第10話 ウメタン
翌朝。
らいちの朝の支度を横目に、と言っても着替えは見ないようにしたりと配慮をしつつ、俺は俺で簡単な朝食を準備していた。
「きょーちゃん、アイロン持ってる?」
「スチームアイロンしかないけど……服のしわ?」
「違うー髪の毛のやつ〜! 忘れてきたー……ショックすぎる……編めばなんとかなるかな?」
らいちはいつもと変わらない様子で、髪の毛をずっといじっている。
「トースト、置いとくね。あと、先食うよ」
「ありがとぉ〜先食べてて」
俺が食べ終わる頃、やっとらいちが席に着いた。
「朝ごはんだぁ〜作れるのすごいね! 美味しそお」
トーストにインスタントのカップスープ。それだけの簡単すぎる朝食だが、向かい合わせに座るすっかり支度が整った彼女は、いちいち美味しそうに食べる。いつもなんとなく食べ物を買い与えてしまっていたのは、このリアクションが見たいからなのかもしれない。
朝食を済ませ、2人で一緒に梅香の家へ向かう。昨日の今日で、男が家を訪ねるのはどうかと思ったが、彼女の自宅はマンションだったので杞憂だった。玄関ホールで待っていると梅香がエレベーターで降りてきた。
「梅香〜! 誕生日おめでとぉ!」
「おめでとう」
「ありがとう! らいち」
梅香はらいちをハグして髪に顔を埋める。そして、らいちの背後に立つ俺へ視線を向けた。
ちょっと、後で顔を貸せ。
梅香は何も言っていないし、超能力もきっと使えない。しかし、しっかりと彼女の言いたいことが脳に直接伝わってきた。……気がする。どうやら何かを察したようだ。
お友達にしてはねちっこいハグの後、らいちがバッグからきれいにラッピングされた包みを取り出す。
「これ〜プレゼント!」
「なになに? 開けていい?」
「いいよん」
「あ、すっごい嬉しい。私今日死ぬかも知れない。嬉しすぎて」
「生きて! ふふっ。でも本当にこれで良かった?」
「いいよお! これがいい! 機種違うのにお揃いにできて嬉しいよお」
梅香はらいちとお揃いのスマホケースを片手に、泣きそうなほど喜んでいる。てか、泣いちゃってる。鼻水が垂れてこないか心配だ。
「はい、じゃあきょーちゃんもプレゼント渡して!」
「え?」
「ん?」
「ないけど」
俺はプレゼントを用意していなかった。
辺りの気温が10℃ほど下がった。気がする。
「いや、あの……買い出しの時に、バースデーケーキに好きなやつを買ってあげようかなって思ってたけど、だめになっちゃったから、えーと、今度食べにいこうか? ケーキ」
お前は一体何をしに来た?
エスパー梅香の声が頭の中で響いた。いたたまれないってこういう時のことを表す表現なんだなぁ。いたたまれなさすぎて、状況を俯瞰している自分がいた。そんな俺を見かねてか、きれいに笑顔を作った梅香が「来てくれただけで嬉しい。杏ちゃん、ありがとう」と、完璧な回答をくれた。
「いや、うん。おめでとう」
そして、ごめんなさい。やっぱり来なきゃ良かったです。そんな俺とは対照的に、いつもよりもハイテンションのらいちが続けた。
「うんうん。3人でウメタンできて嬉しい!」
「ウメタン?」
何だそれは?
「私の誕生日を祝うことよ」
「梅香の誕生日だよ!」
回答がハモって戻ってきた。
あとね……とらいちは一段声のトーンを落とした。
「私は、梅香もきょーちゃんも、大好き。だから、大好きな2人が付き合ったらすごく嬉しいなって思ってるよ!」
爆弾が投下された。
そして、爆心地の空気はさっきよりもはるかに凍てついた。
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