第28話 プリンとゼリー

 コンコンコン


 ノックの音に続いて、部屋のドアが静かに開き、隙間かららいちが覗き込んだ。どうやら俺は、梅香と電話した後寝てしまっていたようで、気がつくと部屋の中は真っ暗になっていた。驚いてスマホを確認すると、時計が深夜であることを表示していた。

「熱下がった?」

 らいちはなぜか小声で話しかけてきた。

「多分。おかげさまで、ほぼほぼ元気」

「よかった。これ、差し入れ」

 彼女はそう言うと、隙間からそっと、何かが入ったコンビニの袋を差し入れ、床に置き、ドアを閉めた。

 ……ちょっと冷たすぎないか? そんなに部屋の中が臭うのか?

 弱ってる隙に、らいちに好き勝手されてしまうかと身構えていたけれど、結局そんなことはなく、かえって遠巻きにされている。安心は安心だが、人の気持ちは現金なもので、少し……いや、かなり寂しい。

 袋に入った差し入れを覗くと、プリンとゼリーが入っていた。

 冷蔵庫に入れないと。そう思い部屋を出る。冷蔵庫への道すがら、らいちが俺のTシャツの裾を引っ張って、後ろからついて来た。

「え? 何?」

「おにーちゃんの部屋、立ち入り禁止なの私。だから今ね、充電中」

 彼女が「えへへ」と子供の顔で笑う。

 やばい可愛い。

 でもごめんなさい。俺にはグミさんという心に決めた人がいる。少し複雑な気持ちになった。

「立ち入り禁止って?」

「風邪ひいてるから静かにしてあげなさいって、ドラゴンさんが……」

 それで言いつけを守って部屋に入ってこなかったのか。ドラゴンさん、ありがとう。

「そっか。あ、らいち。差し入れありがと。冷やして後で食べるね」

「ねえ? どっちが嬉しい?」

「ん?これ?」

 コンビニ袋を掲げると、らいちが頷いた。

「どっちも好きだし、嬉しいよ」

「だから、どっち先に食べるの?」

 どっちでもいいじゃないか。を飲み込んで、それらを冷蔵庫に仕舞いながら少し考える。

「……ゼリー?」

 俺の回答を聞くと、らいちはあからさまに不機嫌な顔で、掴んだTシャツの裾を引っ張った。

「伸びるからやめて」

「プリンの方が栄養あるよ?」

 そして、なぜかプリンを推す。

「えぇ? でも今、ゼリーって気分」

 ゼリーなんて何年振りに食べるだろう。改めて眺めると、透明なゼリーの中に、果物がたくさん閉じ込められていて、ひどく懐かしく見えた。

「あーあ、おにーちゃんの差し入れね、私はプリンがいいって言ったんだけど、グミさんは果物ゼリーが良いって言うからさ、対決してたんだよねー。でも、もーいいや。食べちゃお」

 らいちは冷蔵庫に入れたばかりのプリンを取り出した。

 差し入れとは? 

 いやそれよりも、グミさん店に来たのか……もしかしたら、もう来ないかもと心配していたので、単純に嬉しかった。

 らいちにつられて、俺も一緒にゼリーを食べることにする。グミさんが選んだと思うと、締まりのない顔になってしまうので、できるだけ平常心を意識してゼリーを口に運ぶ。

「ねーねー、やっぱプリンの方が良いんじゃない? おにーちゃん、不味そうな顔してるよ」

 少し機嫌を取り戻したらいちが、チャチャを入れる。

「いや、久しぶりに食べたけど、まあまあ美味いよ」

 本当はクッソうまい。グミさんありがとう。愛してる。そう思うと、ますます表情が硬くなった。俺の硬い顔を見て、らいちがケラケラと笑う。それを見てまた、複雑な気持ちになった。

「らいちさぁ?」

「ん? プリン? もうないよ」

「いや、いらないし。てか、もう食ったの? あ、いや。だから、らいちさ?」

「何よ?」

 らいちが怪訝な顔で、無くなった筈のプリンを頬張った。

「俺さ、最近になってやっとね、らいちの気持ちがわかるようになったかも」

「どゆこと?」

「らいちの表情と感情が一致してきた気がする」

「何それ?」

「前までさ、楽しそうにしてても、なんか、何考えてるかわかんなくて……ちょっと怖かったから」

 らいちは無表情で顔を上げた。

「じゃあ今、私が何考えてるかわかる?」

「プリン美味しい?」

「……よくわかったね。あほ兄ちゃん」

「だろ?」

 らいちは無表情のまま、再度プリンに向き合った。彼女が何を考えているかなんて、俺には全くわからない。ただ、寂しさや悲しさをうまく隠して悟らせなかった彼女が、今は思ったことを話し、行動している……ように見えた。それは、霧島らいちという人物に、やっと出会えたような感覚だった。

「あーでも、私ね、今が一番楽しいかも」

 らいちが微笑む。

 うん。この表情はきっと、嘘じゃなくて、本当の気持ちを話しているんだろう。

 だからこそ、らいちの『一番楽しい今』に梅香がいないことが余計に寂しく感じた。勝手だけれど、それを確認したくなくて話を逸らす。

「今日、店忙しかった? 休んじゃってごめん」

「ふつーだったから、大丈夫だよ」

「そういえばドラゴンさんは?」

「グミさん家」

 変なタイミングで、好きな人の名前が出てきて驚く。

「は? なんで?」

「なんか、訳あり?」

「へ? ワケアリ? なんの??」

「知らなーい。ごちそうさま、お風呂入ろーっと」

 らいちは面倒くさそうに空のプリン容器を捨てて、風呂へ行ってしまった。

 ドラゴンさんとグミさんのワケアリって何だろう。

 

 ものすごく嫌な予感がした。

 

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