第54話 実験中 Noble Science
昨日俺に話しかけてきた謎の声……。
朝になって一番最初に、俺は隣の部屋のドアノブをひねってみた。
だが、開かない。戸締まりしていると考えるのが普通だが、なんだか俺の直感が何かを予感させている。
「ま、いいか」
こんな所で構ってる場合じゃないな、少し外に出て日にでも当たるとするか。
それにしても、あのドルクとエステルの関係……。
ドルクが研究小屋に写真を飾っていたのが気になる。ただのメイドだと思っているならあんなものを飾る必要なんかないよな……。
やっぱり、本当は少し、エステルの事を意識しているんじゃないか? 写真について話した時は、若干ながら焦っているようにも見えた。
ピリッ……。
少し頭に痛みが走る。
なんだか最近よくこの感覚を感じるんだが、まあ気にするほどのことでもない。
と、なると。ドルクは心に密かな想いを秘めて……。それでも、メイドと主という禁じられた関係には、どうすることもできず……。自分を偽り、幼時からの感情を抑え、あくまでも主従関係を保ち、常に高圧的な態度をとっている。しかし! 本当に伝えたいのはッ……!
流石に飛躍した考えではあるが、それでも気になる……。
くくく……。
と、前を見るとルシアがこちらに歩いてくる。
「ふふふ……」
少し猫背になって、顔には気持ちの悪い笑みが浮かんでいる。
「おいルシア、に笑ってんだ、気持ち悪いぞ」
「それあんたが言う?」
急に正気を戻したかのように、少しキツめの言い方でそう言った。よくよく考えると、俺自身も他から見るとニタニタ笑っていたのかもしれない。
「ところで、今からどこにいくの?」
「俺は少し体を動かしに行く、お前は?」
「特になんでもない。少し散歩に?」
なんだか歯切れが悪い言い方だ。
「そうか、それじゃ俺は行くぞ」
「勝手に行ってどうぞ」
わざわざ言うことでも無かった。
それにしても、やはり豪邸というものはどこを見ても小綺麗で、俺には不相応というか、居心地が悪いな。
廊下は学校より少し長いくらいか? 赤く、細かな刺繍が施された絨毯がどこまでも続いていく。
ピリッ。
そして、所々花瓶に花が生けてある。館全体を毎日見るわけでもないのに、枯らさずに綺麗な状態を保つのは大変な作業だよな。
はぁ、やっぱり居心地が悪いな。クラクラするぜ。
さっさと館を出ることにする。
来たときの道を戻り、玄関にたどり着く。
「あらら、お客様。エントランスへはどういったご要件で?」
一人のメイドと出くわした。
「少し外の風に当たろうと思っただけだ」
「左様でございますか。本日の朝食がもうすぐ準備出来ますから、気が済んだら食堂へいらしてくださいね」
ほうほう、朝食か、いい響きだ。
「ここの料理は美味いよな、さぞかし腕利きのシェフがいるんだろうよ」
「あらまぁ、おだてるのが上手なことで。私が調理担当と知っての発言なの?」
なるほど、この人があのご馳走を作ったと言うわけか。
「いや、それは初耳だ。だから……。分かるだろ? おだててるんじゃなく、本心で言ってる。ここの料理は……。最高だぜ」
少しキザっぽい笑顔を意識してウインクしてみた。
おそらく彼女には、俺の白く輝く歯が夜空に浮かぶシリウスのように見えていることだろう。
「ふふふ、調子に乗ってるのがまるわかりですよ」
彼女が見せた微笑みは期待した照れ隠しというより、愚かな人間を見たときの侮蔑するようなものだ。
ぐぬぬ……。
笑顔の練習をしなくては……。いや、言葉選びからか?
「それでは、後ほど、朝食をお楽しみくださいませ」
「あ、はい」
「くすくす……」
最後まで締まらなかった。
気分を変えて、ドアの前に立ってみる。
その大きく豪華な扉が、重々しい空気を辺りに漂よわせているような錯覚を起こす。
自分から開けるのが逆に憚れるようだ。
勇気を持ってドアを押すと、緑と青に溢れた景色が広がっていた。
池の脇に立つ木が目に入る。
あんな所で昼寝したらさぞかし気持ちの良いことだろうな。
おそらくここに住む人間なら、部屋が一番落ち着くんだろうが、俺にはこういうところの方が似合っている。
と、木の根元をよく見ると変なぬいぐるみが既にVIP席を占領していた。
なんでこんなところに置いてあるんだ? この館には子供でも住んでいるのだろうか。
と、その疑問を抱いていると、小屋の方から物音がしたのが聞こえた。
ドルクがいるのか? 少しあのぬいぐるみが気になるから聞いてみようか。
俺は扉を開けて中に入ろうとする。
「入ってくるなッッ!!」
「うわっ!」
急に怒鳴り声が上がる。
「今は完璧に集中出来ている! 邪魔されると困るんだよ!!」
急いで後退りする。
ふ、ふぅ……。
まさか冷静沈着な雰囲気だったドルクが、あんな怒鳴り声をあげるとは……。
なんだか、小屋の近くにいることが居た堪れなくなった俺は、館の中に戻った。
「あ、ちょうど良かった、朝ごはん出来たって」
と、またもやルシアに出くわした。
「分かった、行くか」
にしても、相変わらずというか。
「「この館、変わってるなぁ〜」」
と、俺が口に出したのと同時にルシアもそう言った。
俺とルシアの目が合う。
「ははは」
「くっ、ははは!」
なぜだか、お互いに笑いが込み上げてきた。
…………。
……。
俺たち、疲れてるんだろうか……。
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