第56話 ギルティーガール Petite Bitch

 ドルク邸を離れてからしばらく歩くと、早速大きな街が見えてきた。あれが大陸の東に位置するレイクダイヤという街だ。

 旅を始めてかなりの日を重ね、ようやく大陸の四分の一を踏破した。とりあえずは北の街に着いたらこの旅は一度打ち切って、オートラルスに戻りたいと考えている。あの街にも図書館や大聖堂など、心残りがあるからな、早めに解消しておきたいところだ。


「あれがドルクさんに教えてもらった街?」


「あぁ、どうやらあそこにもサウスドレシアみたいな深くまで続くダンジョンがあるんだと、イーストドレシアって言ってたかな」


 そう、あの街にも俺達に因縁のある場所であるサウスドレシアの兄弟ダンジョンがあるらしい。やはり、おそらく、ダンジョンがあることによって人が集まり、街は発展していくのだろう。

 俺は久しぶりに戦いに専念出来そうで少しワクワクしている。ルシアはまたもや温泉があるかでワクワクしているらしいが、俺にとってはそんなことはどうでもいい。


 早速街に入ると当たり前ではあるのだが、オートラルスとは少し違った光景に少し圧倒されていた。強いモンスターが多いからだろうか、円形に形成されているオートラルスとは違い、堅固に造られた壁に囲まれていて、ギザギザした多角形のような見た目をしている。

 で、その周りには草原が広がっていて、街を貫くように流れている川がある。


 少し気が遠くなりそうなくらいに離れているが、流石にこれくらいならショートカットしてもいいだろう。俺は屋根のついた停留所のような建物を見てそう考えた。

 川の近くなど、人がわざわざ外に出る必要がある場所には時々これが置いてある、共用のワープゾーンだ。かなり簡潔な造りのため、魔法を使えるメンバーがいなければ使えない。もう少し使いやすくしてくれたら嬉しいんだがな。


