第12話 「たのしいえんそく」 Emotional Sister


 朝だ・・・・・・。

 今日から俺たちは旅に出るんだよな。

 窓から指す陽光がほのかに暖かく、とても心地良い。なんだか、これから始まる旅が素晴らしいものになる事を予感させるのうな、そんな朝の光。

 今日はなぜか、いつにも増してセンチメンタルな気分だ。


「よしっ」


 気合を入れるように自分の顔をピシャリと叩いた。さっと立ち上がろうと、布団を上げた時、それに気づいた。


「むにゃぁ〜」


──・・・・・・。


・・・・・・。


「すーーっ」


大きく息を吸って・・・・・・。


「起きろぉーーっっ!!!」


「はうあっ! ちょ、ちょっと驚かせないでよぉ、お兄ちゃん・・・・・・」


 俺の朝の挨拶で飛び跳ねて目を覚ます。それは見知らぬ少女。俺を兄だと言い張る少女。

 夢だと思いたかったのに、これは現実か。俺は自分の頬をつねってみる。だが、そんなことしなくても、夢と現実の違いくらいつく。これは現実だ。


「リーダー、どうした? 大声出して」


「なに? 気合いでも入れてた、の・・・・・・」


 二人が部屋に入ってくる、見知った顔が見れてとても安心した。どうやらこの場のイレギュラーは"コイツ"だけらしい。

 だが、安心した俺とは対象的に、二人はベッドに視線を固定したまま、硬直している。

 あぁ、そうなんだよ。この変なガキが俺のことをお兄ちゃんなんて呼ぶんだよ、助けてくれよ。

 だが、二人はどちらかというと俺の方を見ている。俺は全く変わってないはずなのに、俺のことを見る必要なんかないはずなのに。


「ぎゃあぁぁぁ!!! レイズ! ついにやっちゃったのッッ!!??」


「あ?」


 どういうことだ? やはり、このガキのことより、俺の方を見て驚いている。顔に何かついてるか?

 顔を拭いてみるが、やはり何も・・・・・・。


「惚けたって無駄無駄ッ! 不潔よ不潔ッッ!! 口が悪くても! 性格が悪くても! 悪いことはしない人だと思ってたのに!!」


 ────・・・・・・・・・・・・。


 しばしの沈黙がながれる。そして、俺もほんのりと今がどういった状況なのかを理解する。

 固まる三人。俺と二人を反復するように見ていた自称妹は、俺の顔を見て再びにっこりと微笑む。

 二人から見た俺たちは、まさに、その、アレだ。


「リーダー」


「なんだよ」


 スレイが哀れんだ目でこちらを見る。慈しみの気持ち、悲しみの気持ち、色んな感情が混ざっていても尚、特徴的な目は糸目のまま変わらない。

 だが次の瞬間、目をほんの少し開いて俺の肩をたたき、こう言った。


「自首しよう」


「ちげーーよッ!! 勘違いすんなッッ!!」


「どうしたのお兄ちゃん? 喧嘩はよくないよ・・・・・・?」


 急に口を開く、今この状態で何を言っても状況は悪化するばかりだ、何も聞かず喋らず、さっさとお家に帰って貰いたいものだが、そうはいかないのだろう。

 俺は天井を見上げていた。思えばこの世に生を受けたのがつい先週のように感じるほど、短い人生だった。

 これからは、牢屋で冷や飯を食うことになるんだ。シスコンレイズって不名誉な勲章も付けられるだろう。そんなことを考えていると、涙が止まらなくなってくる。


「お兄ちゃんってのは・・・・・・。えと、レイズの、趣味?」


「シスコンだったのか・・・・・・」


「う、うぅ、いい加減にしろぉっ!!!」


 と、さっきまでの謎の妄想が俺の情緒を滅茶苦茶にして、泣くような言い方になってしまった。

 落ち着けレイズ、事情を説明するんだ・・・・・・。例えそれが信じられなかったとしても、俺は最後まで、真実で戦うんだ。


 と、茶番はさておき、ここまでの流れを説明した。

 この少女が部屋に忍び込んでいたこと。

 そして、俺をお兄ちゃんだと言い張ること・・・・・・。

頑張って絞り出しても、これしか情報がない。なんせ昨日は疲れからかすぐに寝てしまったし、あんまり記憶に残っていない。

 記憶にないところで・・・・・・。なんてことないだろうな!?


