第18話 飲み会


「やばい」

「やばい」

「でしょおー? アタシってばすごいでしょぉ?」

「……いやそれ、俺がつくりました」

「アタシ監修で。ねー?」

 ドラゴンさんは得意な顔をして、俺を覗き込んで来た。うざい酔っ払いムーブにげんなりする。


 このパーマで顔が濃いめの中年男性が、件のドラゴンさん。俺は現在、このドラゴンさんとルームシェアをしている。

「やばい」

「ほんとにやばい」

 梅香とらいちは目をキラキラさせて、皿に盛られた自家製生ハムを忙しく口に運んでいる。そこまで気に入られてしまうと思わずニヤけてしまうので、クールを装うため、努めて仏頂面を作った。

「お酒やばい」

「甘い。日本酒甘い。やばい。飲める」

「わかる。飲める」

 女子2人はなぜか会話が単語になっていて、とても微笑ましい。

 ああ、百合って本当に良いものだな。心の底からそう思う光景だった。


 成人式の後、今俺の住んでいる街へ彼女たち2人を連れてきていた。そして、俺のルームメイトのドラゴンさんが経営する、小さなカフェバーで食事……というか酒盛りになっている。梅香とらいちはカウンターに座り、向かい合うキッチンには店主のドラゴンさんと、ここにバイトでお世話になっている俺も入っていた。

「きょーちゃんはぁ、飲まないんですか?」

 アルコールが回ってきたのか、らいちがなぜか敬語で尋ねる。

「飲むとすぐ寝るんだよね、俺。具合悪くなるし」

 大人になって知った事実だが、俺はかなり酒に弱いっぽい。そして、そのせいで結構な失敗もしてきた。なので、もういっそ飲まないことに決めている。

「杏は、寝ると歯軋りするからねぇ」

 ドラゴンさんがニヤニヤしながらチャチャを入れる。

「あはは、わかる。きょーちゃん、まだ歯ぎしり治ってないんだ〜」

 らいちも笑って同意した。いやちょっと待って、初耳なんだけど。俺、歯軋りするの? てか、らいちそんなこと覚えてるの?

「そういえばキッペーが昔言ってた! ほんとなんだ〜」

 梅香まで知っていたのか。っていうか、橘平はそんなことまで言ってんのかよ。

「なんだよ……その歯ぎしりキャラ。ものすごい恥ずかしいんだけど……」

 今すぐこの場から居なくなりたい。そのくらい恥ずかしい。

「大丈夫だよ。かわいい歯ぎしりだったよ。なんかムキューって」

 らいちが方向性のおかしいフォローをする。

「もキュー! ってね。あれどうやって音出してるのかしらね?」

「え、ほんと? 聞いてみたい。飲みなよ杏ちゃん!」

 梅香も酔っ払っているのか、自分のグラスこちらに傾けた。

「……いやです。閉店準備しまーす」

 居心地が悪いのでその場から離れ、客が彼女たちしかいないのを良い事に、店を閉める準備に取り掛かる。まだ3人は、背後で俺を肴に盛り上がっているようだった。

「あのぉ、ドラゴンさんときょーちゃんてぇ……どんな関係なんですかー?」

 かなり出来上がってきたらいちが、どストレートに質問をした。確かに男の二人暮らしで、その上1人は所謂『オネエ言葉』でシナを作った仕草の中年男性だ。関係性は気になるかもしれない。

「お家も、お店でも一緒とかって……なんていうか……その……」

「あーアタシね、杏のセンセイなの。色々教えてあげてんの。だから、ほらっいい男になったでしょ?」

 ドラゴンさんは少し離れたところにいた俺の首根っこを掴んで引き寄せ、後頭部をデカい手で揉みしだいた。

「色々あって、調理学校の非常勤講師やってるドラゴンさんのとこにお世話になってんだよ」

 補足説明をしながら、浅漬けのきゅうりを冷蔵庫から取り出す。生ハムを褒められて調子に乗っている俺は、無性に梅香とらいちに色々食べさせたい。

「聞いてよガールズ、ほんと大変だったのよ杏ったら、寮でさぁ、みんなきょうだ……」

「きゅうり、漬かり具合見てもらえますか?」

 ドラゴンさんが余計なことを言い始めたので口にきゅうりを突っ込んだ。

「どうすか?」

 ドラゴンさんはきゅうりをもぐもぐして飲み込んだ後「ごめん」とジェスチャーで謝った。この人は悪い人じゃないけれど、酒が入ると調子が良くなりすぎる。俺は目配せで口止めの念を押し、他のきゅうりを切り分け、皿に盛り付けた。

 テーブルに置かれた、店の雰囲気にマッチしない浅漬けを見て、ドラゴンさんがこぼす。

「うちの店、こんなん出さないけど特別サービスよ。なんか杏がバイトに入ってからメニューが世帯じみてきたのよね」

「ナッツとかしか出してなかっただけでしょ?」

 ドラゴンさんと俺のやりとりを見て、梅香とらいちが顔を見合わせた。

「ふふ……貴様らの杏ちゃんは、今やアタシが一番の仲良しさんなのよ? 残念だったわね。アーハハハハハ!」

 ドラゴンさんが勝ち誇ったように笑った。

「は? 私キープしてんだけど?」

 と梅香が返す。

「え? キープ? 梅香ときょーちゃん、付き合ってないの? なんなの?」

 とらいちが続いた。

 もしかしてこれって、モテ期ではないのだろうか。どうしよう。と困っていると、頬にキスされた。

 ドラゴンさんに。

 どんだけ飲んだのか、ものすごく酒臭い。彼女たち二人もかなり仕上がってきている様子なので、3人まとめて、シェアハウスにお持ち帰りをしたのだった。

 

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