第55話 俺の意志、遺されたモノ One's Mind

 あれから二日程経った。俺は何故かドルクと話すだけでなく、実験の手伝いも任されるようになった。


「まずはその液体に・・・・・・。その後は・・・・・・。」


 俺もかなり手慣れたもので、大体の指示はざっくりとした説明でも理解出来た。だが、それでも『集中モード』の時には立ち入らせてくれない。

 俺は白衣を着たまま、小屋の外に出る。池の側に設置されたテーブルと椅子に腰掛けると、すぐさまメイドが紅茶を淹れてくれる。


「ありがとな」


「今日は趣向を変えてアールグレイを淹れてみたんだけれど、どうかしら」


 アールグレイか、まずは香りを楽しもう・・・・・・。

 うむ、とても爽やかだ。草原にいるような錯覚さえ覚えるほどに。

 そして、紅茶を口に入れる。舌の上で転がすように味わう。やはり、香りは期待を裏切らない。想像通りの味だ。最初に淹れてもらった時は甘すぎて気に入らなかったが、今ではこうして俺好みに淹れられるようになったらしい。甘すぎず、芳ばしい香りが頭の中を溶かしていくような、そんな紅茶。


「完璧に俺好みの紅茶だ、詳しくは知らないがアップルティー辺りのフルーティーさを感じるぞ」


「ふふっ、紅茶の世界を楽しんでもらえているようで良かったわ」


 それだけ言うと席を外すメイド。彼女の名前はソーシェ、この館の調理担当だ、二日前にエントランスで出会ってから、何かと話す機会が増えた。

 そしてドルクの小屋の前の少し高いテーブルに弁当を置いてから館に入った。少し意外な昼食の準備だが、昼は研究に熱中するためにも、あれが一番都合がいいらしい。


「ふっ」


 俺は、美しい光景というものが常に側にある、そんな生活がこの手にあることにとても満足していた。

 謎の隣人が毎日俺に話しかけてくるのは少し面倒だが、その話だって別に嫌いな訳では無い。少し哲学のような話を毎日しているが、自分を見つめ直す機会としても、とてもいい経験だと思っている。


「今日も、風が綺麗だな」


────・・・・・・。


「って! こんなことやってる場合じゃねぇーーっっ!!」


 俺は急に我に返り、バッと白衣を脱ぎ捨てる。いけないいけない、危うくこの生活が板につく所だった。まるで洗脳みたいだ。

 原因はと言えば、あのごちそうだッ! 上等なものばかり食べていたせいで気分まで優雅になっていた。別に良いことなのだが、俺たちは例外だ、使命がある!

 実験の手伝いを投げ出すのは悪い気がするが、俺はそれ以上にこの大陸を救う必要があるんだ!

 そして俺は走り出した。


「間に合ってくれっ!」


 俺が目指したのはとあるメイドの部屋。急いでそのドアをノックする。


「はい、なんでしょうか」


 すっかり変わり果ててしまったが、メイドの格好が似合っているこの美女はルシアだ。すっかり化粧なんて覚えやがって、素のままのルシアはどこへ行ったやら。たった二日でこの有り様、これ以上いたら勇者なんて続行不可だ。


「目を覚ませー!」


 俺はルシアの両肩を掴んで揺すぶる。ルシアはそれでもメイドの構え(両手を丹田のあたりに揃えるポーズ)を崩さない。


「おやめ〜ください〜レイズ様〜!」


 ダメだ、全く効果がない。なら!

 俺は次に、メイドの頭についたホワイトブリム(ヒラヒラしたカチューシャ)を外した。


「わっ、何するのよレイズ!」


 おっ! もとに戻った!

