第9話 恐獣

 その時だった?突然イェブが叫んだ。


「キュイッ!!」


 だが、私が反応するより先にシズカさんの背後からコウモリ型の怪物アドが現れて、覆いかぶさる。


「痛っ」


 そしてシズカさんの肩口に噛みついた。普段なら接近に気がついていたであろうシズカさんも大量の昆虫型怪物に動揺していたのだろう、攻撃を許してしまった。


「ガアアアアッ」


 主の危機にシズカの乗っていたオサダゴワがアドに噛みつく。私もインベントリから槍を取り出して投げつける。


 翼を食い破られ地面に落ちたアドの頭部を私の槍が貫いた。それほど生命力の強くないアドはそれだけで絶命した。


「シズカさんッ」


「大丈夫だ」


「止血しないと」


「いや、血はもう止まっている。この世界だと傷の治りが異様に早いだろ?、食事さえちゃんと取っていればすぐ回復して――――」


 バタッ・・・。話をしている途中でシズカさんが急に倒れた。


「ハアッ、ハアッ」


 息を荒げて滝のような汗が流れている。そうか、アドに攻撃を受けたから・・・・。


「怪物病だ。オサダゴワ、近づくなっ。お前にも感染るっ」


 怪物病はアドの攻撃を受けると確率で感染する状態異常だ。体力がすごい勢いで減り続ける。プレイヤーにも感染するから下手に私も助けに行けない。


 ゲームでは強制的に体力を戻す回復薬を飲み続けて病気が治るまで耐え続けるか、諦めてリスポーンするしかないのだが、原状回復役を製作する調合台が出来ていないし、シズカさんは死ねば終わりだ。


「そうだっ!!ウルムっ、お前怪物病の治療薬を体内で合成できたなっ」


 アドの怪物病があまりに初見殺し過ぎて苦情も多かったからか、途中のアップデートでアドとセットでいることの多いウームスルプローラに追加されたスキルだ。


「たしか赤い木の実とグラディックマッシュルームが必要だったな。救済策だから洞窟の近くで採れたはずっ」


 私はガーストに飛び乗ると洞窟の出口へと駆け出した。


「ウルムッ!!お前は付いてこいっ、オサダゴワはシズカさんを看ていろ」


 外へ通じる暗闇の中、急ぐ私の耳に出口からエリカさんの叫ぶ声が聞こえた。


「シズカさんっ!!タケルっ!!肉食獣が近づいてきているっ!!急いで戻って」


 くそっ、こんな時に。


 私はガーストを更に加速させる。洞窟の出口から外に飛び出すと太陽の光に一瞬視界を失う。


「つ」


 目がなれてくると外の景色が見えてきた。それと同時に巨大な影が私に覆いかぶさっているのが見えた。


「うわああああああああっ」


 巨大な影は鉤爪のついた腕を私に向かって横薙ぎに振るってくる。

 私は回避は無理だと判断して更にスピードを上げて影の股の間へと逃げ込む。


 それが功を奏して攻撃を躱すことが出来た上に相手の後ろへと回り込めた。振り返ると巨大な影の正体が見えた。


「アヴィドか」


 セカンダリー・カダスの中では中型、しかし体長12メートルの大きさは人間からすれば十分巨大だ。ジュラ紀の肉食恐竜アロサウロスをアレンジしてデザインされている。攻撃力が高く獰猛だ。

 小型のガーストでは歯が立たない。


 ゲームのモニタ越しに見ていただけでは実感できなかったが数字以上に大きく見える。


「タケルっ逃げてっ、そいつが突然襲ってきたの」


 エリカさんの叫び声が聞こえる。彼女はオサダゴワに乗ってアヴィドの足元を逃げ回っている。


「拠点から引き離しますっ」


 私はバッグから弓矢を取り出すとアヴィドの目を狙って射掛ける。しかし矢は大きくハズレて額に当たる。


 矢はアヴィドの厚い皮膚を貫通することは出来ずにぽとりと地面に落ちた。


「シズカさんみたいに射撃はうまくいかないか」


 しかし、アヴィドの注意をこちらに引くことが出来た。洞窟の入り口から離れた方向へガーストを向かわせる。


 だがそううまくはいかなかった。アヴィドアはその巨体故に大きな歩幅で私の進行方向に大回りする様に回り込んだ。


「速っ!?」


 アヴィドは上半身を大きく落とすと、地面スレスレに顔を付けてあんぐりと口を開いて急制動をかけるガーストと私に食いつこうとした。


「やばっ」


 方向転換をかけるが間に合わない。ここでリスポーンかと覚悟したその時。


「グヒュッ」


 横から現れたウルムが溶解液をアヴィドの顔面に吹きかけた。ガーストよりもウームスルプローラはだいぶ足が遅いから遅れて洞窟の入り口から出たのだろう。アヴィドの待ち構える場所のちょうど横合いから飛び出すことになった。


