第6話 エリカとシズカ

「改めて助かったわ。私はエリカ・ブラウン」


「シズカ・イースト戦時特務中尉だ」


 拠点へとたどり着いた私達はお互いに情報交換することにした。高台へ登る道は防護柵と石壁で厳重に塞いである。ナイナメス将軍が撤去して登ってくるにしてもしばらく時間がかかるだろう。


「あなたのお名前は?」


「功刀猛(くぬぎたける)です」


 私はこの世界に来て初めて自分の名前を口にした。


「そう、タケルちゃんね。よろしく」


 "タケル・・・ちゃん――――――"

 その呼び方にズキリと昔の記憶が蘇る。


「「タケル」で、呼び捨てで結構です」


「そう、じゃあタケル」


「私はクヌギ殿と呼ぼう。まだ名前で呼び合う仲でもないしな」


「もう、シズカさんたら、そういうところから距離を詰めていくのがコミュニケーションでは大事なのよ」


 エリカは仕方が無いといった感じで首を振る。


「改めてタケル。ありがとう。助けてもらえなかったらどうなっていたかわからないわ」


「こちらも下心ありで助けただけですから気にする必要は無いです」


「え?下心って……」


 エリカが不安そうに胸元を隠す。シズカはゆっくりと槍を持つ。


「ち、違いますっ!!そういう意味じゃなくて、私はこの世界に来たばっかりで、訳がわからなくて情報が欲しかったんです。助けたならこういうふうに話もしやすいでしょう」


「なんだ、びっくりした」


「ふん」


 ひとまず二人は警戒を解いてくれたみたいだ。


「そういう事なら、私はこの世界に来て三ヶ月くらい経っているから話せることもあるかもしれないけど」


「私は一ヶ月くらいだ」


 とりあえず、疑問に思っていることを聞いてみる。


「お二人は何の言語で話されているのですか?私は日本語で話しかけているつもりなのですが」


「ああ、それね。私もシズカさんも英語を母国語にしているわ」


「私には、"母国"というものは無い。だが言語は英語だ」


「ということは、この世界では勝手に翻訳される?」


「そういう事。そうじゃなければ、さっきのナイナメス将軍。古代マケドニアの将兵と会話はできないわ」


「マケドニア?原住民ではなかったのですね?」


「ええ。私が見て回った限りでは、この世界に最初からいる人類はいなかったわ。すべて私達の知る地球から来ている。ただ、時代がかなりずれているみたいだけど」


「確かに、マケドニアのような昔の人がいるならそうですね。因みに私は二一世紀初頭の人間なのですが」


「あら、私も同じ位の年代よ。ならオーストラリアの大学で考古学を専攻していた博士って言えばどんな人間か分かる?」


 エリカさんは私と同じ時代か。博士号を取っているにしては若い。二〇代後半にしか見えない。年を聞くのは憚られるが飛び級というやつだろうか。


「私は二三五五年にここに飛ばされた」


 おっと、シズカさんは未来人ですか。


「じゃあ、今って西暦何年なのですかね?」


「それを考えるのは意味のないことだわ。ここが本当に地球とは別の世界なら時間の流れも、もしかしたら方向さえも違うかもしれない、所詮、時間なんてクォーツの振動で人間が便宜上定義しただけの物だもの。世界を外から見れば、過去から未来、長く連なる全体の一部の状態に過ぎないわ」


「な、なるほど」


 よくわからない。


「なんでお二人は追われていたのですか?」


「私は最初、偶然近くで目が覚めたイギリスの大学生四人グループと行動を共にしていたの。元の世界で私より三〇年ぐらい前の人達だった。で、この辺りを探索していたらナイナメス将軍に捕まって、元の世界に戻る方法を探る手伝いをしろって脅されて」


「そうですか」


「アレクサンダー大王の元に馳せ参じなければいけないからどうしても戻るんだって。ナイナメス将軍なんていたかしら?歴史書には載ってなかったわよ」


「マケドニアの将軍の名前なんて一部しか残ってないみたいですし、そこは確認のしようが無いですね」


「まあ、それはいいわ。身の安全を保証してもらう交渉でクリスタルの使い方を教えたら、使える人間だって思われちゃったみたい。気になって首筋を触りまくっていたら操作できちゃっただけなのにね。タブレット端末みたいな操作感だったし私達の時代の人間なら誰でもできたわ」


