ポットはどこへ消えたのか

執事が運んできたカモミールの柄のティーポットから、静かにカップへと注がれた温かい紅茶をひと口、ふた口と飲むと、

「では、あちこちからポットがなくなっている件について、詳しく話してちょうだい」と彼女は執事を促しました。


「はい。それでは私の知る限りではございますが、お話させていただきます。先ほどお話しましたように、近隣の家々からティーポットが盗まれておりまして、ここ一か月程の間に何軒もの家で被害があったようでございます。このお屋敷でも三つほど行方が分からなくなっていることが分かりました。

近隣の住民の方からも解決して欲しいと、私も外出する度に色々な人から相談を受けております。」


「ご近所でも被害が数多くあったということね。

では、まずは我が家からなくなったものについて教えてちょうだい」


「はい、どれもお嬢様が愛用なさっているティーポットでして、

マーガレット柄のもの、それからラベンダー柄と、最近特にお使いになられていたバラに蝶々柄の物でした」執事はそう彼女に告げました。


「そう・・・」

彼女はそれだけ言うと、しばらく黙ったままで何も反応しませんでしたが、執事がその顔を見上げると、いつもに増して外からは何の感情も読み取れないほどに完全に無表情になった彼女の顔がそこにあったのでした。

執事はそれが恐ろしくて、なんだか部屋の温度が急激に下がったような寒さを感じました。(身体中の血の気が引きそうだ、いやきっと今、引いてるに違いない・・・。)

他の人間から見れば、彼女の表情は氷の様に完全に冷静な様子に見える表情でしたが、普段から彼女と接している彼とっては、その表情はとても恐ろしいものなのでした。それは、その顔をしている時の彼女がいつも内心はかなり怒っているということを知っていたからでした。


「それで・・・我が家の食器類は普段どんな風に管理されているのかしら」


「はい。いつも食器棚の決まった位置に置かれています。鍵などは特にかけておりませんので、中に出入りできる者ならばいつでも持ち出そうとすればできるかと」


「つまり私のコレクションしていた食器類もあまりきちんとした盗難予防はされていなかったということね」

「甘かったわ」と彼女はそう言いながら、ついと素早く視線を横に動かしました。その動きには多少自戒の念が含まれている様にも見えたのでした。


「本当に申し訳ございません。これまでそういった事件は一度もございませんでしたので・・・まさかこの様なことが起きるとは思いもよりませんでした」と執事はそう答えながら冷汗がじわじわと出てくる気がしてきました。


「そうね、屋敷内の人間が盗みを働いたりしない限り、盗難なんてありえない話だったんでしょう。屋敷にいる人間は、ほぼ決まっているし、もしも内部の人間の犯行だとしたら、誰かしらの目に触れてすぐに見つかっている可能性の方が高いもの」


「それで、その外に何か気が付いた事は?」

「今の所ございません」


「そうなのね。あなたはあまり食器類に興味がなさそうだから仕方ないか。行方不明の私の三つのポットは、確か私の記憶だと同じ店で手に入れた気がするけれど、念の為に購入記録を確認してちょうだい。


そして屋敷内の皆にもティーポットがなくなる前後に、何かいつもと違う出来事だとか、見かけない人物が出入りしていないかどうか聞いてきて欲しいの。

あなたの慌てた様子をみると、ポットが三つとも消えた報告を受けたのは今日のことの様だから、まだ屋敷内では詳しく話を聞いてはいないのではないかしら?」


(お嬢様は私の態度からそれも見抜いてらしたのか・・・と、執事はもう言い訳は無駄だと悟って)「はい、その通りでございます。これから話を聞こうと思っていたところでした。」


「それから近隣でなくなった物についても調査をしてきてちょうだい。購入場所、製造年に柄や特徴などをね。

被害がこれ以上増えないうちに、手がかりを見つけなくては。

私の大事なティーポット達も絶対に取り戻すわ。

今からすぐに調べに行ってちょうだい。しっかり頼むわよ。」


「はい、お嬢様。出来る限り早くご報告に参ります。ではこれで失礼いたします」と答えて執事は部屋すぐに退出したのでした。


部屋に一人になった彼女は事件について深く考える前に、紅茶を飲もうかとテーブルにあるカップに手を伸ばしましたが、話に集中している内にまたもや冷めてしまったのに気が付いて、カップの中の紅茶を物憂げに見つめたのでした。

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