第4話 逃亡者
ガーストをタームしてから一週間が経った。
セカンダリー・カダスにも時間の概念はあったがゲームであるために現実よりだいぶ早く流れていた。しかし今いるこの世界は体感的には地球と同じくらいで昼、夜が入れ替わっている。多分、二四時間で一日程と考えて良いだろう。一週間というのもそこから計算した日数だ。
そして今は夜だ。
私は仮の拠点のそばで、ぼうっと焚き火を眺めていた。激動の一週間だった。
「これからどうしようか」
「グルッルルル」
「クゥクゥ」
「キィキィ」
傍らにはガーストと、この一週間で新たにタームしたアヴァロス、イェブが丸まっている。
アヴァロスは、オオサンショウウオを巨大にしたような姿をしていて放っておくと勝手に木の実を採取してくれて食料確保に貢献してくれる。イェブは小型の狐みたいな姿をしており、普段は私の肩につかまって移動する。肉食獣が近づいたり雨が降ったりする前に鳴いて教えてくれる。まあ、癒し枠だ。
仮の拠点は四角い板を組み合わせただけの掘っ立て小屋、いわゆる豆腐ハウスというやつだ。
その作成に使った板や、暖を取っている焚き火は私のアゴに埋め込まれたクリスタルを触ると読み込むことが出来るインターフェース、インベントリというものから製作することができた。
いくつかの武器や便利アイテムも作成することができた。
このクリスタルの便利な機能がなければ更に過酷な生活になっていただろう。ゲームの仕様を再現したものがどこかに有るはずだと気がついたのが大きかった。
それがなければサバイバルの訓練を受けていない一般男性が、原始時代同然からここまでの状態に持ってくるのに何ヶ月、何年と時間がかかっただろう。
ただ、それにはなんのコストの消費も無く製作することはできず、周辺の木や石を資材としてバッグに入れなければだめだった。そしてそれはガーストやアヴァロスが砕いて収集してくれた。
緑縞瑪瑙からマテリアルを回収することも忘れてはいない。
それにしても、死に戻りをする時にいつの間にか背負っているこのバッグ、見た目の体積以上に大量に入る上にあまり重さを感じないのはどういう仕組みだろうか。それにクリスタルから製作した資材も急にポンっと目の前に現れる。まるで魔法のようだ。
ガーストの様な生物がいる世界で悩んでも仕方がないので、これはゲームを現実的に再現した世界なのだと気にしない事にした。
「クゥッ??」
イェブが顔を上げて鳴き声を上げる。
「何か感知したのか?」
「クゥックゥッ」
私はイェブが鼻先でクイックイッと指した方向を見た。しかし人間の視覚では夜の暗闇に阻まれて何も見えない。
「ガースト」
「グウッ!!」
私はガーストに飛び乗ると走り出した。イェブも肩に飛び乗って誘導してくれる。彼のおかげで視界が悪い中でも障害物を避けて進むことができた。
しばらく闇の中を進むとポツ、ポツとオレンジの光点が浮かび上がってくる。
それと共にワーワーと叫び声のようなものが聞こえてきた。
「人間だ。人間がいるっ」
この一週間、文明の痕跡を発見できなかった。てっきり私だけがこの世界に飛ばされているのだと思いこんでいた。
前方に現れたオレンジの光点は、どうやら松明の炎だったようだ。
「いけっ追い込めっ」
「右だっ、第一群っ回り込めっ」
「おおおおおおっ」
私は幸運にも所属不明の人間たちを見下ろす高台にいるようだ。急勾配の頂上に位置している。おかげで彼らには感づかれてはいないらしい。正確には仮拠点を構えた場所が他より一段高い台地になっていたようだ。
「追われているのか?」
眼下の人間らしき者たちは二つの集団に分かれていた。片方がもう一方に追いかけられている。いや、よく見ると追われている方は集団というよりも二人だけだった。追いかけている方は数十人いる。
追われている二人は草食恐竜のような怪物、たしかオサダゴワという名前だった。に乗っており、追いかけている方は中型の肉食獣アドゥムに乗っている。両方とも足の速い移動用に適したタイプだ。
「数が多いなっ。うっとおしい」
追われている一人が、手に持った木製の槍で追っ手の一人を突く。見たところ小柄な女性の様である。なぜか宇宙服の様な物を着ている。片手で手綱を操って残りの手で武器を振るとは大した膂力だ。
攻撃を受けた追手はドゥッっともんどうりを打って落下する。
「シズカさんっこっち」
「ああっ」
もう一人は全身を探検家然としたサファリルックで装っている女性だ。短いパンツから伸びる太ももがまぶしい。
二人は両側を崖で挟まれた渓谷のような道に逃げ込んだ。うまいな、これなら人数が多い方は取り囲むことができない。
「追え追えええええっ」
「アララララーーーーイ」
一方、追跡をしている方は何だろう。古代ヨーロッパの兵士の様な格好をしている。白いトーガの上に青銅の鎧に見えるものを身に着けている。統一された装備から軍隊のように思える。
「さて、どうすべきか」
この世界に来て初めて見る人間達だ。出来れば情報を得たい。それには追われている方を助けるか、もしくは彼女達が捕まるのを待って軍隊の方へ接触するか二択だが……。
その時、古い記憶がフラッシュバックした。
セカンダリー・カダスの発売元が運営している公式サーバーにログインしてプレイしていた時の事だ。世界中の多様な人間がアクセスする多くのオンラインゲームがそうであるように、治安がひどく悪化していた。
