第8話 バトルナイト

 どうしよう。

 

 今、部屋着のらいちが俺の右太腿の上に座っている。

 なるべくその体勢でも距離を保とうと、俺は可能な限り両足を広げ、思いっきり左側を向いているが疲れてきた。

「きょーちゃん、プルプルしてる足」

「でしょうね。降りてよ」

「やだ」

 そして今一度、不毛な会話を繰り返した。

 俺の部屋に到着した時は、こんなことになるなんて想像もつかなかった。


 梅香の誕生日パーティーが中止となったので、夕食も家にあるもので適当に作った鍋を2人でつついた。思えばその辺りから彼女の様子がおかしかった。

 出来立ての名もなき鍋の蓋を開けて、らいちは驚いていた。

「きょーちゃん、お料理上手なんだね」

「高校生で一人暮らしを許されるレベルの家事はできるよ。じゃないと寮とか入らなきゃならないし。食べよ?」

 促すとらいちは取り皿に1人ぶん盛り付け、こちらに差し出した。

「はい、きょーちゃん」

「ありがと。でもいいよ、自分の分は自分でとるし。気ぃ使わないで楽にしてよ」

「……そうだよね」 

 らいちは差し出した皿を引っ込めて、黙々とそれを食べ始めた。俺はなんかまずいことを言ったのか? その辺りから微妙な空気が流れ始めた。

 その後もらいちは、食器を洗いながら割ってみたり。いらないのに髪を乾かすと言ってきたり、頼んでもいないのに顔にシートパックを貼り付けてきたりと微妙なお節介が続いた。

「お客様ぁ? 落ち着いてください!」

 とうとう大きめの声を出してしまった。らいちはたちまち不機嫌になり、ベッドに腰掛けていた俺の右太腿に座った。それから数分、お願いしても降りてくれない。

「ねえ、きょーちゃん。知ってる?」

「何?」

「私も半分空気椅子状態だってこと」

「え?」

 結構重いから、全体重かけてるかと思ってた。でも、それは言ってはいけない。多分。

「もうだめ」

 そう言ってらいちは右腕を伸ばし、その体勢で俺を押し倒した。

「おえ!」

 きれいにラリアットが決まり、喉が詰まった。どうしよう。らいちが何を考えてるか全くわかんないし、苦しいし、怖い。

「ゲホッ……らいちさ、何考えてんの? さっきから謎すぎて怖いんだけど」

「怖いとか言わないでよ……」

 相変わらず、喉元に彼女の右腕が乗っているので身動きが取れない。正確には、動けないことはないけれど、何をされるか分からないから下手に動けない。

「寂しい」

「へ? なんで?」

 この場合、来れなかった梅香は寂しいと思うが、無理矢理やって来たらいちがなぜ寂しいのか?

「あー、梅香が来ないから? そうだね。梅香来れればよかったね」

「……あのさ、そーゆーとこが寂しいって言ってるんだけど……」

「そーゆーって、どういう事よ?」

 沈黙。そして、絞り出すようにらいちが続けた。

「きょーちゃんと梅香、両思いだから、私だけお邪魔で寂しい」

 まじかよ。そんな風に見えていたのかよ。俺は確かに梅香が好きだけど、らいちとセットで好きだ。箱推しである。あと梅香が好きなのは俺じゃない。らいち! お前だよ?

「え? 何? 言いたいことあるなら言ってよ」

「あ、ごめん」

 誤解された梅香の思いよ届けと、らいちの顔を凝視してしまった。

「あのさ、らいち。何で俺と梅香が両思いに見えたの?」

「3人の時と、きょーちゃんたち2人の時と雰囲気違うし、なんか私来ると話一旦やめるし……」

 それはそうだ。梅香と俺が2人の時は、大体アホな猥談か『本日のらいちマル秘情報』と題した、梅香的にグッときたらいちの言動や仕草が報告されている。だから、本人が登場したら続けるわけにはいかないのだ。それを説明するわけにもいかず、だからといってここで俺が梅香の思いを伝えるべきじゃないとも思う。一体どうしたらいいんだろう。

「梅香も俺も、らいちのこと好きだよ?」

「ほら! それ! なんで自然に2対1なの? なんで? わかってよ! そこだよ」

 言ってる意味がよく分からない。

「ごめん、らいち。何が気に入らないのかわかんないけど、いい加減苦しいから座って話さない?」

「……うん」

 らいちは素直に、ベッドに座り直した。秋冬用の、モコモコしているくせに、下は短いショートパンツになっている部屋着を着たらいちは、改めて見ると本当に可愛い。特にすんなりと伸びた足が眩しかった。押し倒された瞬間、喉が詰まって恐怖感しかなくて良かった。そうでなければ、普通に会話できた気がしない。

 とりあえず、何か飲んで落ち着いてもらおうと冷蔵庫を探ったが、めぼしいものは親が大量に送ってきた小さな容器に入った乳酸菌飲料しかなかった。

「良かったらどうぞ」

 とりあえずそれをらいちに手渡し、ベッドと斜向かいの1人がけソファに座る。

「……ふふ、きょーちゃんこれ好きなの? 可愛い」

「親が大量に送ってきただけ。これしかなくてごめん」

「いいよ。久しぶりにのむ〜」

 そこには、いつものらいちが戻っていた。

「あのさ俺、らいちの言いたいこと、よくわかんなくてさ、どうしたらいい?」

 考えたところで答えが出てくる気がしなかった。らいちは乳酸菌飲料を一気に飲み干し、一息ついて言った。

「あのね。思ってることって、そのまま言ったらダメなんだよ」

 ダメなの? そのまま言わないからわかんないんだけど。

「じゃあ、わかって欲しいとか言うなよ」

「……きょーちゃんにはわかって欲しいんだもん」

「じゃあ言ってよ」

 いつも笑顔のらいちが、今日は見たことがない顔ばかりしている。今は泣く寸前の顔をしていた。

「言ったら嫌われるから言わない」

「多分、嫌いにならないから言ってよ」

「多分は怖いよ。じゃあさ、きょーちゃんは私のこと好き?」

 好きは好きだけど、面と向かって聞かれるとなかなか言いにくい。そして、俺の好きを正確に言うと、梅香とらいちの箱推しで好きだ。でも、今梅香の名前を出したらまた面倒くさい感じになりそうだ。

「好き」

「んふっ。えっ……あーなんか照れる」

「言わせたのに照れるの?」

 らいちは俺の問いは無視して続けた。

「……じゃあ梅香と私、どっちが好き?」

 見たこともない真剣な様子の彼女に、こちらも身が引き締まる気分だ。

「どっちも」

「恋愛感情で」

「だから、どっちも」

「え? 何それ?」


 思ってることをそのまま言わないと通じないのはお互い様だと思った。だからこの際、こちらとしても全てを打ち明ける覚悟をした。

「俺は、梅香もらいちも、どっちも恋愛感情で好きだよ」

 目の前のらいちは、ホラー映画のヒロインのように恐れ慄いている。


 怖がらせてごめん。これが百合に挟まりたい男の本懐だ。

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