第8話 それぞれの特技と、監督の異能

「どうしてだ! 私はピッチャーにふさわしくないというのか!?」


 自前のグローブを手にムロンは、オランジェをキャッチャー側に座らせる。

「見ていろ! 私はペシェや勇者より優れている!」


 ムロンが、渾身のストレートを放つ。ペシェとは違う、豪速球が武器のようだ。


「うん。悪くない」


「カーブも見てみるか? なんなら、シンカーも投げられるぞ」


「いや、いい」


 オレが言うと、ムロンは青ざめた。


「私が優秀ではないからか?」


「いや。お前は優秀だよ。先発だけではなく、抑えの投手としても悪くない。だが、少なくともスリーズ戦では使わない」


 オランジェは、オレの話を聞きながらうなずいている。


 ペシェも、納得したようだ。


 だが、肝心の本人はわかっていない。


「どうしてだ!? 私はいつでもマウンドに立つ準備があるのに!」




「相手チームに対策されてるからだ」


 そこまで言って、ようやくムロンも押し黙る。


 ムロンは、相手側のピッチャーだった。チームメイトの球種など、肌でもわかっているだろう。手札を晒しながらトランプをするようなものだ。


「あと個人的には、お前は打者としてだけ使いたい」


「二刀流は気に食わないか?」


「選手生命を縮めたくないんだ」


 投手と打者の二刀流プレイヤーは、ケガとの戦いになる。せっかくプロ入りしたのに、ケガでシーズンまるまる不意にした選手だっているんだ。長期離脱も、視野に入れなければいけない。


「お前、プロでもやっていきたいだろ? どちらかに絞った方がいい。で、投手はペシェで行く。お前はどちらかというとバッター向きだ。あんな奇想天外な打ち方、初めて見たぜ」


「そうか。ならいいが」


 渋々だが、ムロンはわかってくれたようだ。


「それと、これはオレの考えなんだが、魔王の召喚するマントヒヒ、一塁手な。彼を、左外野に持っていきたい」


 話題が自分に移り、魔王がハッとなる。


「それが余の弱点とな?」


「あんたは、視野を広く取りすぎてる」


 ベンチを見ていたが、三塁と一塁を交互にせわしなく視線を動かしていた。


「どうして、あんな不器用なマネを?」


「内野のダイヤモンド状に、魔方陣を展開しているからぞ」


 普段使っている魔方陣を、魔王がオレに見せてくれる。地面に描かれた方陣は、たしかにひし形をしている。


「なるほど。ひし形に魔方陣を描いているから、内野に限定していたのか」


「余は野球にもさして詳しくないから、仕事ができぬ。せめてマネージャー以外の仕事をと思って、内野全体をカバーできればと」


 魔王だから、本人は司令塔のつもりなんだろう。


「そんなに肩ひじを張る必要はない」


 このチームでもっとも全体を把握する必要があるのは、現場のオランジェだ。


「左サイドは魔王、全部アンタに任せる。あんたは自分の仕事をしてくれ」


 外野に持っていけば視線は上下移動だけでいい。全体を見回す必要性はなくなり、負担は軽減されるはずだ。


「心得た。余の与えた異能に、間違いはなかったぞよ」


「異能?」


「選手の特技を見極める能力ぞ」


 たしかに。オレはここに来てから、選手の特技やコンディションなどがわかってきた気がする。それは妹のゲームに出てくるような【チート】とは言わないまでも、ある程度選手には有効に働いているようだ。


「では、わたくしがチェンジアップを得意というのは?」


 ペシェが、オレに聞いてきた。


「オレの異能が、言わせたのかもな」


「チェンジアップを投げられると確信した根拠は、あなたご自身にはございますの? それとも、カンですの?」


「確信は、ある。お前は器用なんじゃない。器用すぎるんだ。器用貧乏ってやつだ」


 初手のカーブを見て、この子は変な技術を覚えすぎていると考えた。


「絶対に打たれない球」を追求して、あの球は生まれたんだろう。


 そんな理不尽がいつまでも通用するほど、野球は甘くない。いつか対策される。オレが打ったように。


「だったらチェンジアップを教えて、その器用さを最大限活かす方向に決めた」


 ストレートで放たれるスローボールなんて、相手にすると厄介極まりない。それだけで、武器になる。


「見事な分析なり」


「それほどでもねえよ。あんたがくれた異能のおかげだ」


「その代わり、サインを出すと変な介錯をされてしまうというデメリットが」


「やっぱり!」


 なんか怪しいとは思っていたんだよな。


「脳に直接情報を行き渡らせるには、キツイ刺激が必要でな。それと、スキンシップは大事かと思ってのう」


「いくらなんでも過剰だっ! なんとかならないか?」


「どうにもならん。指示はちゃんと通っているので、ガマンせい」


「これじゃあオレ、嫌われてしまうんじゃないか?」


「そうでもなかろう。ほれ」


 他のメンバーを見ると、うっとりしている。


「我々の懸念材料は他にもあろう」


「チームメンバーの補充だよな。明日から、そっちに奔走する」

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