”修羅の国”と言われていたそこで、初心者にも関わらず好戦的なクラン(複数のプレイヤーを登録して組織化するシステムとそれにより作られたグループをそう呼ぶ。一般的なゲームではギルドにあたる)に追いかけられていた私を助けてくれたのは自分の装備を白く塗ったベテランプレイヤーだった。
私はすぐに公式には見切りを付けて友人達と少人数で遊べるサーバーを立ててそちらに引きこもってしまったのだけれど、 「現実ではだれも救えなかったからせめてゲームでは」と寂しく嘯いた彼の事は覚えている。
「クウッ?」
イェブが心配そうにこちらを見上げる。
「そうだな。まだ彼女達の方が文明的な格好をしている。話が通じそうだ」
私は追われている二人を助けることに決めた。自分が助けられた状況に重なったという事もあるが、単純に恩を売った方が話をしやすそうだという打算も込みだ。どうせ死んでもリスタートできる。
「それに霧子が女の子には気を使えって言っていたしな」
もう会えなくなったであろう幼馴染を思うと少し心に痛みが走る。
「しかし、どうやって助けるか」
眼下の人間たちは私と同じように首筋にクリスタルが埋め込まれていた。私の手に入れたゲームの仕様的な力では優位に立てていない可能性がある。自分が出来ることは相手も出来ると考えておいた方がいい。
それでいて、今の状況で自分に出来る事はなにか……。私は自分がゲームをプレイしていた時の定石を思い出そうとした。
我々の背中のバッグは見た目の体積を超える物資が入るようになっている。しかし、無限に入るわけでは無く、自分の積載量パラメーターの80%を超えると段々とデバフがかかって遅くなり、100%を超えると動けなくなる。
今、この下で追いかけっこをしている連中はスピードを出すためにたぶん、資材を捨てているだろう。たとえ素材から建材を作ろうにもある程度時間が掛かるから、障害物として設置している間に追いつかれるか引き離されたりする。
しかし、チェイスに参加していない私は最初から建造物を作って置き放題というわけだ。この辺りは素材集めに通ったことがあるから先回りする道も分かる。
「よし、その作戦で行こう」
私はガーストに飛び乗るとクリスタルに触れて「防護柵」を資材が許す限り作った。
「防護柵」は先端を尖らせた木の杭を十字に組み合わせて中央を縄で固定、それを横に何個もゆり合わせて柵にした物だ。長篠の合戦や、中世の戦争の騎馬止めを思い浮かべてもらえばいい。
大量に作られたそれは体積を無視してバッグの中に収納される。クリスタルで操作して自由に取り出せる。
私は逃げる二人が入り込んだ渓谷、その出口を先回りした。渓谷は曲がりくねっていて大回りになるため、私のいる高台を出口の方へ直線距離で進めば大幅なショートカットになる。
「グゲェエエエッ」
私はガーストを操って坂の上から飛び降りた。ダンと着地すると渓谷の出口、道が広くなっているところに防護柵を並べて、草食獣が一匹通り抜けられるくらいの隙間を開けて設置する。
「よしっ」
そして、しばらく柵の隙間に身を潜めて待つ。
ドドドドドドッドッド。
渓谷の奥から多数の怪物の足音が響いてくる。曲がりくねった渓谷の最後のコーナーを抜けたところで逃げている二人の姿が見えた。
「こっちだっ!!」
「え?誰っ?」
「何者だ?」
「いいからっ、ここを通って」
「っ、わかったわ」
「そうだなっ」
二人が目を見開いて、こちらを見る。しかし、私が並べている防御柵を見て、こちらの考えに気がついたようだ。
そのまま乗騎を操って、防護柵の僅かな隙間をすり抜ける。
私はクリスタルに手を当てるとその隙間を埋めるように防護柵を設置する。
これでここは通り抜けることのできない槍衾になった。
「うわあああああああああっ」
二人を追っていた集団の先頭は、手綱を引いてアドゥムを止めようとするが間に合わない。
グシャッという嫌な音がして乗っている怪物共々串刺しになった。ゲームにないリアルな人体破壊に私は眉を潜めた。
「ヒッ!!」
「止まれっ止まれーーーっ」
「うぎゃああああっ」
先頭から三分の一くらいは止まることができず次々と防護柵の棘に突き刺さっていく。
中団以降にいた者から乗騎を停止させることには成功したが、勢いが殺せず鞍から放り出されている。
そしてそのまま地面に叩きつけられてうめいている。中には首の骨を追ったのかピクリとも動かない者もいた。
無事だったのは最後尾の僅かな人数だけだ。
「よし、逃げよう。この近くに私の拠点がある」
「わかったわ。ありがとう」
「ふんっ、とりあえず礼を言う」
今回はたまたま私の存在を向こうが知らなかったから奇襲がうまく行っただけだ。偶然に過ぎない。次からは対策されるだろう。すぐにここを離れるに越したことはない。
「こっちです」
渓谷から高台へと登る道を覚えている。私は二人を先導しようとガーストをそちらに向けた。
そんな時だった。
ヒュンッ、ヒュンッ。
突然風を切って数発の矢が飛来したかと思うと、サファリルックの女性の乗っていたオサダゴワの首筋に突き刺さった。
「きゃあああああっ」
ドウっと彼女の乗騎が倒れる。そして乗っていた人間は振り落とされた。
「ブラウン博士っ」
宇宙服の女性が心配そうに声をかける。
「つつつっ。大丈夫」
見たところ大きなけがはないようだ。
「――そこまでだ」
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