「ガアアアアアッ」


 ウルムの溶解液はアヴィドの右目を焼きシュウシュウと煙を上げている。他にも顔面の大きな範囲を爛れさせている。


「グルルルルルッル」


 アヴィドは残った左目を怒りで燃え上がらせながらこちらを見る。しかし痛みが激しい状態では襲えないと悟ったのか洞窟から離れる方法で逃げていった。


「案外冷静なのだな」


 それよりもシズカさんを救うために治療薬を作らなくては。アヴィドが視界から消えて十分に安全が確認された後、作業に取り掛かった。


「タケルっ、シズカさんはどうしたの」


「アドという怪物の攻撃で怪物病という状態異常になりました。いま新たにタームしたこのウルムのスキルで治療薬を作ります」


「わかったわ」


「赤い木の実と、緑のこういう三角のキノコです」


 いちいち説明するのに手を止めない。洞窟周辺で木の実とキノコを採取しながら早口で説明する。エリカさんも手伝ってくれる。


「ウルム」


「グヒュッ」


 木の実とグラディックマッシュルームをウルムに食べさせる。

 ウルムはしばらくモゴモゴと頬を動かした後、繊毛をワサワサと震わせて口からネトーっと粘液にまみれた治療薬を俺の手に吐き出した。薬を使う時に私も感染するので2人分だ。


 え?そっから出すの?他の怪物、特にアヴァロスなんかは加工した状態でこっちのバッグに直接転送とかしてくれるぜ?


 エリカさんもなんか眉をピクピク動かして引いている。

 しかし、なんかウルムが得意げだから可哀想なので黙っておく。


「この子どうしたの」


「奥の広場にいた怪物なのですが、偶然タームできました」


 洞窟の道を走りながらエリカさんに説明する


「エリカさんはヤスデとか平気なんですね」


「私は考古学者よ。砂漠で発掘とかフィールドワークをするのに節足動物とか気にしてられないわ」


「シズカさんはものすごく怯えていましたよ」


「え?マジ、それは見たかった」


 私たちは奥の広場へとたどり着いた。私は倒れたまま息を荒げているシズカの傍らにひざまずく。


「グッ」


「大丈夫?」


「エリカさんは近づかないで、感染します」


 近づいたことで私にも感染したようでかなりきつい。全身を襲う倦怠感と関節をナイフで切った様な痛みがある。


 治療薬はご丁寧に無針注射の様な形をしている。


「少し失礼」


 私はシズカさんの宇宙服の様な服装の前をはだけると腕を引き出す。中は半袖インナーを着ているようで大事なところは隠されていて安心した。腕の肌が露出しているところに、プシッと薬液を注入すると、私は自分の腕にもう一つの治療薬を打った。


「ふう。まにあった」


「良かった」


 しばらくするとシズカさんが目を覚ました。

 エリカさんが心配そうに覗き込む。そして、その隣で何故かウルムも心配そうに見下ろしていた。その結果、シズカさんの視界いっぱいにヤスデの頭部がドアップで見えるわけで・・・。


「うわああああああああああっ」


 そうですよね、起き抜けにその映像は辛いですよね。

 泣き叫んだシズカさんは強化されたステータスの拳で思いっきりウルムの顔をぶん殴った。


「オボエエエエッ」


 思いっきり顔面を殴られて、ウルムは思わず溶解液を吐き出した。それをシズカさんとエリカさんは二人共まともに浴びてしまった。


 ああ、言い忘れていたが、私とエリカさん、シズカさんはクランというチーム登録をしている。


 セカンダリー・カダスの仕様では【同じクランのメンバーに攻撃のダメージが通ることはない】。タームした恐竜も同様だ。しかし一部の特殊な攻撃は昏睡値の上昇や、装備品へのダメージを与えるものがある。そう、装備品へのダメージ。実はウームスルプローラの溶解液もこのタイプだ。つまり肉体へのダメージが無く装備品へのダメージが有ると言う事がどういう事かと言うと。


 服だけ溶ける。

 

 一糸まとわぬまで裸になった二人が硬直している。殴られたウルムはピクピクと地面で硬直している。 

 

 シンッ。


 辺りを静寂が包んだ。


「おおっ、眼福」


 しょうがないので私は素直に喜ぶことにした。



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