第4話 異世界で野球が普及した背景

 腹が減ったので、昼休みにする。


「うめえな!」


 異世界のメシなんてオレに合うかな、と思っていた。が、トンカツ膳を前にしてその不安は吹っ飛ぶ。これだけうまいなら、異世界でもやっていけそうである。


「イチゴーの口に合って、なによりだ。我が父の時代より、ニホンという異世界の文明を、片っ端から漁っていたからな」


 カレースプーンを指揮棒のように振って、魔王ラバは解説をした。ちなみに、彼女のカレーは甘口である。


「メンバーは、お前たちだけか?」


「そうなの。みんなやめてしまって」


 オランジェが悔しそうに、天ぷらうどんをすすった。


 他にも多数のメンバーが、魔王のチームに所属していたらしい。が、病没した監督に引っ張られてきただけなので、みんなやめてしまった。


 その亡くなった監督こそ、ラバの父親である先代魔王だとか。


「まあ一番の理由は、ペシェのワガママについていけないからだが」


「いくら魔王様といえども、聞き捨てなりませんわ!」


「事実を申したまでだろうが。お前のノックは変なところに飛ぶし、まともに守備ができなければ罵声を浴びせるし」


 刺身定食をホチホチつまんでいたペシェが、テーブルを叩いて立ち上がる。


「高い技術と意識を持たねば、優勝なんて夢の夢ですわ!」


「その高すぎる意識が、人を遠ざけると何度言えば」


 ヒートアップしそうになった二人を、「まあまあ」となだめた。


 ペシェは魔王相手でも、ひるまないんだな。度胸はあるようだ。 


「オレはよくわからんのだが、異世界ってもっと殺伐としているものだと思っていた。魔王が世界を支配するために暗躍するとか」


「そもそも野球は、そういった『戦争に代わる新しい闘争』として、大昔に編み出されたのだ」


 ラバがまた、スプーンを指揮棒のように振る。


「戦争なんて、もう古い。いたずらに人口を減らすこともあるまいて。これからは、スポーツで戦う時代なのだ」


 人々は剣の代わりにバットを振り、ダンジョンはドーム球場と化した。


 中でも人気なのが、女子野球だという。


 この世界に女子野球のある学園は全部で四校あり、年に一度の試合で争うという。


「四校だけって。ほんとに人気なのか?」


「見るのとやるのは、違うでな」


 観賞用スポーツの粋なのだろう。


 プレー人口は、多いかもしれない。が、試合となると高いポテンシャルを要求される。


 スーパープレイヤーが多すぎて、「見ているだけでいい」と周りからは思われているようだ。


「他のメンバーを紹介してくれるか?」


 食い終わったので、ノックの練習をしようと考えた。


 守備陣の動きを見なくては。


「待っておれ。いま喚び出すがゆえに」


「よびだす」と聞いたので、オレはてっきり放送でもかけてもらうのかと思っていた。


 しかし、紫の魔法陣がベースを包み込んだときに、ああ、ここは異世界なんだと思い知らされる。


 各ベースから煙が上がり、三匹のサルが現れた。


「はじまるザマスね」


 一塁手をマントヒヒが立つ。


「イクデガンス」


 二塁はチンパンが守る。


「フンガー」


 三塁手はゴリラだ。


 まともに始められるのか?


 とにかく、ノックの練習を始める。


「ペシェはオレに向かって、ストレートを投げてくれ」


「よろしくて?」


「でないと意味がない。軽くでいいから放ってこい」


「承知しましたわ」


 ストレートをペシェに投げてもらい、オレが打つ。


 召還獣による守備は、一応許可されているらしい。


「四校ウチ、龍ばかりを集めた『ドラゴニック大附属』は、自分の牙を抜いて土に撒いてスケルトンを召喚するぞ。そいつらに守備を任せるんだ」


「はあ」


 一、二塁間にゴロを打ち込みながら、オレは右から左に聞き流す。


 メンバー探しから、しないといけないのか。前途多難だな。


「もういっちょ。次は三塁……うお!?」


 突然飛んできたボールに、オレは対処しそこねそうになった。かろうじて打ち返したが、狙いは大きくハズレて内野フライに。


 それを受け止めたのは、銀髪の少女だった。人間なのに、エルフのペシェより背が高い。


 長身銀髪少女のユニフォームは、うちの野球部ではない。


「あなたは、夢龍ムロン御影ミカゲ!?」


「知っているのか、オランジェ?」


「この子よ! ペシェのストレートを打ったのは!」

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