第2話 「ケインの追放」 Be Free 〜first avant〜


「ケイン、お前をこのパーティーから追放することにした」


 俺はその日の朝、勇者専用の宿でケインに追放を言い渡した。


「なに? 聞いてないぞリーダー」


「え・・・・・・? いきなり何言ってるの?」


「ほう」


「これから俺たち、ブレイブソウルズはお前を抜いた三人で活動することにする。いつも後ろで立っているだけのお前は足手纏いなんだよ」


 そう、ケインはいつもクエストに参加こそするものの、戦うわけでもなく、補助するわけでもなく。

 ただ、後ろで突っ立っているだけ。ようするに足手まといだ。


「お前がいない分、今よりもスピーディーなクエストクリアが可能になり、少数精鋭でパーティーも洗練される」


「──え、えっと・・・・・・」


 ルシアも言い淀んでいる。なんの仕事もしないようなヤツに、フォローのしようなんてない。


「否定はしないんだな」


「ケイン、お前は動揺していないように見える。なぜだ? 5年間共に戦った仲間からの追放告知、なにも思わないのか?」


 スレイがそう言った。日頃から無感情なヤツだとは思っていたが、まるで分かっていたかのような反応で、俺のほうが驚いている。


「まあ、な。正直、俺もこのパーティーを抜けて、新しいパーティーを作りたいと思っていた所だ」


「二人とも、とりあえずよく考えるんだ」


そして、話を遮らせまいと付け加える。


「ケイン、忘れたのか? 勇者と認定された俺たちは勇者同士でしかパーティーを組むことが出来ない」


「相変わらず頭が固いな。他にも方法はある」


 コイツの喋り方は相変わらず角があり、腹が立つ。だが、その方法は俺にも分かっていた。


「なに?」


「俺は、勇者の称号を捨てる」


 自分から言い出したのには驚いた。

 元々俺たちとは合わないと感じていて、それで全く動かなかったのだろうか、だとしたらいい迷惑だった。


「冗談だよね? 勇者の称号を捨てるということは魔王を倒すという職務を放棄すること・・・・・・。すなわち、それはこの国の敵となるって事だよ?」


「勿論、分かっているさ」


「ならどうして!?」


「俺は、そうだな、疲れたんだ」


「レイズも・・・・・・。レイズも! 四人でやってたこのパーティーから追放なんて、酷いよ!」


「何言ってんだ、そいつが疲れたって言ってんだ、それに、抜けたいって自分から言ってるじゃねぇか。たまたま利害が一致しただけだが、無理やり戦わせるのはどうなんだよ」


「確かに、そうだけど、せめてもう少し考えて・・・・・・」


「はぁ、俺はもう行く」


「え? ちょっと待って!」


ガタンッ!


