第27話 お花畑

 その後の記憶は途切れ途切れだった。なんとか店まで戻り、濡れたままで眠ってしまったらしい。そして現在、絶賛発熱中である。ついでに喉が痛いし咳もでる。

「ああー男くさーい!」

 二日も寝込むと色々と汚くなる。部屋に入ってくるなり、ドラゴンさんは窓を開け放ち、ゴミを片付けながら文句を言った。

「すみませぇん。でも、どうしようもないですぅ。我慢してくださぁい」

「昨日までは我慢できたけど、もう部屋っていうか巣よ! 巣! まぁいいわ。はい、これ着替え。汗かいてるんだからちゃんと着替えなさいよ。あと、保冷剤と、スポドリと薬ね。食べられそうなら何か食べなさい。冷蔵庫に色々入れといたから。じゃあね」

 ドラゴンさんはテキパキと看病をこなして、俺の巣を出て行った。こういう時、あまり干渉してこないのが助かるようで、少し寂しい。らいちに至っては一言「お兄ちゃん、いい子で寝ててね!」と言い残して、ドラゴンさんと出かけてしまった。部屋にはコツコツコツと、時計の秒針の音だけが残された。

 さて、色々とやらかした後の暇はきつい。あれこれ考えてしまって、世界から消え去りたくなってしまう。なんだよセックス前提って……もう少しマシな言い方があるだろうに。思いつかないけど……あああああああああ消えたい。

『助けて梅香』

 手持ち無沙汰で梅香にメッセージを送り、助けを求める。

『どうした杏ちゃん』

 凄まじいスピードで返信が来た。そして、立て続けにメッセージが入る。

『らいちは?』

『てか最近どうなの?』

『全然連絡ないんだけど?』

『返信いつも一言なのなんなの?』

 この状況をどうして説明しよう……と考える間を与えない速さだ。

 取り急ぎ『好きな人ができました』と送信する。既読がついた瞬間に電話が来た。

「杏ちゃん、今日は休み?」

「風邪ひいて休んでる。でも寝れないくらいに元気。梅香は?」

「暇じゃないけど、色々と聞きたいことがありすぎて、この電話が最優先」

 久しぶりに聞いた、梅香の声ときっぱりした内容に安心する。

「実は今好きな人がいて……」

「うんうん」

 病気で伏せている心細さに、落ち着いた相槌と声色。ついつい最近のあれこれをゲロってしまった。

「まとめるとこうかな? 百合好きヤリチン(童貞)の杏ちゃんは、私とらいちをキープしつつ、新しい男ができた……と」

 凛とした涼やかな声でまとめられると、とんでもない状況になっていた。

「ちょっとずつ大きく違う。童貞はおかげさまで卒業しました」

「は? おかげさまって、お世話してないけど? らいち? え? 何?」

 梅香は混乱している。

「らいちじゃないから安心して。言葉のあやです。察してください。俺だって色々あったの。後、キープされてるのは俺で、そもそも梅香が一方的に宣言しただけでしょ?」

「うん。まぁ……そうだけど」

「グミさんとは、告っただけで返事も何もないから、男ができたわけじゃない」

 少し、心がちくっとした。ここを丁寧に聞いて欲しいのに、梅香は興味を持ってくれない。寂しい。

「うん。それにしても、その告白……私の知ってる告白の言葉、ワースト1位だわ。何よ、セックスしたい方の好きって……最悪」

「ああああああああああああああ」

 何も言えないから呻く。

「ちなみに今までのワースト1位は『梅香とらいち両方好きだから、二人に付き合ってほしいし、そこに混ぜて欲しい』だったけど、ぶっちぎりで塗り替えたわ。おめでとう」

「わーどっちも俺だぁ……」

 冷ややかに祝福された。恥ずかしさや後悔からか、熱がまた上がってきた気がする。

「とりあえず審議ね」

 俺の返事がふわふわしてきたことを察してか、梅香が再度まとめに入った。

「ほえ?」

「物事をよく検討して、その可否を相談しないとね」

「おう?」

「来週そっち行くからドラゴンさんとらいちに伝えて」

「あ、はい」

「杏ちゃんはしっかり休んで風邪を治して、ついでに頭の中のお花畑を整理整頓しといてね。じゃあね」

 そういって、通話が切れた。

 お花畑。

 確かにそうかもしれない。

 

 グミさんは今日も店に来たかな? 隙あらば彼のことを考えてしまう自分が、なんだかいじらしく思える。そのくらい、俺の頭の中はお花畑だ。

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