第9話 乳酸菌の力
「それで、きょーちゃんは……あの……どうしたいの?」
「いや、どうも。ってか、なんか話が逸れてきている気がする。一回落ち着こう」
「うん。なんか私もワケ分からなくなってきた」
落ち着くために、2人でもう一個ずつ、乳酸菌飲料を飲み干した。
さて、君らに百合百合してもらって、そこに挟めてくれないか。
これを今そのまま言ったらどうなるだろうか。距離を置かれてそのままフェードアウトされるだろうな。だって、俺がらいちならそうする。気持ち悪いから。なるほど、思っていることをそのまま言ったらダメって、なんか、わかってきたぞ。でも、なるべく余計なことを言わないように、必要最低限の情報開示で誤解をとき、尚且つ彼女の本心を探らねばならない。非常に困難なミッションだな。
「まず、俺と梅香は両思いじゃない」
「なんで? きょーちゃんは梅香のこと好きじゃん。梅香もなんか、きょーちゃんといる時楽しそうだし。ラブラブしてる」
「俺は梅香からラブを感じない」
「絶対、梅香はきょーちゃんラブだよ」
絶対違うよ、らいち。梅香がラブなのは、お前だよ。これが言えたらどんなに楽か。
あーもう、なんかめんどくさい。言っちゃおうかな。
「梅香に聞けばいいじゃん」
結局言えるのはこれが限界だった。
「……そうなんだけど。だから、きょーちゃんはどうしたいのかが大事なの!」
「なんでそこで俺が出てくんの?」
ここで俺は百合を所望するって言ったらまた話がおかしくなるだろうよ。
「察してよ! って、わかんないからこうなってるんだよね……はぁ」
らいちはため息をついてこちらを一瞥した。
「きょーちゃんは私のこと好きなんだよね?」
もういい加減慣れてきたし、少し飽きてすらいた。
「うん。そうだよ。大好き」
段々とおざなりな言い方になっていたが、俺の言葉にらいちは表情を明るくして、一息ついた。
「じゃあ、本当の気持ち、言うね。私は梅香ときょーちゃんが両思いだったら、付き合うの応援したいけど、そうなったら寂しいから確かめたくないのが本音」
「なるほど。正直だな」
「わがまま……だよね。あと、きょーちゃん。私はきょーちゃんのこと好きだけど、友達がいい。だから、ごめんなさい」
なんか今、ことのついでで振られた。
話の成り行き上、もしかしてらいちは俺のことを好きなんじゃないか? うちに強引に押しかけてきたりして、寝込みを襲うつもりなんじゃ無いのか? もしかして俺は大人の階段を登ってしまうんじゃ無いのか? 避妊とか大丈夫か? ってそれは橘平がなぜか置いていったゴムがあるので安心だ。こんな時に橘平が役に立つなんて思ってもみなかった。ありがとう、橘平。お先に失礼します。とあれこれ心配していたが全部余計な心配だった。
安心した……と言い切れないくらい悲しい気持ちになっていた事に驚いた。それはそうだ。好きだと言って、ごめんなさいと返されたら、それは悲しい。
「どういたしまして」
強がった返事をするのが精一杯だった。しかし、らいちは本音を話してタガが外れたのか、それからよく喋り出した。
「なんかさ、私告白されると、ありがとうって思っちゃって、全部OKしちゃうんだよね」
「俺、今振られたんだけど」
「うん。初めてごめんなさいした」
らいちはえへへと笑った。えへへじゃないよ。こっちはそれなりに傷ついてるんだけど。
「でね、付き合ってるうちに好きになるかなって思ってても、なかなか好きになれなくてさ、そのうちいつも相手から別れようって言われるんだ」
意外だった。らいちについては、男をとっかえひっかえのお噂はかねがねだったが、実は振られ続けていたなんて知らなかった。
「私さ、みんなに嫌われないように頑張ってるのに、なんで嫌われるのかなー。だから、梅香ときょーちゃんは、いつも仲良くしてくれるから嬉しいし、大事。うん。大事」
なんか、これでも大事にされてるらしい。
「ねぇ、きょーちゃん。私のこと好き?」
まだ聞くのかよ。
「ごめんなさいされたからってすぐ嫌いになれないよ。好きだよ」
慣れって怖い。もうスラスラ言える。
「ありがとう。嬉しい」