「あのニシオカって男は?」


「よくわからない。名前は西岡優馬(にしおかゆうま)って言うみたい。いつの間にかナイナメスのグループにいたわ。すごく彼に信頼されているみたい。怪物タームの仕方を教えたのも彼だとか」


「一緒にいた大学生グループはどうなったのですか?」


「殺されちゃったわ。若者らしい反骨心で逆らったらバッサリね。有能なのがひとり残っていればいいってね」


「殺された?リスポーンはしなかったのですか?」


「????リスポーン?何、それ?」


「あ、いや、気にしないでください」


 もしかして、生き返るのは私だけなのか?他の人が死んだら終わり?ナイナメスとの会話でもその雰囲気があったな。命の保証が交渉材料になっていた。


 だとすれば、私は柵に突き刺さったマケドニア兵を殺したことになるのか……。少し、胃液が逆流しそうになるが我慢する。


「それでムカついてどうにか脱走できないかって思っていたら、シズカさんが隙をみて助けてくれたの」


「私もこの辺りで目を覚ましてね。女性が乱暴されそうになっていたら助けるのが当然だろう」


 おお、シズカさん。漢度が高い。ヒーローみたいだ。


「シズカさんの戦い方、すごかったですね。攻撃力にステータスを振っているのですか」


「ステータス?なんだそれは?」


「こう、怪物を倒すと頭の中に何か溜まっていく感じがしませんか?それを、こう、素早さなら足、攻撃力なら腕、というように行き渡らせていくのです」


「おお、この頭の重さは病気か何かと思っていたのだ。こうかっ」


 シズカさんは、ピョーンとジャンプをすると、私の背の高さ以上に飛んだ。そして着地するとシャドウボクシングの様に虚空にパンチを繰り出し、最後に回し蹴りをする。


 その動きは先程の戦いのときより増して、スピードと切れがあった。


 この人、素でステータス強化した私ぐらいの身体能力があったのかよ。


「私の時代になると、宇宙に適応させるためにみんな遺伝子的な生体強化を施しているのだ」


 私のジトッとした視線を感じたのかシズカさんが説明してくれた。なるほど、遺伝子操作ですか。それで最初から強かったわけか。未来はすごいですね。


「それにしても、ステータスの割り振りなんて良く知っていたわね。クリスタルをいじっていても気が付かなかったわ。マケドニアの人達も気がついていなかったみたいだし」


「クリスタルでのインベントリの開き方とはメニューが違いますからね。インベントリから何でもやれると勘違いすると見落としがちかも」


「メニュー?何のこと」


「ああ、そっか、セカンダリー・カダスのことを知らないのか。この世界はですね……」


「ゲーム?」


 エリカさんが驚いたように叫ぶ。


「ええ。私が遊んでいたコンピューターゲームにそっくりの世界なのです」


「それ、何年ぐらいの発売?私もゲームはSNESとか結構やっていたほうなのだけれど、覚えが無いわ」


 SNESってたしかスーパーファミコンの欧州名だったっけ?エリカさんもしかして私よりだいぶ年上?


「二〇一五年発売のゲームですね」


「そっか……私が死んだのが二〇〇五年だから当然、知らないわ」


「エリカさんも死んだ時の記憶があるのですか?」


「ええ。そうよ、あなたも?」


「たぶん手術の失敗で死んだのだと思います。直前の記憶が麻酔で眠らされる前だったので」


「私は、化石の発掘現場事故で生き埋めになってね……。非常に苦しかったわ。それまでの定説を覆す、新種恐竜の化石を発見したのだけれど、ニュースにならなかった?私死んじゃったからその後の事知りたいのだけど」


「二〇〇五年頃ですか?私も小さかったから確たる事は言えないのですが、ニュースで見た覚えは無いですね。そんな大きな発見なら定期的にインターネットで話題が蒸し返されたりするものですが、それも読んだ記憶が無いです」


「そう、残念。事故で発掘が中断されたのかしら?それとも……あの事故自体、何か隠蔽するために……」


「私も死の記憶は、あるぞっ」


 シズカさんが会話に割って入ってきた。寂しかったのかな?