「よーし、ルシア頼んだぞ」


「了解だよっ」


 俺たちは魔法陣の上に乗ると、早速ルシアが詠唱を始めた。そしてしばらくすると周りの光景が変わり、街の入口へと瞬間移動していた。

 顔を見せるだけの検問を終えて、高い壁に囲まれた街の中に入る。勇者は大陸どこでも顔パスなのが楽だな。

 入った街は俺たちの街とは違い、大都会というか、建物の数が段違いだった。これだと街を一通り見るだけでも三日程かかりそうだ。


「よぉーっし。早速だがダンジョン探すぞー」


「その前に観光しない? せっかくこんなに遠くまで来たんだから」


観光? 秘湯でも探すつもりか? いやいや、そんなことしてる暇なんて無いだろう? 戦って力を磨くか、魔王軍の情報を得なくては。


「おいおい、俺たちはあの館で十分に休んだだろ?」


「うぅ、確かに・・・・・・」


「あの・・・・・・。お取り込みの途中、すみません・・・・・・」


「なんだ? 俺に用か?」


 俺たちがこれからの動きについて話していると、急に子供に話しかけられた。

 黒髪で、いかにも大人しそうだ。服には詳しくないが、着物みたいで、割烹着みたいというか、そんな服を着ている。


「あの、私・・・・・・。とてもお金に困ってて・・・・・・。勇者様、何か恵んでくれませんか・・・・・・?」


 いきなりの申し出だった。俺はすぐさま気持ちを切り替える。

 そうか、かなり栄えた街のように見えたが、どこにでも貧困層はいるものなんだな・・・・・・。


「も、もちろんよ! そんなにあげられるものもないけど・・・・・・。」


 そう言うと、ルシアが鞄の中を探る。

 巨人と戦った時に色々散らかしたせいで、まともに残っていたのはお金しかなかった。


「ちょっと、食べ物とかはないけど、これで美味しいもの食べてね!」


 そう言って所持金の半分近くを渡してしまった。

 正直、それはないだろと言いたい所だが、なんとなく、止める気にならなかった。


「こんなに沢山・・・・・・。ありがとうございます! この御恩は一生忘れませんっ!」


 そう言って、そそくさとどこかへ行ってしまった。


「なんだか、いいことしたね、私たち」


「ま、たまにはいいだろ。そんなことより、これからどうするかをだな・・・・・・」


 別行動をとってもいいのだが、スレイがいない分効率が落ちる。


「まあいい、じゃあ別行動だ。俺なりに探しておくから何かあったら連絡魔石で呼んでくれ」


 俺は連絡魔石をスレイから一つだけ預かっていた。と言っても、これはどれとも繋いでいないため、全く役に立たないただの石だ。

 だが、ドルクに貰ったこの機械を使えば、一方的に話すことしか出来ないにしろ、無いよりかは幾分かマシだ。


「分かった、じゃあまた後で」


 そう言うと、ルシアは早速スキップで街を周りに行った。俺は反対側を歩いてダンジョンについての情報収集を始める。


 しかし、ここで躓いた。


「完ッ全に迷った・・・・・・」


 どこだよこの裏道・・・・・・。

 路頭に迷っていると、偶然にもさっきの少女が少し遠くに見えた。

 ちょうど良い、さっきの恩返しに道案内でもしてもらうか。

 そう思っていると、会話が聞こえてきた。


「はっはっはー! あの人たちチョロすっぎぃ〜!」


「・・・・・・」


「やっぱり勇者サマサマだよね〜。知らないふりして近づいたらこーんなに貰っちゃった〜!」


「・・・・・・」


「これでしばらくは余裕を持って暮らしていけるかな〜! でも待って……。もう一回行ってみようかな!? 追い剥ぎに取られたっていったら、あのお人好しさんたち、騙されちゃうんじゃないかなっ!!」


「・・・・・・」


「よぉ〜っし! 決〜めった! 搾りとれるだけ搾っちゃえ! はっはっは〜!」


「・・・・・・」


 俺は無言のまま、そーっと側に寄った。


「お嬢さん、独り言は他人に聞かれない方が良いですよ」


「誰? おっさんにはきょーみ、な・・・・・・」


 俺の顔を認識した途端、表情が固まった。どうやら俺がさっきの勇者だと理解したようだ。


「お久しぶりですね〜」


「あ・・・・・・。あの、私、魔物に取り憑かれて変なことを言わされて・・・・・・」


「んな都合の良い魔物がいるかァッッ!!!」


「バ、バレたら仕方ない……」


 そう言うと、その清楚な服を脱ぎ捨て、なんというか、露出の多い服装になった。今どき創作に出てくるサキュバスくらいでしかこんな格好は見たことがない。実在することに感嘆するほどだ。


「ほら、ほら〜。周りには誰もいないよ〜? ほら、ほら〜」


 と、おそらく誘惑してるのであろう振り付けと台詞を見せてきた。


「俺にそんな趣味はない」


「・・・・・・・・・・・・」


 体をうねらせながら、またもや表情を固めた。なんとかして逃げる方法を考えているのだろうが、思いつかないようだ。


「女性経験がまぁ〜ったくないようなお兄さんに言われても響かないなぁ〜」


「このガキ・・・・・・」


 さっきから俺を煽るような口調で腹が立つ、俺を勇者だと知っておいてなんだその態度は・・・・・・。


「全く怖くないよぉ〜」


 キャッキャッ。


「よし、今すぐ保護者を探し出して、送り返してやる」


「お兄さんみたいなざこざこには捕まるわけないからっ〜」


「勇者舐めんじゃねえぞ!」


 そう言って左腕でがっしり捕まえる。当然足や腕をバタバタさせて暴れるが、ぎっちりと捕まえて離さない。なんだか昆虫を捕まえているような感覚だ。


「セクハラおやじ! へんたい! 腐れ外道! 離せ〜っ!」


 何を言われても離してやんねえぞ。


「ちょっ! ちょっと待ってって・・・・・・! その前に、ちゃんとした服着させて!」


 確かに、普通の服はさっき脱ぎ捨てたばかりだ。このままでいられると、本当に俺が変態だと思われかねん。

 腕の力を緩める。


 ぴゅ〜〜。


 バカッ! 俺! クソッ! あの野郎! あっという間に逃げられちまった!


