第16話 ハグ
高校時代、ある日急に姿を消して以来、音信不通になっていた友達、霧島らいちが少し困ったような顔で、ナンパに乗ってくれた。
しかし、俺は初めてのナンパだったので、その後どうしたらいいかわからない。
「ええと……どうしていいか、わかんないや……どうしよう?」
思っていることをそのまま話す。よもや成人式にらいちが来ているなんて、ほんの少ししか考えてなかった。ほんの少しだから、もし見つけたら何をしようかなんて全く考えていなかった。
「友達はこんな時ハグするよ」
らいちははにかんで両手を控えめに差し出した。
なるほど。
そういえば梅香たちも「久しぶり」と言いながらハグをしていた。俺とはしなかったけど、梅香は女友達を取っ替え引っ替えハグしていた。俺とはしなかったけど。そして、らいちは俺の友達だからハグをしても良い存在だ。それは本人も言っているし、至極当たり前の行動だ。友達だし。などとごちゃごちゃ考えながら、らいちを抱きしめた。
腕の中に収まる、細い肩が愛おしかった。
「おかえり」
帰ってきたわけじゃないかもしれないけど、掛ける言葉がこれしか浮かばなかった。
「ただいま」
らいちもそれに応えて、コートの内側から俺の背中に腕をまわした。
「んふふ。きょーちゃんは大胆だなぁ」
腕の中のらいちが俺を見上げて微笑む。
「友達は再会した時ハグするんだろ?」
「流石にここまでぎゅーってしないよぉ」
でも、らいちと再会したなんて、まだ信じられないんだ。だから、苦しくならない程度に力一杯抱きしめた。でもここでずっと抱きあってるわけにもいかないので、名残惜しいけれども彼女を連れて早々にロビーを後にした。
どこか、落ち着いて話ができるところを探して、会場付近を彷徨う。
「きょーちゃん、ずっと手を離さないの、彼氏みたい」
無邪気に笑うらいち。
「なんか、逃げられそうで、なりふり構ってらんないんだよ」
無意識で手を繋いでいたことに気が付き、その手に力を込めた。幸い、すぐに喫茶店らしきものを見つけた。店内で席に着くと、すぐに2人並んで写真を撮り「らいちゲットだぜ!」と、梅香にメッセージを送る。30秒ほどして電話がかかってきた。
「はいはい。早いな。式は?」
「そんなのどうでもいい。今どこ?」
「ホールの近くのカフェ? 喫茶店? 何とか茶房ってとこ」
「は? 何とか? どこよ? いいや、待ってて。そこにいて」ブツっ
一方的に切られる。
そして数分後、振袖姿で息を切らした梅香が店に訪れた。
「杏ちゃん、ありがと」
彼女はこちらにハンズアップした後、いきなりらいちを抱きしめた。感情が渋滞している。
「らいちぃ! 会いたかった。ずっと会いたかった」
「梅香ぁー私も! あとね、梅香きれい。着物すごい似合ってる〜可愛い!」
「らいちの方が可愛いから」
喫茶店でもそれなりに人の目があるが、成人式で女同士だと、こんなにいちゃついてもあまり気にならないのはいいなと思いながら、目の前で繰り広げられる、百合の再会をじっくりと堪能した。
うん。百合は可愛い。やっぱこうじゃないと。
「らいちは今日、このあとどうするの?」
梅香は質問をしながらも、ずっとらいちのどこかを触っている。らいちも気にしないのか、テーブルの上で2人の指が重なったり絡まったりしている。もう実質、百合確定じゃねぇかとニヤニヤが止まらないので、俺は口元をずっと隠している。
「……うん。実はそろそろ移動しようかなーって」
「こっち泊まらないんだ?」
「ホテル空いてるとこないと思うし……」
らいちの歯切れの悪い物言いが、少し気になった。
「俺もこっち泊まらないで帰るんだけど、うちくる?」
「……いいの?」
「もちろん」と笑顔で答えたところで、「私も行く」と、さっきまで天使の笑顔だった梅香が、殺し屋の顔で割って入る。
「もちろん。ヨロコンデー」
梅香の望みは俺の望みでもある。
「ありがと。一回着替えて準備してこなきゃないわ……くそ」
梅香の顔には『忌々しい』と書かれていた。晴れ着もそんな扱いをされて可哀想だ。
「あ、梅香、着替える前に一緒に写真撮ろうよ」
らいちの提案で、会場の『成人式』看板の前で2人の写真を撮った。ここぞとばかりに撮りまくった。ついでに俺も入って近くにいた人にシャッターを切ってもらったりもした。
自分の成人式なんかよりも、高校の卒業式よりも、ずっと特別な日になった。写真の中の俺は百合に挟まれて、締らない顔を必死に堪えたおかげで、怒ったような顔になっていた。
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