「いやいや、もうちょっとマシな嘘つきなよ」


「いや、本当だって言ってるだろ」


 やはり情報が少なすぎる。ここはコイツに証人になってもらう他ない。

 話を聞いていたコイツはある程度状況は把握していたようだ。恐らくまともに話せる程度にはしっかり教育されている。親もちゃんといるはずなんだが、家を離れて一晩外泊なんて、大丈夫なのだろうか。


「じゃあ、説明してみろ」


「うんっ! えとね、お兄ちゃんが家を出ていっちゃってから、お母さんに部屋にいなさいって言われたの。だけど、こっそり抜け出しててね。で、よーやくお兄ちゃんを見つけて、部屋でずっと待ってたんだよ」


 俺自身も知らない情報が舞い込んできた。コイツは所謂家出少女だ。いるかも分からない兄を探し求めここまで来たと言うことだ。


「リーダーが子供にここまで凝った仕込みが出来るとは」


 あぁ、イライラする、信じないにも信じなすぎだ、そろそろしつこくなってきたぞ。


「なんてな、状況は把握した」


「うん、まあ、そうなんだろうね、多分」


「おお! ようやくか! さすが5年来の仲間なだけあるな!」


 ルシアの言い方が気になるが、細かいことは言ってられない。


「じゃ、とりあえず送り返すか。家はどこだ?」


「えー! お兄ちゃん自分のおうちも忘れちゃったのーー?」


 あ、そうだった、俺はあくまでこの子のお兄ちゃんを演じなくてはならない・・・・・・のか?

 すると、ルシアが俺に耳打ちする。


「話、合わせてあげて、その方が喋りやすいと思うし」


「あぁ、分かってる」


 えっと、こういう時はまず何を言えばいいんだ? とりあえず俺がコイツのお兄ちゃんだということを言って・・・・・・。

 それから、さっき言ってた家について、話を合わせればいいんだな。


「そうなんだよ、お兄ちゃん自分のおうち忘れてちゃってさ」


「「クスクスクス」」


 スレイとルシアが笑っているのが見える。不本意だ。俺はこんなにも上手くやっているというのに。


「えーー! お兄ちゃんったら忘れんぼさんだーー!」


 子供らしい反応を見せる。まるで子守をしているようだ。いや、確かに子守をしているんだが。

 そして、言語レベルをかなり低めに合わせる。


「そうなんだよ、お兄ちゃん、忘れんぼさんだ!」


「レイズったら、何やってんのよ、ぷぷっ!」


「リーダーは、あれでも、クスクス、真面目にやってるんだろう、あれでも真面目に・・・・・・! ハハハ!」


 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ。屈辱だ。これ以上の辱めを俺は受けたことがない。なんで真面目にやってる俺が笑いものにされるんだ。

 さらに目の輝きが増すコイツは見ていて安心感も感じるが、それよりも・・・・・・。なんなんだ、この怒りと喜びのダブルパンチは、喜びが湧いてくるのが不思議でならない程に、俺は腸が煮えくり返っていた。


「でも、私のことは覚えてるよね? 昨日一人っ子とか、お前は誰だ、とか。言ってたけど」


 頼むっ! 早く本題に入らせてくれ! これ以上続けると、俺はお前をぶん殴ってしまうっ!

 まるで魔物に乗っ取られたかのような俺の本能はこれ以上抑えきれない・・・・・・。


「あ、あぁ! 勿論さ!」


「ふーん」


 怪訝な表情で俺の顔をまじまじと見つめる。そもそも名前すら知らないのに、覚えているというのは純度100%の嘘だが、まさか見破られるか?

