第一話消えたティーポット

人間観察と事件の始まり

今日も彼女はお屋敷の二階の窓辺からマカボニーの椅子にゆったりと腰掛けて外を眺めていました。


外の世界の皆様は相変わらず忙しそうね。

今日も私はここからその様子を楽しませてもらうわ。

さて今日はどんなことが起きているのかしら?


いつものようにぼんやりと外の様子を見ていると、あっという間に時間が過ぎ、いつのまにか午前11時のお茶の時間になっていました。


「綾音様、お茶をお持ちいたしました」

執事が部屋に入って来て声をかけました。


部屋の中央には落ち着いた濃い赤色のバラの模様が刻まれたテーブルがあり、その上には蝶々のモチーフが連なった白のレース編みがかけられていて、それはまるでテーブルのバラに蝶が何匹も止まっているかのように優雅に見えるのでした。

そのテーブルの上で執事は静かにお茶を注ぎ、全て準備を終えても彼女は身動き一つせずこちらに気が付いてすらいないようでした。


執事は窓の方へ顔を向け外の観察を続ける彼女を見ながら、

お茶が冷めてしまう前にどうやってもう一度声をかけようかと考えあぐねていると、


「あの男女はどういう関係だと思う?」と彼女は声をかけてきました。

窓に近づいて下を見おろしてみると、すぐ下の通りで男女がなにやら言い争っているように見えます。

「そうですね、恋人同士で何か喧嘩でもしているのではないですか」と

執事は答えた。


「そう、あなたにはそう見えるのね」

それだけ言って彼女はテーブルの方を見ると、無表情に見える顔だったのが、ほんの一瞬だけかすかに眉を上げたかと思うとまた元の顔になり、それからスタスタと部屋の中央へと歩いて行きました。

そして椅子に腰かけるとテーブルに置かれている綺麗な琥珀色の紅茶が入ったバラ柄のカップを静かに口元に持っていき、ゆっくりと胸の奥まで紅茶の香りを吸いこんでから、軽く一口飲みました。


そして満足そうにため息をひとつした後、

彼女は「私はね、二人は夫婦だと思う」と言いました。


「なぜですか?」執事は思わずそう問いかけると、


「それは二人の喧嘩の仕方よ。あれだけ遠慮なく相手に強い感情表現ができるのは付き合いが長いからじゃないかしら。

恋人なら不仲になるのが怖くてあんな物言いをするのは難しい気がする」


「なるほど。見た様子だと年は若いようでしたし恋人同士かと思いましたが、確かにあれほど周りに聞こえる様な声で喧嘩しているところを見るとそうかもしれません」


「それに、あの二人は同じモチーフのアクセサリーをしているのよ。

女性はパールがついたお花の髪飾りを、そして男性は同じ花のブローチをしているわ」


「同じモチーフのアクセサリーですか。お嬢様は、よくお気づきになられましたね。私には小さくて気が付きませんでした。そう言われてみると同じような形に見えますね」


「そうね。確かに小さいアクセサリーだからね。

でもあの女性が持っている巾着を見て。

巾着には白い百合の刺繍が施されてるけれど、よく見るとアクセサリーのお花と似ていると思わない?

それでアクセサリーもあの花を基にした同じモチーフじゃないかと考えたのよ」


「しかし、恋人同士ならば同じモチーフの持ち物を持っていることも不思議ではない気もしますが・・・」

と執事が口をはさむと、


「あの巾着の布地の柄は、十年ほど前に流行した種類のものだと思うの。

布自体もある程度使い込んできた様子が出ているから、きっとしまい込んでいた布地で最近巾着に仕立てたわけではなく、当時から持っていてずっと大事に使っていたのではないかしら」


「そういえば、お嬢様は布地もお好きでしたね。大体の年代がお分かりになりましたか」


「うん。十年前に流行した布地で作った巾着を持っていて、それと似た百合の花のアクセサリーを二人でつけているということは・・・あの刺繍のお花に似せてアクセサリーを作ったか、似た物を選んだんじゃないかしら。