「第五次地球奪還作戦の途中、テロ組織の操る神機兵器「ブラック・コア参号機」に私の乗る機動兵器ごと潰された。破断したコックピットハッチが私の腹部に突き刺さって上半身と下半身がさようならだ。記憶はそこまでだが死因は疑いようもない」


「え?未来の地球はどうなっているの?なんかすごいことになっていない?」


「お前たちの時代の人間にとっては知らないほうが良いかもしれないぞ?それでも聞きたいか?」


 シズカさんがこちらを見てニヤリと笑う。


「ええと……、うん。聞きたい」


 私とエリカさんは、少し逡巡した後、うなずいた。


「とあるテロ組織が地球を占領したのだ。奴らが起こした災害で地球にいた人類の九割が死滅。その当時宇宙で暮らしていた者達だけが助かった。私もラグランジュ3の第四十四居住区の出身だ。生き残った宇宙居住者は大同盟を組んで地球を取り戻すためにテロ組織に戦いを挑んだ。私も本来は親父の仕事を継いで居住区間の運送業をしていたのだが、戦時徴用でパイロットになった。そういう事だ。なんせ人が足りなかったからな」


「なんつーか。すごく現実感がない話ですね。それにしても、一般徴用兵で中尉ってすごいですね。私の時代の感覚だと士官学校とか出てないとなれない感じなのですが。それともシズカさんってものすごーくベテラン兵だったんです?」


 ガツンッ。いきなり殴られた。


「いたたたたた」


「私はこれでも二〇歳だっ。私の時代でも普通は士官学校を出てなければ中尉にはなれない。開戦当初はな。上が死にまくって無理やり昇進させられたのだ。戦時任官だよ」


 年下かよ。でもまあ、こういうタイプも嫌いではないので、今のままの態度で接しておく。


「ということは、マケドニアの人達も死んだ人間がこちらの世界に飛ばされているってことですか?」


「ええ。アレクサンドロス大王のエジプト遠征に付いていった時に、漆黒のファラオに戦いを挑んで全滅したのだとか」


「漆黒、ですか。私も死ぬ前に黒い人に会った気がします。その……アフリカ系の肌の濃さというのでは無くて宇宙の光を吸い込んだような黒さというか」


「私も、何か覚えがあるわね。記憶に靄がかかった様になって詳しいエピソードを思い出せないのだけれど」


「ふん。"ブラック"・コアか」


「まあ、いいわ。その辺は置いときましょう。それよりもこれからどうするか、だわ。タケルはゲームの知識で何か思い当たる事は無いの?」


「うーん。この辺の地形がわかれば、どの程度ゲームと同じかが分かるのですが」


「あ、それなら、私は地図を持っているわよ。大学生のグループとまずはフィールドワークだっていって地形を記録したの。クリスタルからメモとペンを作れたから……」


 はいこれ。とエリカがバッグから地図を取り出して渡してくれた。あまり広い範囲ではないがこの辺りの地形が描き込まれていた。


「やっぱり……!!ここはゲームの初期マップの世界です。この半島の形と山の位置には覚えがあります」


 初期リスポーン地点に近くて何度も死に戻った場所だ。忘れはしない。


「いままで確信が持てなかったの?」


「ゲームのグラフィックと、実際の植物の生い茂った景色じゃ印象が全然違いますからね。人間の目の高さから見える範囲じゃ今どこにいるかなんてわかんないですよ。ゲームだとマップに現在地が表示されていたし」


「そっか、それにしてもこの世界何なのかしら。ゲームと同じ世界が都合よくあるなんて信じられないわ」


「私が昔読んだことがあるSFや漫画とかで、無限に連なる平行世界の中でたまたまゲームとおんなじ世界があってそこへ転移してしまうという作品がいくつかありましたけど、それと同じなのでしょうか?なんせ無限に可能性があるから一つくらいそんな世界があるかもって話なのですけど」


