるのも常習。夜会や会議の日時を間違って伝えられるのなんかは日常茶飯事。こっちが仕事の日に限って時間厳守と難癖をつけ、文句があるならおまえも最前線で働いて来いよと言ったら不敬罪だと怒鳴られ…。
そんな険悪な状況の中、南部のフロレンシアが敵国の襲撃を受け、呼び出されたのは一年前。
味方は私のいた部隊だけ少なく、魔法使いは私一人で、花も用意されてなかった。
それなのに、運悪く私の部隊がついた位置には、相手方に手強い魔法騎士が三人もいた。
国を、仲間を守るため、私はとにかく必死で魔法を出した。そのために、辺りに咲いてる花を片っ端から摘み集め、食べることになった。
火炎魔法をいくつ放っただろう。雷撃をいくつ落としたことか。風を起こし、雨を降らせ、気がつけば敵は退散してくれていた。だけど花の都と言われたフロレンシアは花のない街になり、荒れた地面や崩れた建物が戦いの跡をくっきりと残していた。
私が戦った状況を知ってる人は私を罰することはなかったけど、街の人の落胆した顔、つぶやかれる愚痴、ののしり、諦め嘆く声が、いつまでも心から離れなかった。
こんな配置をしたのはバカ王子だったけど、結局は敵を撃退できたのでお咎めはなかった。だけどいろいろ言われたのは王子も同じだったらしく、「おまえのせいで俺の評判が悪くなった。その責任を取らせてやる」と言われた。
沙汰を待ちながらもあっちに魔物が出たと呼ばれ、こっちに蛮族が襲ってきたと呼ばれ、大人しく謹慎もさせてくれない。
一年もそうして過ごしているうちに、王子も罰は忘れたのかも知れない、と思っていた。だけど、街を本当の意味で守り切れなかったことを忘れることはなかった。
花を喰い散らかした害虫への罰は、ある日突然やってきた。
その日も魔物退治を終えてヘトヘトになって戻ってくるなり、突然夜会の会場に呼び出された。すぐ来いと言われ、着替える時間さえも与えられない。もはやローブで夜会に参加するのは慣れっこだった。
そこには王はおらず、王子は最近お気に入りのどっかのかわいいご令嬢を隣に侍らせていた。
「相変わらずみすぼらしい格好だな。恥知らずめ」
みすぼらしい格好でしか出られないようにしておいて何を言うか。恥知らずめ。
「今日は一年前のフロレンシアの罰をおまえに与えるために呼んだのだ」
突然なので、多分ふと思い出したんだろう。
「おまえとの婚約は破棄だ! おまえなど、金輪際縁を切る! この腐れ魔女がっ」
ようやく待ち望んでいた言葉が!!
思わず浮かびそうになる笑みを必死にこらえる。
王子が親(=王)の説得をしてるとは思えないけど、はっきりみんなの前で婚約破棄と言って、他の女といちゃついているんだから、もう取り返しはつくまい。
これで自由の身だ! 万歳!
と喜んだのもつかの間。
「花の都を荒らし、俺の顔に泥を塗った罰として、北の要塞赴任を命じる」
何ですって!
北の要塞!
仮にも「花の魔女」である私を、これから寒い冬を迎えようとする時期に北に向かわせるなんて、何という嫌がらせ。
北の地に行くこと自体は、別に文句はない。どうせ決まった家も家族もないんだから。あんなバカ王子の嫁にならされるくらいなら、一人北に向かう方がぜんぜんましだ。
だけど、北の要塞は北の中の北、確か崖の上にそびえたっていると聞いたことがある。そんな場所で、しかも間もなくやってくる冬。花が咲いてるわけがない。つまり私は魔法が使えない。そんな私に、要塞に行け?
魔法も使えない人間が北の要塞で何ができる? もちろん剣だって使えない。体当たりしたところで敵に撥ね返されるのがオチで、何の役にも立ちはしないのは目に見えている。
婚約破棄の希望は生きる絶望に変わり、がっくりとうなだれると、してやったとばかり、王子は実に満足そうに声を上げて笑った。
「さすがに一人では心細かろう。道中、道案内をつけてやる。とっとと立ち去れ!」
それは温情ではなく、私を逃がすことなく確実に現地に行かせようとしているとしか思えなかった。
馴染みの王城の兵士に連れられて広間から出ると、王城の使用人が住む区域に連れて行かれ、部屋が与えられた。自分の部屋にも戻れず、一晩ここで過ごさなければいけないらしい。
「すまないな、こんな部屋になるが…」
鍵はかけられたけど、牢じゃなくて良かった。使用人の部屋っぽく豪華ではないけど暖かい布団が用意されている。もしかしたらこれがお布団に入る最後の夜になるかもしれない。
ゴロンと横になったら、昼間の疲れもあって爆睡していた。
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