第53話 親愛なる隣人 Multi Error

ふう、晩飯もご馳走してもらったが、少し悪い気すらしてくるな。


晩飯の内容は正に豪華絢爛、野生のモンスターを食べてたような俺たちからすると本当に食べていいものなのかと気後れしてしまう。


ま、富裕層からすれば、あんな豪華な食事も普段と何ら変わらない日常の一部なんだろうな。


勇者という称号よりも、こんな生活の方が欲しかったかもな……。といっても、勇者の称号だって、たったの一つもいいことなんてない。ただ、国民に慕ってもらえるだけ、それだけだ。


というか、他の人達となんら変わらない俺たちが魔王退治に繰り出されるのは、少しおかしいんじゃないか? もっと力を持ったヤツに任せておいたほうが断然いいだろ。


そんな愚痴がすぐに出てきてしまう。俺じゃ到底ヒーローにはなれないな。


「へっ」


自分への侮蔑の気持ちを込めたその微笑は、自分でも気持ち悪いと思うほどだった。


そして、俺が今いる寝室の壁を軽く小突く。少しスッとした。


「おい、僕が何かしたか?」


声が聞こえた。


「なんでもねぇ、音が少し響いたくらいで気を悪くするな」


「それが部屋を借りるやつの態度かよ」


全く持ってそのとおりだ。


今の俺は少しブルーになってるかもしれない。


「君からは僕と同じ匂いがする……」


「同じ匂い? 勝手に一緒にしないでくれよ」


この壁はどれだけ薄いんだ、普通に会話が出来るぞ……。


「君は……。この世に不満を持ってるんじゃないか? もしくは、疑念、そんなものを」


「一体何が言いたいんだ? というか、お前は誰なんだ。男の声だ、住み込みのメイドってわけでもないだろ。それに、友達や家族というのも考え難い」


「僕の正体に関しては、この際置いておこう。僕はただ、同類を見つけて嬉しいだけだよ」


「さっきから、壁の向こうのお前は、何が言いたいのか全く分からない、悩みがあるなら聞いてやっても構わないぜ?」


「悩み、か。確かにそうだ、僕には悩みがあって、それを共有する同類が欲しいと思っている。よく見抜いたね、自分自身でも気づいていなかったよ」


変なやつだ、まぁ、お悩み相談も人生のレベル上げと変わらない。少しくらい、ためにはなるんじゃないだろうか。


「僕の悩み、は、普通が分からないことだよ」


普通。


「普通ってなんだろうね」


「強いて言えば、普通っていうのは、世界で採った多数決みたいなものだな」


「そうか、やっぱり君は話がよく分かる人だ」


さっきから、何かと俺を褒めてくる。不思議と嬉しくはない、それどころか気持ち悪ささえ感じる。


「じゃあ、その普通が、普通だって気づくのはいつだと思う? もちろん、生まれつき分かってるものじゃないってのは承知だよ?」


「それは、周りの環境を見て、だな。大人になるにつれ、だんだんと普通を知り、普通になっていく、そうでなければ仲間と生きていけないからな。まあ、そんなところだろ」


「周りの環境を見れなかったとしたら?」


「そりゃ、普通なんて理解出来ない」


「そう、その通り。それが僕だったんだよ」


普通を理解出来ない、か。


生き物は全て、長い進化の過程で有利に働いた事から常識、つまり普通を見つけ出す。生まれた子は、生きている先代から徐々に普通を学んでいって、それをさらに次の子孫へ学ばせる。


しかし、その普通を理解出来ないエラーが起こったとすれば、そのエラーは、普通が蔓延した世界では生きていけないのかもしれない。


「今日はここまでにしよう」


「今日はって……。俺はここに長居するつもりはないぜ?」


「君は、いや、君たちはきっと、この館で一つの目標を見つける。それは僕もほんの少しながら望んでいることだから、達成するまで、僕のお隣さんを許可してやるよ。短い間だけど、よろしくね」


何を言ってるか全く分からない。


「それじゃ、さっさと寝るんだね」


「ああ、そうさせてもらう」


……。


少し考えて、ベッドに横になり、そのまま眠ってしまった。

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