第3話 魔球 ファイアーボール おカーブですわ!

「と言ってい――」


「受けて立つぜっ!」


「早っ!?」


 切り替えの速さに、魔王が唖然となった。


 ここは、オレのいた世界とは違うんだ。オレについての、情報はない。だったら、見せるけるしかないじゃないか!


 オレはバッターボックスに。金属バットを構えた。


「イチゴーさんでしたわね? 三球勝負ですわ。三球のウチ一度でもヒットを打てたらあなたの勝ちとします。チップやファールは、ノーカンですわ」


 ペシェがマウンドに立つ。サウスポーね。


「わかった」


「では、参ります」


 大きく振りかぶって、ペシェは足を上げた。


「この魔球ファイアーボール、打てるものなら……」


 ペシェが、オレに背を向ける。トルネード投法か。


「打ってごらんなさいまし!」


 第一球が飛んできた。


 カーブ? いや、落ちてきた瞬間、曲がったぞ。


「ストライク」


 オランジェが、ボールをキャッチした。あの重い球を、軽々と。さすが、ドワーフってところか。ゲーマーの妹の知識がなかったら、種族の強さなんてわかんなかったところだ。


「初球見逃しとは。口ほどにもありませんわね?」


 ペシェが、オランジェからボールをキャッチする。


「おーけーおーけー。いきなり勝負に来たか」


「怖気づきましたの?」


「いや。もういっぺん放ってこいよ。勝負してやる」


 S字カーブとは恐れ入ったが、オレの敵じゃない。だって、コイツの本当の武器は……。


「なめくさってやがりますわね? いいでしょう。おカーブで、予告スリーアウトですわ!」


 また、さっきのS字が飛んできた。ツーストライク。だが、球はわずかにバットをかすった。


 軌道がかなり変わったというのに、オランジェはちゃんとボールを掴んでいる。とんでもない体幹だな。ほとんど要塞って感じである。


「どうした? あたったが?」


「当たっただけですわ! 今度こそ討ち取って差し上げます! お覚悟、を!」


 力んだペシェが、三球目を放り投げた。今までとはまた違った、最高の絶好球だ。


 この球は、誰にも打たれないようにボールカウントギリギリのラインを攻めている。


 だったら、オレが迎えに行けばいい。

 こうやって!


 オレは、一歩踏み込んだ。バッターボックスのラインを超えて。


 敬遠球に近い球を、バットで迎えに行ったのである。


 完全なボール球にもかかわらず、オレは打ち返す。


「な!?」


 サードへ転がっていったボールを、ペシェはただ見送っていた。


「ど、どうして!? 誰にも打たれたことがありませんのに!」


「ずっと昔、同じような軌道の球を打ち返した選手がいたんだよ」


 今では「ビッグボス」と呼ばれている監督が、現役時代に見せたプレーだ。


「わたくしの負けですわ」


「いや。オレの負けだな」


「はあ!? あなたは、わたくしのおカーブをヒットに」


「ヒットなもんか。あれはボテボテのサードゴロだ。打ち取られたよ」


 腰に手を当てながら、オレは負けを確信する。


「魔王さん、悪いな。せっかく呼んでもらったのに」


 帰るためにカバンを手に取った。


「いいえ。あなたにはぜひ、ウチの監督になっていただきますわ」


 ペシェが、オレの手を掴む。


「いいのか? オレはお前さんに負けたんだぜ。別の監督の元でがんばれ」


「あなたがいいです。あんな発想、今まで見たことがありませんでしたわ!」


 まさか、ペシェから監督を懇願されるとは。えらい変わり様だ。


「だって、あなたはわたくしの弱点にお気づきでしょう?」


 わかっていたのか。


「ああ。お前さん、あの曲げ方は魔術かなんかかだろ? でないと、あんな常識はずれの曲がり方はしない」


 この世界で、その投げ方がフェアなのかはわからない。監督になるには、そういった常識を知る必要がある。


「ええ。わたくしのおカーブは、魔法で爆発を起こして球の軌道を無理やり変えるのですわ。その予測不能な投げ方で、これまで完璧にセーブをしてきました」


 キャッチャーのオランジェも、まったく気にしていない。つまり、この世界ではそんな投げ方は常識のようだ。


 一応、ルール的にはアリらしいな。


「それだけの爆発力があって、どうしてストレートを投げない?」


「え……」


「そもそもお前の強い肩は、ストレート向きだ」


 ストレートだけでも、ペシェは十分勝負できる。

 なのにカーブに執着しているから、持ち前の肩を活かせない。


「……ストレートは、打たれましたの」

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