第5話 ナイナメス将軍
「そこまでだ」
そんな我々に声をかける者がいた。私達が逃走しようとしていた方向にいつの間にか大勢の武装した集団が立ちはだかっていた。その先頭に立っている他の兵士より一回り体格の良い偉丈夫が話しかけて来る。
「私の他にも先回りしていた者がいたとはな」
低く、よく通るいい声だ。かなり遠くから話しかけているにも関わらず、この場所まで明瞭に聞こえる。
この武装集団は隣にいる女性たちを追跡していた兵士たちと同じ格好をしている。
しかし、その先頭の男が身にまとう鎧やトーガは、他の者達より装飾がかなり凝ったものが施されていた。
「ナイナメス将軍」
サファリルックの女性が男の方を見てそうつぶやいた。
なるほど。たしかに将軍という役職が似合いそうな人物だ。
「この場所に追い込んで待ち伏せしていたのだがな。余計な犠牲を出してしまったか」
彼の後ろには弓を構えた兵士達が整列している。
しかし、その隣にはこの集団に似つかわしくない、異質な人間が一人紛れ込んでいた。
ピンクに染めた髪の毛に何故かブーメランのように突き出た前髪、そして白と青のストライプのネクタイにダボッとした白衣を着ていた。
また、その横にはタームしたのか巨大なアヒルの様な怪物が立っている。
「んほぉおおおおおおおっ、何か一人増えてまあああすねええええええっ」
こちらは将軍と呼ばれた男とはちがい、甲高い耳障りな声だ。
「新しい人間ですか。また別の情報が聞けるかああああもしれませんねぇえええ。非常に興味深ああい。ね?スルガダダック君?」
「シュバアアアアアアッ」
隣のアヒルが分かっているのだか無いのだか、相づちの鳴き声を上げる。
スルガダダックじゃねえよ。
勝手な名前を付けてるんじゃない。
確かアレは、フィアーバードとか言うセカンダリー・カダスの怪物だ。飛べない代わりに戦闘力が高く、滑空が出来る。
「ニシオカ、煩い、少し黙れ」
ナイナメス将軍が、たしなめる。
ニシオカと呼ばれたピンク頭はそれで口をつむぐ。
「ブラウン博士、大人しく我々の元へ来て協力してはもらえませんか?」
「いやよ。あなたは自ら自分の信用を貶めた?分かっています?」
「……なら、仕方がありませんな。捕らえよ!!手足の一本ぐらいは切り落としてもかまわんっ。博士以外は殺せ」
ナイナメス将軍は背後に控える兵士たちに指示を出す。
「博士を働かせるためにイースト中尉は生かして人質にしたほうが良いのではなあああいですかああね?」
いつの間にか将軍の隣にやってきていたピンク頭がそうつぶやく。
「反抗的な人間に言うことを聞かせる方法などいくらでもある。王の東征で何度も経験しておるわ」
「さいで」
将軍の配下達がサファリルックの女性を捕らえようと、こちらへにじり寄ってくる。
そんな時だった。辺りに燐光の様な青白い光が湧き上がる。まるで小さなホタルの群れが地面から上空に向かって湧き上がっているようだ。
「なんだっこれはっ!! 博士っ、これはあなたの仕業か?」
「知らないわよっ」
私はこの光に見覚えがあった。
ゲームで遠距離間の転送に使われていたエフェクトにそっくりだ。
「まさか……」
次の瞬間、燐光の中心から黒い影が爆発的に広がった。
よく見ればそれは生物的な何かで、瞬間的に大きな体積が出現した影響で周りの空気が押し広げられ、衝撃波が発生する。
その衝撃波でこちらへ向かってきた兵士達がなぎ倒される。
土煙のなかからゆらりと立ち上がったのは巨大な黒い蜘蛛だった。その姿は全高四メートル程の巨体の上、通常の蜘蛛とは違い、足が十六本有る上に、巨大な、カニが持つハサミのようなものを一対備えていた。
「アトラク=ナクアっ」
私はその名を叫ぶ。
「そんなっ、ボスモンスターが専用フィールドの外に出てくるなんてっ」
ゲームの仕様に無い事が起きている。
考えてみれば当然か。ここはセカンダリー・カダスに似た世界というだけで、現実に近い密度を持っている。
ただ、私がゲームと同じルールだと思いこんでいただけだ。認識を改めなければならない。
時間があればそのズレを検証する必要もありそうだ。
「おい、お前っ!!今のうちに逃げるぞ」
宇宙服の女性が声をかけてくる。
「でもどっちに?」
前方は兵士たちと突然現れたアトラク=ナクアに塞がれている。後ろは防護柵と生き残った追跡者達がいて進めない。
「死中に活ありだっ。あのデカブツの脇をすり抜けて兵共を正面突破する。混乱している今なら出来るっ」
「分かった」
「私が先行するっ。博士を頼むっ」
「了解っ」
私はサファリルックの女性を引き上げるとガーストの後ろに乗せた。
「よろしくお願いします」
「ええ。落ちないように掴まっていてください」
私の腰に手が回される。柔らかな感触が背中にあたる。役得だ。
「行くぞっ」
宇宙服の女性がオサダゴワを駆り突撃する。
そして身をかがめてアトラク=ナクアの脇をくぐり抜けると、手に持った槍で兵士たちを突き刺し、または石突で吹き飛ばしたりして、包囲網に穴をあける。
「彼女、すごいな。ゲームのシステムで身体強化をしているのか?」
着ている宇宙服の様な物も、見た目よりもずっと柔軟に動くし、軽そうだ。弓を持っていた兵士たちはサイドアームに短剣を持っていたがそれで何度か切られたりしても傷一つ無い。
「こっちだ」
彼女が切り開いた兵士達の囲いの一角を通り抜ける。その際、いまだ微動だにしない蜘蛛の巨体を避けて走り抜けた。
その頭に付いている八つの複眼がこちらをじっと見ている。
"……見つけた……やっと……成功した"
そんな声が聞こえた気がした。
「よしっ突破したぞ。お前っ、ここからの当てはあるのか?」
宇宙服の女性に問いかけられる。
「私の仮拠点があります。ひとまずそこへ行きましょう」
「分かった」
私は高台の拠点へ登る道を二人に案内した。
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