第15話 ハタチ

 慣れない仕草でネクタイを締める。少しふわふわしていた気持ちも、このネクタイに手こずったおかげで、ずいぶんと落ち着いた。今日は久しぶりに彼女に会いに行く。

 

 場違いを自覚するとその場にいるのが嫌になってしまうので、成人でもないけれどスーツで成人式の会場に来た。内心落ち着かないが、周りは晴れ着の人ばかりで溶け込んでいる気は……する。

「ちょっと! なんでスーツなの? 杏ちゃん、年いっこ上じゃん。面白過ぎ。ふふっ」

 声に気がつき顔を上げると、成人式の目当て。高校を卒業してから2年、未だに俺をキープし続けている美人女子大学生、山桜桃 梅香(ゆすら うめか)が艶やかな振袖姿で佇んでいた。

「……すげー派手な着物ね」

「久しぶり。綺麗な振袖だね、とても似合ってるよ。って言い直して」

「久しぶり。キレイナ振袖ダネ。トテモニアッテルヨ」

「でしょ?」

「写真いいですかー?」

「どうぞ!」

 梅香はポーズをとって微笑んだ。赤と黒を基調に、さし色に金色をあしらった派手な振袖に、和装用のキリっとした化粧は、梅香の整った顔立ちもあって確かにとても似合っていた。その麗しい彼女を写真におさめながら、キープというのは奴隷契約か何かの隠語だろうかと考えていた。

「ちょ……連写は恥ずかしいんだけど。ていうか、気になって仕方ないんだけど」

 梅香は笑いながら、手のひらでスマホのカメラを遮った。

「何が? スーツ? 逆にここに普段着の人いたら目立たない?」

「いや、それは良いんだけど……なんていうか……慣れないな、そのひげ!」

「ああ、これ?」

 俺は専門学校に入ってから顎に髭を生やしていた。と言うのも、アルバイト先で下っ端扱いされるのに辟易して、大人っぽくみられるようにと試したところ、意外と好評だったのでそのまま定着している。

「どう? ニアッテル?」

 顎を撫でて、笑顔を作る。

「なんか慣れない」

 梅香はしかめっ面をしている。どうやら不評のようだ。

「じゃあ剃るよ」

「それもなんか惜しい気がする」

「どうしろと?」

「どうもしなくていいよ。ただ、慣れないなぁ」

 梅香はしかめっ面で俺の顔をジロジロ見ながら、目の前を半周した。

「わかった! なんかさ、あご髭って陰毛を彷彿とさせるよね!」

「やだ、もう見ないで」

 咄嗟に両手で口元を覆う。そういえばこの人は、こーゆー人だった。会わない間に自分の中でかなり美化していたことに気がついた。

「あはは。杏ちゃん、セクシー! セクシーだよ」

 したり顔の梅香を前に、俺は俺で気がついたことがあった。

「それって、俺のこと性的な目で見てるってこと?」

「いや、見てたらあえて言わないって」

 ライトに振られた。

 気がついたのは気のせいだった。


 ここ2年間はお互い忙しいのとタイミングが合わないのとで、リアルで顔を合わせるのは卒業以来だった。そんなに久しぶりの再会にもかかわらず、俺たちは毒にも薬にもならない会話をだらだらと続けた。

「うめ! 写真撮ろ!」

 梅香の友人が割って入ってくる。その声に梅香は「ちょっと待ってて」と返事をすると、振り返った。

「杏ちゃんは流石に式は出ないよね?」

「そうね。梅香に会いに来ただけだからね」

「そう、良い子ね。終わったら連絡入れるね。ちょっと式に出てくるからね」

「いってら」

 梅香はお母さんみたいなセリフを残して、振袖の集団に紛れていった。独り残された俺は何もやることがないので、暇つぶしに会場付近に集まる人たちを観察する。

 みんな綺麗な服を着て、はしゃいでいて、とても幸せそうだ。

 式典の時刻になると大体の成人たちがホールに入り、ロビーは閑散とした。暇を理由にスマホをいじりながら時々何となく周りを見渡す。ホールに入らないで話し込んでいる人や、俺みたいな付き添いなのか、普段着の若い女の子の姿が見えた。

 いてもたってもいられなかった。

「ねぇねぇ、こんにちは。君独り?」

 声をかけられて普段着の女の子が振り向く。シンプルなニットのワンピースは似合っていたが、成人式に着てくるような晴れ着ではなかった。

「なんかぁ、成人式なのに今日すごく寒くないですか? もし式に出ないんだったら、ここの近くにいい感じのカフェがあるんだけど、あったかいものでも飲みに行きませんか?」

 咄嗟にネットで調べた【初心者必見】成功するナンパのコツ6選‼︎ の一番初めに出てきたフレーズを使う。

「……いいよ」

 効果はバツグンだ。


 高校時代、ある日急に姿を消して以来、音信不通になっていた友達、霧島らいちをナンパで引っ掛けることに成功した。

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