「平行世界論ってやつ?私はあんまりSF作品を読まなかったから、よく知らないなあ……」


「そんな事話し合っていても埒が明かないだろう。これからどうするかを話し合わねばならないのではなかったのか?」


「そうね。悪かったわ。タケル、どうなの?」


「ゲームの中には三つの「祭壇」というものがあります。といっても近未来SF的な金属でできたものなのですが、ここにあるインベントリに特定の怪物を倒したアイテムを入れてスイッチを押すと、中ボスフィールドに転送されます」


「ボス?実にゲーム的ね」


「ええ、このマップの中ボスは祭壇ごとに一匹づつ、計三匹います。そいつらを倒すとそれぞれ固有の紋章アイテムという物がもらえます。それを再び祭壇に捧げると最終フィールドの封印されし門へ送られます、そしてその門が開いて最終ダンジョンへ挑戦することが出来るのです。その先にいるラスボスを倒すとエンディングというかDLCマップという追加購入のコンテンツへ転送されたのですが……」


「そのラスボスを倒したら元の世界へ戻れるかどうかね。それともまた別の世界へ飛ばされるのか。タケル、ゲームでは最終的にはどうなったの?」


「幾つかの追加課金DLCマップが発売されて、プレイヤーはそのマップを渡り歩くことになったのですが、途中で開発が頓挫して結末がわからないのですよ。開発会社自体はまだ存続していましたけど、別のゲームの開発にかかりきりでもう、続きは出ないのじゃないかっていうのがファンの間での共通認識でした」


「それじゃ、わからないわね」


「そのラスボスを倒す事を目的にして良いのではないか?元の世界へ戻れるにしろ、この世界に永住しなければならないにしろ、そいつを倒してみなければわからないだろう」


「そうね。そうしましょう。それで・・・タケル、それまでの間協力して欲しいのだけれど。あなたのゲームの知識は貴重だわ」


「ええ、私も一人ではきついと思っていたところです。エリカさんたちはこちらに害意を持っていないというだけで十分助け合う意義はあります。あのマケドニアの人たちはいつ殺しに来るかの警戒にリソースを割かなければいけないから共闘はデメリットの方が大きい」


「勝手に話を進めちゃったけど、シズカさんもそれで良い?」


「私は出会ったばかりの人間を信頼はしていません。ですがナイナメス達よりはマシです。言葉は通じても文化がちがいすぎて何がトリガーで襲いかかってくるかわからない。クヌギ殿の言っている事に矛盾は無いし、しばらく様子を見ると言う事で良いならば賛成です」


「じゃ、決まりね。さっきの続きだけれどタケル、その祭壇という場所は遠いの?」


「そうですね、この地図より外になります、一つ目はここで、二つ目はこの辺に雪山があるのでそこです。防寒着を作らないと・・・。三つ目は一つ目とは逆の方向に火山があるのでその麓です」


 私は地図を指さしながら教えた。エリカさんがペンでそこに印と私が言った事をメモとして書き込んでいく。


「次にその倒さなきゃいけないボスたちの事を教えて」


「一匹目は中ボスのアトラク=ナクア。ナイナメス将軍と遭遇した時に出てきたでかい蜘蛛の怪物です。本来ならボスフィールドから出てこられないはずなのですが」


「いきなりゲームの仕様と違うことが起きているわね……」


「仕様と違うということは、「元の世界に戻る」というゲームには無い現象が起こる確率も上がるということではないですか?博士」


「それもそうね」


「続けてもいいですか?」


「ええ、話の腰を折ってごめんなさい」


「二匹目はアルク=ウィト=タウィル、ドラゴンの姿をした怪物です。一定時間で地上に降りてくるので、その時を狙って集中的に攻撃をするか、対空火器を制作する必要があります。三匹目はブル=ドラグ、巨大な頭足類の姿をしています。怪物の噛みつきや爪攻撃が効きづらいので重火器の開発が必要です」


「それでその次のラスボスは?」


「ラスボスは名前が無いのです。正体不明で作中にも説明はありませんでした。巨大な人型のロボットのような存在です。プレイヤー達はUNKNOWNと呼んでいました」


「そいつらを倒さなきゃいけないのね。先は長そうだわ」


 ふうっとエリカがため息をつく。

 そんな時だった。


「んなあああああああるほどおおおおおおおおおっ」


「シュバアアアアアアアアアアッ」


「うわあああああっ!!」


 唐突に近くから大声がした。



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