 正直見破られた方が話としては手っ取り早い。だが、それは普通の状況での話だ。相手が子供な以上、無駄に混乱させてもろくな事にならないだろう。


「良かったー!」


 よしっ! なんとか騙せた! ここだけ切り抜くと悪者の言いそうな言葉だが、これはあくまで俺の正義の心が作用して出た想いだ。

 さっさと家に連れ返さなくては。近所だと良いのだが。


「でも、わたし、お兄ちゃんが心配だから、すぐには帰らないよ」


 えー。困るー。


「旅に行くって言ってたよね! ちょっとだけ付いていっていい!?」


 旅に連れて行く、か。勝手に人様の娘を連れ歩いたりなんかしたらそれこそ捕まると思うが。しかし、それ以外にコイツを納得させる方法が・・・・・・。


「いいんじゃあ、ないかなレイズくん!」


 スレイ、後で半殺しにする。

 と、心の奥底から湧き上がる怒りの気持ちを押し込めて、冷静になる。


「おい、大丈夫かよ、こんなの連れて戦って、確実に足手纏いだぞ」


 俺は二人と肩を組んで、聞かれないように小声で話す。足手纏いというのは少し婉曲表現かもしれない。それより、一応子供のアイツを連れて行って、怪我させたり、それこそ命を落とす可能性だってあるわけで・・・・・・。

 と、俺に何故か庇護欲が芽生えていたことに自分で気づいて疑問に思った。今までこんな事を考えたのは初めてだ。

 自分を慕ってくれる存在だからかもしれない。だが、それ以上に何か、本当に兄弟としての何か・・・・・・。俺のどす黒い沼の奥底の澄んだ何かが、ふとした衝撃で表面に出てきた、そんな感じの何か。


「大丈夫大丈夫、この辺じゃあまり強いモンスターも出ないし、ちょっとついてくるだけで満足するでしょ」


「同意見だ」


 どうやら二人は賛成らしい。

 まあ、ルシアの言うとおり、この辺じゃレベルの高いモンスターも出ないし、最終的に物事を解決するには一番だろう。

 本当は近くの役所なんかに連れて行けば万事解決なのかもしれない。だが、そうした所で、俺に会いたいという気持ちは消化されないだろう。


「じゃあ! お姉さん達が旅に連れて行ってあげよう!」


 俺が沈黙していると、許可を出してもいないのに突然切り出した。だがまあ、そうする以外にないだろう。おそらくは。


「お兄ちゃーん! 一緒だーー!」


 声をかけたルシアには目もくれず、何故か俺の方に駆け寄ってきた。そして勢いよく俺に抱きつく。

 別に俺は構わないんだが、好意を蔑ろにされたルシアはどう思うか・・・・・・。


「チッ」


 ルシアが舌打ちした!?

 まさか、可愛くねぇガキだ、なんて思っているのだろうか。流石に俺程に、悪いような考えは無いのかもしれない。だが、こんな分かりやすい態度を示すのは初めて見たかもしれない。

 普段なら俺の立場なんだが、まあ、たまにはいいだろう。


「よし、準備は大体出来てるな」


 スレイが自分の手荷物を再び確認する。


「俺はいつでも行けるぞ」


「うんっ! OK!」


「はいはーい! 私、もっ!」


 ズリズリ・・・・・・。

 自分の体の大きさに見合わないものを部屋の片隅から引っ張り出してきた。どうやら家を出る際に自分用のバッグを持ってきていたようだ・・・・・・。侮れない。


「よしじゃあ張り切って参りましょう!」


 自分で掛け声してなんだが、俺という俺が崩れていく気がする。だがほんのちょっとの辛抱だ。今回のプチ事件としっかり向き合わないとな。


「「「おおーーーー!!!!!!!!」」」


 もっと、クールでかっこいい、ハードボイルドな旅にしたかったんだがなぁ。

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