第3話 真実

 人魚の秘薬は「必ず幸せになることができる宝」ではなかったようで、地図には次の行先が示された。もらった秘薬の小瓶にはタグがついていたが、真っ白で何も書かれていなかった。それを飲む勇気はイザークにはなく、とりあえず持ち歩いていた。


 大きな町へと来たので、旅芸人として道端で芸を披露し、イザークは日銭を稼いだ。その日はその町で宿をとることにした。

 

 夜、宿の部屋でカーテンを閉めてろうそくの火で例の地図を確認する。目的地まではあと2日ほどだろうか。久々に両親の手紙も取り出して読んでみた。この歳になっても、時折両親がもうこの世にいないのを寂しく思った。


地図と手紙を開いたまま、イザークはバッグから人魚の秘薬を取り出した。白紙のタグ。試しに小瓶のふたを開けてみる。そっとにおいを嗅いでみたが、無臭だ。


「すみません、夕飯はどうなさるんでしたっけ?」


突然部屋のドアが開き、イザークは手紙と地図、そして薬を背中で隠すように慌てて立ち上がった。宿の主人だ。鍵を閉めるのを忘れていた。


「すみません、驚かせちまって。何度かノックはしたんですが…。」


イザークは、こちらこそすまない、と謝り夕飯は済ませたから大丈夫だと宿の主人に伝えた。おくつろぎください、と一言残し主人は出ていった。イザークは主人の足音が遠ざかってから鍵を閉めた。


「キッ!」


シュウの鳴き声で、イザークは机の上に視線を戻した。


「うわっ、まずい!」


ふたを開けたままの小瓶が倒れていた。振り向いた際に手で押してしまったのだろう。イザークは慌てて小瓶を戻したが、中身のほとんどはすでに地図と手紙の上にこぼれ出てしまっていた。


薬よりなにより、大切な手紙と地図が濡れてしまったことがショックだった。海水で濡れた時のように丁寧に扱って乾かさねば。


机に張り付いてしまった手紙をそっと剥がすと、何かがおかしかった。


「文字が…動いている?」


手紙の文字がうねうねと動き回り、しばらくすると全く違った内容の文章がぎっしりと並んでいた。シュウがタグをつんつんと嘴でつついた。手紙同様に濡れてしまったタグには文字が浮き上がっていた。


「『真実を見せる薬』…どういうことだ?」


不老不死の薬ではなかったということか。イザークはとりあえず手紙を読んでみることにした。


「故郷は消え、私たちには呪いがかけられてしまった。愛しのわが子、イザークにもその呪いは受け継がれるらしい。やつの悪行を止めるため魔力の元となる宝玉を奪ったのに、まさか魔法を使ってくるとは。宝玉なしでも魔力は多少あったか。憎らしいドラゴンめ。


われらの土地を枯らし、人の住めぬ場所に変えてしまったあいつを倒してやりたい気持ちはやまやまだが、今は生きることに専念しよう。


呪いのせいで、ひとところに留まると黒い奴らが大量に押し寄せてしまう。生き残った私たちは旅芸人となることにした。


愛すべき息子が呪いの発動する18歳になる前に、この地図を完成させなくてはいけない。宝玉の魔力はたっぷりとある。これを活用すれば私と妻のアリスならば仕上げることができるだろう。


万が一、私たちが彼の傍にいられなくなった時に、彼が希望を持ちながら黒い影から逃げ続けられるように。彼が、逃亡のための旅であることを悟らぬように。」


イザークの手紙を持つ手が震えた。これが、真実?


だとしたら、「必ず幸せになることができる宝」というのは、嘘なのか。両親が呪いからイザークが逃げ続けることができるよう、様々な宝を表示することのできる地図を作ったのだとしたら、この旅は終わってはいけない。


もうこの世にはいない両親に対して、怒りとも悲しみともつかぬ感情が溢れた。気持ちの整理がつかない。


地図の方も変化していた。次の目的地とは別に、大きく印のついている場所があり、そこにドラゴンの絵が描かれていた。


人魚の秘薬が真実を見せる薬であるということも、本当かはわからない。人を惑わす薬かもしれない。


しかし、薬によって見せられた真実は、幼いころに両親が時折見せいていた不安そうな切羽詰まったような表情の理由になりうる。当時は興行がうまくいかなかったのだろうぐらいにしか考えていなかった。


宿に泊まるときも、テントで眠るときも、夜は絶対に外には出るなときつく言われていたことも思い出した。


今思うと、両親が亡くなってから施設へ預けられた時も、妙にスムーズに事が運んだ。両親は黒い奴らに襲われて命を落とす可能性があることを、重々承知しており事前に周到に準備していたのではないだろうか。


ベッドに横になり、ぐるぐると考え事をしているうちに、イザークは眠ってしまっていた。






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