あの百合の花にはきっと何か、二人にとって大事な願いか、特別な意味でも込められているのかもしれないわね


二人は二十代くらいに見えるけれど、昔からお互いを知っていて、早くに結婚したと考えてもおかしくないんじゃないかしら。


二人が結婚指輪でもしていたらすぐに夫婦だと分かるんだけど、していないところを見ると、あえてつけないことを選んでいるのかもしれないし、アクセサリーが指輪の代わりなのかもしれないわね。

もしかしたら職業上結婚していると知られると困るような仕事についている可能性もあるかもしれない。例えば独身であった方が有利になる環境の仕事をしているとかね。

結婚しているか否かでその人のことを勝手に決めつけるような人間が、まだ現代でも存在してるんだから困ったものよね・・・。」


「そして、何より男性が持っているあの荷物が証拠だと思う。

大きな紙袋を二つも持っているけれど、袋にお店の名前が入っていてあれは近所のお菓子屋さんの名前よ。

あの男性か女性が、かなりの甘党なのかもしれないけれど、

二人とも細身だから・・・まあ外見的に分かりにくいタイプという可能性もあるかもしれないけれど。

さすがに大人が食べる為に買う量としては多すぎる気がする。

子供の為のお菓子を買ってきたんじゃないかしら。

多分あの量からすると子供は一人ではないわね。

それから女性の方は手提げから本が少しのぞいているけれど、あの大きいサイズで厚さは薄い物の様だから、子供がいると考えるとあれは絵本かもしれないわね」


屋敷の下の通りに現れた男女の様子から、彼女はこんな風に考察したのでした。


二人でしばらく通りを見ていると、ちょうどその男女の所へ子供が三人駆け寄って来て母親とおしゃべりを始め、母親は手提げから出した本はやはり絵本だったのでした。


「お嬢様のお見立ては確かだったようですね。

子供が三人、本も絵本でしたね」執事は笑顔でそう言った。


考えていたことを全て言い終えてすっきりして、再びお茶を飲みたくなったのか、彼女は飲みかけのカップに近づいていくと、


「お嬢様、お茶が冷えてしまいましたでしょうから、淹れなおして参りましょうか?」と執事は彼女に尋ねて、「そうね、お願い」と彼女は答えました。


執事はテーブルの方へやって来たので、ティーセットを片付けるのかと思いきや、こう話しだしました。

「綾音様、その前に少しお話したいことがございまして、よろしいでしょうか?」

「なにかしら?」

「実はお嬢様のお気に入りのティーポットのうち幾つかが、しばらく前から行方がわからなくなっておりまして。大変申し訳ございません、全て私の不手際です」


「やっぱりね。今日はポットが母様のコレクションのものだったものね。

それに今日のあなたは落ち着きがなくてどうもおかしかったから、何かあったんだろうと思っていたわ。

あなたが話さないならこちらから聞くつもりでいたのよ。

それにしても一体どういうことかしら。管理はきちんとしていなかったの?」


「実はご近所でも同様の事件が何件も起きているようでして、

何軒もの家からティーポットが持ち去られているようなのです。」


「うちの屋敷以外でも同様の事件がおきているわけね」

「はい、お嬢様」


「それでなくなっているのはティーセットではないのね?ポットだけなくなっているのね」

「そうなんです。カップの方は無事だとか」

「屋敷だけでなくこの近隣で起きているということは、なにか事件性があるかもしれない。ここでは毎日何度も紅茶を飲むから、きっとどの家も困っているでしょうね。

では、紅茶を飲みながら話を聞きましょう。私のティーポットは・・・

どれならあるのかしら・・・」


執事はどう答えたらよいものか少し迷いましたが

どうせならば最近使っていないものではどうかと思いついて、

「綾音様が小さい頃お使いになっていたカモミール柄のものはいかがでしょうか。」と尋ねてみると

「そうね、それでいいわ」と彼女は答えたのでした。

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