第20話 【六回ウラ~七回ウラ】 ドラゴン攻略法

『ああっと、なんとパステーク選手が、モンスターに変身しました! パステーク選手の正体は、ドラゴンだったようです!』


 実況籍もだが、観客席も盛り上がっている。悲鳴を上げる人は、誰もいない。この状況を、楽しんでいるみたいだ。


 やはり一番沸いているのは、スリーズ側の応援席である。今のスリーズは守備側なので、応援できない。しかし、最も声がデカかった。


『さて、シードラゴンとなったパステーク選手、第一球……投げた! ああっとストレート。ムロン選手、さっき打てた球に手が出ません!』


 なんだ、あの球は? まるで水柱じゃないか。


 ムロンも食らいつこうとするが、打てない。


 勇者の投法は、変わらずサブマリンだ。だが、威力はまるで違った。ペシェのチェンジアップのように、球の速度をコントロールしてタイミングをずらす戦法とは違う。まともなストレートだ。しかし、速すぎる。


 今はツーアウトだから、さっきのようなスクイズも通じない。しかも相手もこちらもサウスポーだ。相性が悪すぎる。


「ムロン、力むな! 打つことだけ考えろ!」


 ヘタな指示を出せば、ムロンを負傷させてしまう。無難なことしか言えない自分がもどかしい。


「心配するな、イチゴー。私は当てるぞ、絶対に! おおおおお!」


『ボールカウントは、ツーストライク・スリーボール! 第、六球! ああっとミートした……え!?』


 宣言通り、ムロンはバットに当てた。当てたんだ。しかし。


「ぐああああ!」


 金属バットが、くの字に曲がって溶けた。


「こなくそおお!」


 渾身の力を込めて、ムロンはボールを飛ばそうとバットを振る。


『打ちました。あの怪物めいた球を見事にバットへ当てましたが……セカンドフライ。スリーアウトチェンジです』


 見事なスイングだった。初見のボールに、よく食らいついてくれたもんだ。ムロンは、だたものではない。


「すまん、球は当たったが、得点には繋がらなかった」


 しかし、当の本人は顔が沈んでいる。


「すごいんだぞ、お前は。誇っていい」


「名誉なもんか。結果に結びつかねば」


「勝利だけが、お前の仕事じゃない」


「何を言うか、イチゴーッ! 私は何の役にも!」


「チームメイトを見ても、そんなことが言えるか?」


 オレの言葉に触発されて、ムロンがメンバーを見る。


 みんな、清々しい顔をしていた。


「ナイスプレーですわ、ムロンさん。ライバルながら、あっぱれな行いです」


「オイラだったら、逃げてたよ」


 ペシェとレザンが、ムロンを励ます。


「なぐさめるな! 私は仕事が果たせなかった」


「いいえ。あなたは仕事をしたわ」


 落ち込むムロンの肩に、オランジェが腕を回した。


「うむ。お主は我々の、勇者に対する恐怖心を取っ払ってくれた。すごいことぞ」


「次の回は、任せてよ!」


 落ち込んでいるムロンを、魔王ラバとポムが励ます。


「ウチらも球をよく観察して、ムロンっちに繋ぐよ。で、いいんだよね、監督ちゃん?」


「イチゴー監督。あなたは、野球は全員でやるスポーツだって言った。我々も協力する。ご指示を」


 妹のポワールも、この試合に勝つつもりでいる。二人とも素人だったのに。


 よく考えてみたら、ダンスにおいて二人はプロだった。その責任感が、誰よりも強いのだろう。


「みんな。ありがとう! 次の回で、竜退治だ!」


 ムロンが腕を上げると、みんなで「オーッ!」と叫ぶ。


 このチームを指揮できて、本当によかった。



 

 七回といえば、試合が動く時間である。ペシェが三者凡退で抑えたとはいえ、こちらもゴリラとポムが三振で返ってきた。


「球が全っ然、見えなかったぁ」


 バットを担ぎながら、ポムが悔しがる。


「でも、なんか勇者の様子は変だったよ」


「どうおかしかったんだ?」


「ゼエゼエいってる感じ。ウチらの家ってね、ドラゴンのコミュニティとも仲がいいんだよね。あの子たちさ、オーバーヒートするとウロコが開くんだよ」


 巧妙に隠しているつもりだろうが、すぐにわかってしまうという。


「確かめてくる」


 続くポワールが、チップ……つまりファールを狙って当てに行った。普段から姉を担いでダンスをしているため、重い球にも動じない。目もよかった。なんせ、シトロンの打球の軌道を読んで取ろうとしたくらいだから。


「すごい。私は、当てられなかったのに」


「最初だったからな。お前はよくやった」


 ムロンが粘ってくれたおかげで、ポワールも仕事ができたのだ。


 強打者のムロンが当てられないラインを、ポワールはすくい上げる形でバットを振る。


 だが、ファール二球で、ポワールも限界か。


「ストライク!」


 内角低めの球に、ポワールが食らいついてしまった。コントロールの精度も高まっていたのか。いや、違う。


「ごめんなさい。もっと投げさせて疲れさせようと思ったのに」


「あれでいい。十分相手は疲弊している」


 それは、八回まで行けばわかる。


 オレたちは円陣を組み、アドバイスを送る。


「みんな。よろしく頼む。あのでかいドラゴンは、たしかに強い。しかし、相手は一人だ。あのドラゴンさえ倒せば、なんとかなるかもしれない」


 一対一なら勝てない相手でも、全員でかかれば。


「みんな、いくわよ!」


 オランジェが、円の中心に手を差し出す。


「みなの力を一つにするぞよ」


 魔王ラバが続く。


 全員が手をかざし、最後にペシェが重なった手の甲に自分の手を乗せた。


「試合は、わたくしが繋ぎますわ。みなさんも、踏ん張ってくださいまし!」


 みんなで、気合を入れ直す。

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