第31話 エール
冬に再会した高校の時の女友達は、一緒に住むことになって、同じバイト先で働き始めたり、水泳を始めたり、妹になったり、いろいろあって、真夏の今では彼女になっていた。
「あーっつい。やっぱ車で来ればよかったぁ」
「夏だよ! ぼんやりしてると夏が終わっちゃうよ! って訳わかんないこと言って徒歩を提案したのは誰だよ……あっつぅ」
「そういう時は、杏がきちんと説得してくれないと困るよ。あつい〜!」
二歩先を歩くらいちが、楽しそうに文句を言う。
あれから、俺とらいちは、なし崩し的に付き合うことになった。しかし、一緒に住んでいるドラゴンさんには、まだそれを言えないでいる。
だから、二人きりでいられる時間は貴重だ。店の買い出しも、そう思えば楽しく感じてしまう程に、恋人同士の関係は楽しかった。今だって、目的地のスーパーマーケットに着いてしまうと買い物をしないといけないから、暑いと言いながらもわざわざ遠回りをして川べの道をゆっくりと歩いている。
「やばい暑すぎ、休憩」
と、らいちは木陰になっているベンチを見つけると腰を下ろした。俺も釣られて隣に座る。目の前を涼しげに川が流れている。しかし、現実は木陰だろうが川辺だろうが、問答無用でクソ暑い。
「そういえばさ、らいちと梅香と初めて会ったとき、君ら川遊びしてたよね?」
「あーしてたしてた」
ライチは「あはは」と軽く笑いながら続ける。
「あれね、実は私の鞄が無くなってさ、探してたら川に落ちてて、流石に落ち込むわ〜ってなってたら、梅香が暑いから川で遊ぼうとか言い出してね」
「え?」
「だから、適当なとこで体育ジャージに着替えてね、川に入ったの。で、カバン回収するついでに、暑いし遊んじゃおって。そしたら、杏も入ってきて、ふふ。なんか、楽しい思い出になっちゃった」
らいちは楽しそうに語っているが、思ったより重たい事情だった。
そういえば高校の時、女子ウケ最悪だったよな、この人。当時のことをふと思い出す。
「へえ。なんか変な女二人だなって思っててごめん」
抗議するように、らいちが肩をぶつける。
「飛び入りで川遊びする杏が一番変だよ」
「確かに。でも、梅香かっこいいね」
「うん。かっこいいよね。かっこよくて、大好きだったなぁ」
含みのある言い方をしてらいちは俯いた。だから、どんな顔をしているのか解らない。反応に困っていると、らいちが独り言みたいにボソボソと続けた。
「高校の時さ、もう、ずっと、自分でも引くくらい梅香のことしか考えてなくてさ、私。でも、梅香ってなんかサラッとしてて、ベタベタ考えてる自分が自分で気持ち悪くて……」
それは百合ではないだろうか。そして、梅香の裏側を知る俺は、梅香が『サラッ』とするのにどれだけ心血を注いだのかが窺われて、胸が熱くなった。今更ながら、当時の彼女に心からエールを送ろうと思う。よく頑張った、梅香。エールを送っている俺をよそに、らいちは語り続ける。
「梅香は友達なのに、一番仲良しになりたかったし、独り占めしたかったし、もう頭の中そればっかりで、だから杏とも仲良くしてほしくなかった。本当は」
「なかなか重い女ね」
めちゃくちゃ重い百合じゃん。彼女たちに百合であれと、あの時らいちに手を出さなかった自分にもエールを贈った。そして、当時の俺は手を出した今の俺をどう思うだろうかと思いを馳せる。
きっと、殴りたいだろうなぁ。ついでに梅香も俺のこと、殴りたいだろうなぁ。梅香はあれから、うまく予定をつけられないらしく、まだ会えていない。そして、俺とらいちがこうなってしまった事も言い出せないでいる。
「だよねー。大嫌い。ずっとね、自分が大っ嫌いで。梅香も、なんか、好きすぎて嫌いで、杏ちゃんも思い通りにならなくて嫌いだった」
「こじれてんな」
「拗れてるよ」
なんとなく、ベンチに置かれた彼女の手を握る。らいちは泣き出しそうになっている顔を、こちらに向けた。
「あの時、入ってきてくれてありがとう。杏、好きだよ」
「え? 入って? 何?」
理解できずに彼女の表情を窺う。泣き出しそうな顔から、軽く笑顔になっていて、少し照れているような……なんていうか、可愛い。
「ええと、……あの、お邪魔しました。その節は、手取り足取りお世話になりまして」
「川にね」
「あ、そっち?」
どうしよう。ちょっと考えたらわかるじゃないか。なぜアレだと思ったのか。ものすごく恥ずかしい。
「せっかくいい感じに告ったのに台無しだ」
らいちがため息をつく。
「……ほんとごめん」
「でも、確かにお世話してあげた感はあるかも、ふふ。マグロとは言わないけど、まな板の鯉ってこーゆーのをいうんだろうなって思った」
「レビューするのやめて。まじで」
「可愛かったよ」
自分のアホさにうんざりするが、らいちが笑顔だから、それでいいと思った。
「今は、杏も大好きだし、ついでに自分も少し好きなんだ」
「俺もらいちが好きだよ」
俺の言葉を受けて、彼女は静かに頷いた。そして、
「梅香に言わないとね」
と、寂しそうに呟いた。
少し重くなった空気を変えるように、ピコン。とスマホの通知音が鳴った。
タイミングが良いのか悪いのか、梅香から『今度こそ、来週行く』とメッセージが入っていた。
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