第19話 お泊まりイベント

 梅香とらいちは、俺とドラゴンさんのシェアハウスに着くなり、押し黙ってしまった。

「どしたの? ガールズ」

 ドラゴンさんが独特な呼び方で声をかけた。

「えっと……これ……」

「何? この部屋……お花模様のフリフリカーテンに、ピンクのハートクッションは誰の趣味?」

 言葉を見つけられないらいちを尻目に、見たままの感想を言い放つ梅香。

「そうよ、ここはアタシの愛の巣。マイ・スイート・ホームにようこそ」

 ドラゴンさんは優雅に微笑んだ。酒の勢いもあるのか、梅香はなおもズバズバ続ける。

「シェアハウスっていうか、ただのマンションの一室に二人暮らしじゃない。しかも、こんな乙女チックな趣味全開の3LDKマンションなんて……もう同棲っていうか新婚さんじゃん」

「だよね……付き合ってないとか言ってたけど……それって、もっと進んだ関係だったってことかな?」

 女子2人の疑問にドラゴンさんはニヤニヤしながら応える。

「えー? 2人の関係? まぁ、そうね。杏はアタシのペット。みたいな?」

 何を言っているんだ。このおっさんは。さらに誤解を深めようとしているじゃないか。

「杏ちゃん? 確かに、誰を好きになってもいいし付き合っても自由だけど……なんかそのペットとかそういうのはだめ! なんかだめ!」

 と、梅香。

「……きょーちゃん、何か悪いことしたの? お金とか?」

 らいちは意外とリアル方面に妄想を膨らませたらしい。

「いや……」

「拾ってあげたのよ。ねえ?」

 そして、それを煙に巻くおっさん。


 うわーめんどくさい。

 もう、なんかだめだ……。こんなんモテ期じゃない。ただの酔っ払いのおもちゃだ。

「なんか俺、今日は疲れたから寝るね。布団とかタオルとか、わかんなかったらドラゴンさんに聞いて。じゃあおやすみ。シャワーだけ先にもらうね」

 早口で言い捨て、会話を終わらせる。

「おやすみ……」

「きょーちゃん……おやすみ」

「後はアタシに任せてゆっくりおやすみなさい」

「あのさ。ドラゴンさん、もう余計なこと言わないでくれる? もともとこの部屋はこんなだったし、訳あって俺が間借りしてるだけだから。ほんと、それだけ」

 最後の力を振り絞って釈明をして、リビングを後にした。ものすごい疲れた。シャワって寝よう。情報と気持ちの整理が追いつかなくて、強制シャットダウンすることにした。


「杏ちゃん……起きて……ほんとやばいかも」

 肩を揺すられて半分覚醒する。ベッドの枕元に寝間着の梅香が立っていた。

「……うめか? どしたん?」

「ちょっとやばいからこっち来て」

「ねむい……むり」

「困る。起きてよぉ」

 両手を引っ張り上げられ、上半身だけ起き上がった。辺りは真っ暗なので、きっとまだ夜中だと思うけれど、一体何があったんだろうか。

「よーしよしよし、次は立ち上がろうか?」

 そのまま梅香に軽く手を引かれ、介護されるお年寄りのように、梅香とらいちが2人で眠っていた和室へと連れてこられる。二つ並んだ布団の片方には、らいちがすやすやと眠っていた。

「見てよこれ」

「……よく寝てるらいちだね」

 梅香に軽く後頭部をどつかれる。

「私、今ね。好きな女の子と布団を並べて、お泊まりイベント発生中なのよ。しかも3年振りの再会。寝る直前まで手とか繋いでた」

「……確かにやばいね」

「……しかもキスされた」

「誰に?」

「らいちに決まってるでしょ?」

 一気に目が覚めた。

「エモいな」

「うん。多分ただの酔っ払ったノリだとは思うよ? でもさ、こっちはそれどころじゃないわけよ」

「そうだね……ノリじゃすまないよね」

 らいちの無邪気な寝顔を眺めながら、梅香の葛藤を慮る。

「寝れないんだけど……どうしたらいい?」

「リビングで起きてたら?」

「眠いのよ」

「どうしろと?」

「おしゃべりに付き合ってよ。結局らいちとばかり話してて、杏ちゃんとはあまり話せてなかったし」

「結構話した気もするけど……あと、俺めちゃくちゃ眠いんだけど」

「私もよ。だから大丈夫」

「そっか……」

 何が大丈夫なのかわからないが、梅香が頼りがいのある笑顔で頷くので、なんとなく納得してしまった。


「はい、どうぞ。ミルクと砂糖は?」

 マグカップいっぱいに入ったコーヒーを差し出す。

「ブラックで大丈夫。ありがと」

 梅香はそれを一口啜って、深いため息をついた。少し落ち着いた様子を確認して、水を向ける。

「で?」

「何? キス? キスのこと聞きたい? やっぱり? すっごいよ。とてつもなく素晴らしい感触よ。召されるかと思ったわ」

「そりゃすげーな」

 それから梅香は、らいちが寝るまでの間の武勇伝を語ってくれた。話の9割は大人らいちの魅力についてだったが、百合紳士の俺にとってはとても興味深い内容だったので、大変楽しく拝聴させていただいた。

 しばらく話したあと、たぎる気持ちが落ちついてきたのか、梅香は大人しくとこに就いた。逆に俺はすっかり目が冴えてしまったので、仕方なく朝ごはんの支度を始める。何を作ろうかと何気なく窓に目を向けると、外はうっすらと明るくなっていた。

 洗濯機のスイッチを入れ、米を研ぎ炊飯器にセットする。まだ寝ている人を気にして、床はペーパーモップで掃除した。洗濯物を干しにベランダに出ると、すっかり朝になっていた。


「きょーちゃん、おはよん」

 和室の引き戸を開けて、らいちが顔を出す。部屋の奥には梅香がまだ布団に収まっているのが見えた。

「おはよ。らいち。昨日結構飲んでたけど、早いね?」

「なんかきょーちゃんさー、お母さんみたいだね〜人の気配で目が覚めちゃった」

「あら、ごめんなさいね」

「ドラゴンさん語が移ってる。ふふ」

 らいちが何か言いたそうに、困った顔をした。

「もしかして、夜中の梅香の話聞こえてた?」

 無言で頷くらいち。

「ええと……どの辺りから?」

「裸エプロンローションのあたり……」

 よりにもよってだ。

 よりにもよって、梅香が盛り上がって妄想がクライマックスになってたあたりだ。梅香に心から同情した。

「それはそれは……」

 居た堪れなくて言葉が出ない俺に、らいちはピッタリと体を寄せて耳打ちした。

「お散歩行かない?」


 まあ、俺も聞きたいことは山ほどある。らいちの誘いに乗って、出かけることにした。

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