彼女は少し涙ぐんでいる。泣きたいのはこっちだ。
「あ、もうこんな時間だ! 電話しよ」
時計を見ると0時を回っていた。梅香の誕生日だ。
らいちはハイテンションで梅香に電話をかけていた。
「梅香ぁ〜! お誕生日おめでとぉ! ハッピーバースデー!」
梅香、誕生日を迎えた瞬間にらいちに祝ってもらえて良かったな。と通話の様子を微笑ましく見守る。
「うんうん。ふふっ……こちらこそだよ! これからもずっと仲良くしてね! 照れるなぁ。ふふっ。梅香大好き! だから、梅香は私のこと気にしないで、好きな人と付き合ったっていいんだからね! ちょっとだけ寂しいけど、梅香が幸せな方がいい!」
残酷なことを言うなぁ…蚊帳の外から梅香の気持ちを
「うん。朝、プレゼント持っていっていい? うん、オッケー。じゃあ! また、今日の朝ね!」
らいちは通話を切り、こちらを向いた。
「きょーちゃんも一緒に行くよ」
俺、いない方が梅香は嬉しいと思うけど……どう説明したらいいかわからなかった。
「あい」
だから言われるままにするしかできなかった。
「私けっこうね、好かれる女の子っていうかさ、愛され女子にどうしたらなれるのかなーってね、本とかネット記事とか読んで頑張ってるんだよね。でも、女子には言いがかりつけられて嫌われたり……男子は付き合っても振られたりで……ほんと、なんなんだろ……でもね……きょーちゃん、聞いてる?」
「聞こえてまーす」
「でね、あの……」
らいちはベッドに入って、とりとめもなく自分語りをしている。橘平といい、俺の部屋は自分語りがしたくなる呪いでもかかっているんだろうか……そう思いながら、俺は相槌を強要されつつ、ベッド脇に置いたキャンプ用寝袋に収まっている。
「そういえば、お布団。きょーちゃんの匂いする。ふふ」
らいちは布団に顔を埋めた。
「やめて。なんか嫌。シーツもカバーも洗濯したんだけど……やっぱ臭う?」
「なんか楽しいよ」
「……あの……ほんとすみません。臭くない?」
「臭くなーい。ふふっ」
「なんで笑うの、恥ずかしいんだけど」
「んふふ。クンクンしちゃう」
「いや、ほんと、ごめんなさい。やめて……」
「ねえ、きょーちゃん。友達だから、手を繋いで寝よう」
らいちはそう言って、ベッドの上から手をこちらへ差し出す。俺とらいちの友達の概念はきっと違うんだろう。深く考えないで、その手を握る。結果、段差があるので無理な姿勢になった。
「……これで寝るのは無理じゃね?」
「こうすればとれなくない?」
らいちは繋いだ手の指を絡め、しっかりと繋ぎ直した。
あのですね、らいちさん。
それは恋人繋ぎと言って、俺の中では手を繋ぐでも『エロい』に分類されるものです。大変危険なので、おやめください。
「この前さ、一日きょーちゃんプレゼンツで遊んだでしょ?」
「うん。金使いまくったわ。その後のパン祭りも奢ったし、あの時の……」
「パンはきちんとお金返すよお……ちょっと今月苦しいから待って欲しいけど……でね、あの時のあれも会計の時にきょーちゃんまとめて払っちゃったじゃん」
「そうだね。なんか小銭徴収するのめんどくさくて。で、何?」
「うん。その時、なんでもするって言ったよね、私」
「あー言ったね」
「何して欲しい?」
ベッドの上から手を繋ぐために身を乗り出し、含みのある笑顔でこちらを覗き込む彼女は、理想の百合女子そのものだった。
梅香と百合ってよ。これが言えたらいいのに。
でも、人の気持ちを勝手に伝えるのは趣味じゃない。ましてやデリケートな百合である。仕方がないので、今の俺の第二希望を伝えた。
「1人でゆっくり寝させてください。お願いします」
一瞬、真顔になったらいちはすぐに笑顔を作り、繋いだ手を解く。
「はーい。きょーちゃん、おやすみ」
彼女はそう言って、俺の頭をくしゃくしゃと撫で、差し出した手を引いた。
よかった。友達に無理やり手を出さずに就寝まで辿り着いた。てか、女の子と二人きりで寝られるかな? なんて考えたが、気がつけば朝になっていた。
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