 まさか、このカチューシャ洗脳装置じゃないだろうな・・・・・・。俺はカチューシャを手に持ち、曲げたり、色んな面から見てみる。

 と言っても、俺たちをここに留まらせる理由もない、完全に俺たちがここの雰囲気に飲まれていただけだ。


「メイドは衣装から入りますからね」


 後ろの方から声がした、エステルだ。なるほど、衣装も相まってメイドになれるのか、なら、衣装を着崩せばいつものルシアに戻るんだな。

 俺は何も考えずにメイド服を外そうとして、胸のボタンに手をかけた。


「あっ・・・・・・。こ、コラァ! 変態───ッ!」


 俺は当然の如く思いっきり殴られて壁に叩きつけられた。


「ルシアが元に戻ったぞーっ!」


「レイズの方がどうかしてるよっ!」


 ルシアの言う通りだ。

 さて、そんなことより、俺はドルクと話すべき事も話し尽くしたし、いくつかのヒントを得た。なら既に、ここに長居する必要も無い。


「エステル、俺たちはそろそろこの館を出て旅の続きを始めることにした」


「了解致しました。それではお見送りの準備を致しますので、今しばらくお待ち下さい」


 流石よくできたメイドだ。俺たちを引き止めることもせず、とてもスムーズに準備を進めてくれた。

 その後、俺たちがエントランスで待っていると、ドルクが小屋から歩いてきた。どうやら実験も終わったらしい。


「間に合って良かった、これを受け取れ」


 ん、何だこれは。

 俺は手渡された装置のようなものをまじまじと見つめる。と、これは・・・・・・。


「これさえあれば連絡魔石の発する信号を傍聴出来る。お前の仲間のスレイとギーチェを探す時に役立つだろう」


「そ、そんな事が出来るのかよっ!」


「ああ、連絡魔石。魔石というが、結局は声の振動を電気に変換して・・・・・・」


 それから講義のようなものが始まった。しかし、メイドたちは既に準備を終わらせて待ちぼうけしている。俺は話を止めようと出発の旨を伝えた。


「じゃ、そろそろ行くぞ」


「この三日間、ホントにお世話になりました!」


「おい、私の講義をだな・・・・・・」


「この道具を貰ったのは本当に助かる。だが、講義が長すぎるぞ、話が終わるまでに魔王軍の侵略が終わっちまうんじゃないか?」


 かなり親密になった俺達の関係。これくらいの皮肉も微笑で返してくれた。


「この三日間とても楽しかったです、本当にありがとうございました! ルシア様、レイズ様!」


 エステルが俺たちに向かってそう言った、ルシアはそれを聞いた途端に、私も楽しかったと言って、エステルの元に行ってハグをする。

 俺としては、実験の方に周っていたため、イマイチ楽しいことをした覚えは無いのだが、まあ何かしらあったんだろう。今度ルシアに聞いてみよう。


 待てよ、そういえば・・・・・・。

 この中に俺の隣人はいるのだろうか。


「ドルク、そういえばだ、俺の隣の部屋にいたのは誰なんだ?」


「それは、本人の希望でまだ伏せて置くことにする」


 本人の希望? そこまで俺に正体を見せたくないのか? 別にいいんだが、不思議な話だな。

 それより、別れの挨拶も無しに帰るのが少し名残惜しかった。何故か夜にしか話しかけてこないアイツは、今行ったところで話すことは叶わない。


「まあ落ち込むな、またすぐに会えると言っていた。そういうことなら、そういうことなんだろう」


 またすぐに会える?

 そういえば最初に話した時もそうだった。俺がまるでここに長居することが前提のような話を含め、何か、未来が見えているかのような・・・・・・。


「それじゃあ、ありがとうございました! また来ますね!」


「それでは、行ってらっしゃいませ勇者様」


 メイド総出で俺たちにお辞儀をする。相変わらずのVIP気分に少し心が浮かれそうになる。

 だが、ここからはしっかり気を張っていかなければ・・・・・・。魔王軍が動き出したという話もちょうどさっきルシアから聞いた所だ。なんでもっと早く言わなかったんだという愚痴はこの際ナシにしよう、俺は手を振り返して館の門を抜け、外に出た。


 しかし・・・・・・。なんだろう、今回の出来事、なにか不完全燃焼な感じがする。

 そもそもここに来たのは軽い気分転換程度の意志だった。だが、実際に来てみるといくつかの心のわだかまりが出来てしまった。

 ドルクとエステルどの関係。隣の部屋の人間。ドルクの研究。

 俺はその性格上、何かを中途半端にしていくのが嫌いだ。だが、今回ばかりは急ぐ必要がある。まずは魔王軍の動きを見なくてはならないからだ。


 だから、ここにはまた来ることになるだろう。人のプライベートに首を突っ込むのは少し気が引けるか? 答えは否だ。何故か俺はこの謎を解くことに、何か重要な意味があるという確信を持っていた。

 だから、隣人の言っていた通り、またここに来る。その時こそゆっくりと話をしようじゃないか、それまでしばらくの別れだ。


「じゃあな、みんな」


 俺は一言だけつぶやくと、次なる街に向かって歩き出していた。

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