「コラッ! 逃げるなァッッ!」


「お兄さんみたいなぁ、く〜っさい足じゃ、私には追いつけないよ〜っ」


 相変わらず俺を挑発するような言葉を吐くが、その言葉通り全く追いつくことが出来ず、完璧に見失ってしまった。


「クソ・・・・・・」


「あっ、レイズここにいたの?」


 反対側を歩いたハズだが、再びルシアと出くわした。よほど俺は迷子になっていたらしい。


「クソ〜ッッ! 絶対・・・・・・絶対に許さねぇぞぉぉぉ〜〜!!!」


「レ、レイズ・・・・・・。もしかして、魔王軍がいたの? そして市民を襲った……とか」


「あんのクソガキッッ! 今度見つけたら吊し上げてやるッッ!!」


「ちょっ、ちょっと何言ってんの!」


 俺は復讐を決意した。

 絶対、負けるものかッ!


 しかし、その再開は一瞬で果たされることになった。


「あ、さっきの女の子」


「キリハ、さっき裏道の暗影でその鬼のお兄さんに襲われたの〜。うえーん!」


 そう言ってルシアに泣きつく。


「レイズッッ!!」


「お、おいっ・・・・・・! 誤解だ! てか、このガキ、俺たちが最初に会ったときとキャラが違うだろ!!」


 ルシアが俺に怒号を飛ばす、だが怒りの対象は俺じゃないだろ!

 俺は急いでアイツの顔を指を指す。初対面の時とは明らかに雰囲気が違うぞと、ルシアに伝えようとする。


「そんなことないよね?」


「うんうん・・・・・・」


 コクリコクリと頷く。なんと憎らしい顔か・・・・・・。


「可愛いキリハを泣かせた鬼のお兄さんは・・・・・・」


 と、途端にガキがなにやら話しだした。

 な、なんなんだ・・・・・・?


「はいっぎるてぃ〜! ぱっこーん!」


 その瞬間、とんでもない衝撃が俺を襲った。

 理解が追いつく。俺は猛烈な蹴りを受けたのだった。

 その勢いのままに、信じられない力で吹っ飛ぶ。


「うわぁぁぁ〜〜〜〜・・・・・・」


──・・・・・・・・・・・・。


─・・・・・・。


「レイズって、ホンット最低・・・・・・」


「私、穢されちゃったよぉ」


「ごめんね、本当にごめんね・・・・・・。レイズがまた来るまでお姉ちゃんがお詫びにしばらく面倒見てあげるからね」


「チョロッ・・・・・・」


「え?」


「ううん、なんでもないですぅ・・・・・・。まずはお腹いっぱいお菓子が食べたい・・・・・・」


「わ、分かった! 今すぐ買いに行こうね!」


─・・・・・・。


──・・・・・・・・・・・・。


「あらあら・・・・・・」


「おい、起きろ」


 こ、ここは?


「まだ一日も経っていないのに、また会えるとは思いませんでした」


「そうか、俺、あのガキに蹴られて」


 目の前にはドルクとエステル。

 俺は池に落ちたらしく、ビシャビシャになっていた。そして、木の下でメイド何人かに介抱してもらっているようだ。

 って! ここまで飛ばされた・・・・・・。ってことかよ!?


 滅茶苦茶だろっ・・・・・・!


「まあ気にするな、今夜も泊まっていくといい、何があったか聞かせてもらおう」


 それから、またもや俺が使っていたゲストルームに戻ってきた。まさか本当にすぐ戻ってくることになるとは・・・・・・。


「また帰ってきてくれたね、まあ、予想通りだけど」


 また隣の部屋からの声。


「俺はいつからここの住民になったんだ」


「ま、今日は趣向を凝らして、朝が来るまでしりとりでも・・・・・・」


 俺はお前の友達かっ!


・・・・・・。


「くっ・・・・・・」


「どうしたんだい?」


「やってられるかぁ〜!!」


「と、突然どうした?」


「あのガキ! ここで少し作戦を練って、叩き潰してルシアを返してもらうからなッッ! 覚悟してろ!!」


「何があったか知らないけど、詳しく教えてよ〜」


「ああ話してやる! 今日俺が出会った最悪なやつの話だ!」

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