第19話 【六回ウラ】勇者、暴走!

「まだ顔が熱いわ。手袋越しでも伝わるくらい」


 オランジェが、ペタペタと自分の頬を叩く。


「サインの読み間違えを避けるために、エッチな想像を飛ばして脳に快感を与えるって、思っていた以上に毒だわ……」


 オレのサイン初体験のオランジェは、ウブだったらしい。


 次のムロンと違って、自分で打つこだわりをオランジェは持っていない。

 第一打席は空振りだったが、球筋をずっと読んでいた。第二打席はアウトを取られたが、投手の注意を自分に向けさせてレザンの盗塁を手助けしている。チームの勝利を優先する娘だ。


「よく分析したわね?」


「監督だからな」


 オランジェがセーブしているからこそ、続くムロンが安心して打てるのである。


「頼りにしてるわよ、ムロン」


「お前の分は私が打つからな。オランジェ!」


 ムロンが逆手持ちバットで、バッターボックスに入った。


「なっ」


 しかし、さっきまでの気迫が、軽く吹き飛ぶ。


 それほどの熱気を、勇者は放っていた。


「もう、ガマンできない! シトロン、勝つよ!」


「ダメです、パスさん! 本気は、九回で出しなさい!」


「ここで出さないと、また追加点を取られるよ! でも、いいか」


 勇者パステークが、なんともやる気のない球を放り込む。外角高めだ。


「ボール!」


 審判が、ボールを宣言した。


『ああっと、何が起きたのでしょう? 勇者パステーク選手、ムロン選手相手に勝負しません』


 ラジオからのアナウンスも、困惑した様子である。


「パスさん、あなたは何を考えて?」


「本気を出させろって言ってんの。でないと、ムロンを歩かせる……よっ」


 今度は、外角低めへ球が吸い込まれた。


「ボール」と、審判が言う。


『あっと、本当になにがあったのでしょう、パステーク選手。立て続けにツーボールです。打たせる気がありません。キャッチャーが立っていませんから、敬遠ではないようですが?』


「なめているのか。勇者パステーク!?」


 ムロンが、バットの先を地面に叩きつける。


「ふざけてなんか、いるもんか」


 返ってきたボールをキャッチして、勇者がつぶやく。


 それだけで、ムロンを黙らせた。


「シトロンがさあ、本気を出させてくれないんだ。キミだって、ボクと勝負したいよね?」


 今までパステークは、本気ではなかったというのか?


「ああ。お前とは、因縁があるからな。スリーズのエースの座を、私はお前に奪われた」


「じゃあさ、勝負しようよ。キミだって戦いたいんでしょ? 本気のボクと」


「望むところだ」


「だってさ、シトロン。そろそろ全力を出していいよ……ねぇ!」


 力んだ勇者の球が、内角高めに突き刺さる。当然、ボール扱いだ。


 普通なら避けるところだが、ムロンは逃げない。目さえ閉じず、自分の顔に迫ってきたボール球を睨みつけていた。 


 パステークが、「危険球だ」と審判から注意を受ける。


 帽子を傾けただけで、勇者パステークは詫びのポーズを取った。目つきは、まるで反省していない。


「どうなっても知りませんよ」


 シトロンが、とうとう折れた。


「そうこなくっちゃ。おおおおおおおお!」


 パステークが、グローブを外す。


 いよいよ、勇者がその実力を発揮する時が来たか。


「はあああ!」


 叫びとともに、パステークが腰を低く構えた。


 黒かったパステークの瞳が、金色へと光り輝く。縦に割れた瞳孔は、爬虫類のソレを思わせた。


「なんだ、あれは!?」


 思わずムロンも、バットを落としそうになっている。


 パステーク服が破れ、スポーティなインナー姿になった。帽子からは、二本の角が飛び出す。こめかみだけじゃない。背中からも、太い突起が生えてきている。


 全身に、龍のようなウロコが出てきた。


『ああっと、なんとパステーク選手が、モンスターに変身しました! パステーク選手の正体は、ドラゴンだったようです!』


 可愛らしい姿から、人間大のドラゴンへと姿が変わっていく。


「ドラゴンだと!?」


「ええ、あれはシードラゴン。パスさんは、シードラゴンの末裔なのです!」


 キャッチャーマスクを脱いで、シトロンが語る。


 勇者は、人間じゃなかったのか。

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