 勢いよくドアを閉め、去っていった。


「ちょっと追いかけてくる!」


「待て」


「なんでよ!」


 なんでだ? そんなの言うまでもないし、ルシア自身も分かってるはずだ。

 だが、やはり受け入れ難い真実だろう。ここは丁寧に接する必要がある。俺は言葉を選んで答えた。


「──自分で言ってるんだ。アイツの意見を尊重しろ」


 ここだけ切り取れば、美談のように聞こえるが、結局は俺の解雇通知で全ては決まっていた。


「元はと言えば! レイズが追放とか言うから!」


「だから、利害の一致ってことだ」


「うぅ」


 こんなことで不毛な口論を続けている暇はない。俺はやるべきことをやる必要があると考えていた。


「ほら、お前らアイツがいなくなったんだ、早速クエストに行ってみようぜ。人数が減った分、スピーディーに進むだろうよ」


「とてもそんな気にはなれないよ・・・・・・」


「いや、行ってみよう」


「強くなった俺たちなら楽勝だ、そう言いたいの?」


 先程から言葉の一つ一つに棘があるように感じる。やはり、普段ほわほわしているルシアも流石に今回の一件には物言いたいらしい。


「ケインがいなくなった今、戦い方も変わるはずだ、早いうちに慣れていないと緊急クエストがきた時に、対処できない、そういうことだろ? リーダー」


 流石スレイだ、俺の考えていない所まで考えている。

 それに比べて、ケインは・・・・・・昔から無口で何考えてるのか分かんねえし。

 いつも何やってんだ? と聞いてみたことがあった。だが、「俺は俺なりにやってるつもりだ」とのことで、まさにやってないやつの言い訳だ。

 勇者としての活動が始まってからの5年間を共に過ごしたのは、今考えるとよくやってきた方だと思う。


「ほら、何葬式みてぇな雰囲気になってんだ、新しいパーティーの門出だぞ!」


 そう、ここは過去のパーティーの葬式じゃない、新しいパーティーの誕生日会だ。もっと明るくパーッとするべきだ。


「そうだな、行くか」


「う・・・・・・うん・・・・・・」


 そうして、俺たちが訪れたここは地下迷宮、サウスドレシア。

 どこまでも下へ広がっていて、最下層へ行ったパーティーはいないと言われている。

 その中で、一番深く潜っているのは俺たちブレイブソウルズだ。94階、それでも階段は続いていた。

 肩慣らしの運動で通っていただけのはずが、いつのまにか伝説として語り継がれるレベルの偉業を成し遂げていたのだから驚きだな。


「さてと、今回は腕鳴らしだ、とりあえず60階程度で引き上げるぞ」


 俺たちはダンジョンに、足を踏み入れた。

 階段を降りた先には長い廊下のようなダンジョンが広がっている。あまり入り組んでいない、シンプルな造りだ。

 スライムしかいない。

 こんなヤツら、倒したところで大した経験値にもならねえし、アイテムも落とさない。俺は剣で軽く突いた。


ムニッ。


 ん?


プチュ。


 潰れた。


 なんだろうか・・・・・・? 違和感を感じる。


「そうだ、ダッシュで20階まで行くってのはどう? どうせこの辺りに強い魔物はいないでしょ?」


「そうだな」


 俺たちは走った。

 だが・・・・・・。


──ハァハァハァ・・・・・・。


「なんだよ、ハァ、もう息切れか・・・・・・? まだ5階だぞ」


「それはギャグで言ってるのか」


「やっぱり、歩いて行こう・・・・・・」


 ちなみに、地下へはどこまでも続いているが、深く潜るにつれてレベルは徐々に上がっていく。

 つまり、上の階層は大したことないということだ。ビギナーのパーティーが潜るには適した場所で、5階までは沢山のパーティーが同時に潜入している。

 本当は早く深部まで行きたかったんだがな。


「そうだな、戦いは出来ても、ダッシュなんてしないからな、また今度走り込みだ」


「さて、6階からは他のパーティーもあまりこない場所だ、ここからは敵も少し倒して体動かしとけ」


「おう」


 そしてまた階段を降りる。まだまだ地上に近い階層だが、少しずつ雰囲気が変わり始めていく。

 ゴブリンが複数体いる。

 ここは一気に畳み掛けるに限るな、弱い魔物は攻撃を受ける心配もせずに気持ちよく倒せる。


「よし、攻撃力を上げろ! 言わずもがな防御力はそのままでいい!」


 本当はこんなやつら相手、補助魔法なんか必要ないが、補助魔法にもコツがあるらしく、いい塩梅を知るという意味でも、補助の指示をした。


「了解!」


「スレイは待機! 俺一人でやる!」


「はいよ」


 さて、早速肩慣らしだ。

 別に無視しても構わない相手だが、少しでも嫌な気分を振り払うためには、体を動かすこと以上に良いものはないぞ。戦闘、あれは、良いものだ。


「喰らいな」


 剣を振り下ろす。ゴブリンの体は両断される。

 両断した面は案外シンプルな造りになっている。内蔵などが無い、一体どんな生活様式なのだろうか。

 そして、生じてくる興味。人間を切ったら、どんな断面になるんだろうか。一瞬よぎったその光景をすぐさま振り払う。自分が恐ろしくなる。


「ほらよ! こっちも!」


 苗木を切るかのように次々と斬ってゆく、その感触は魔物を倒すというより、作業の一つと変わらない。

 目の前に見えたモノをひたすら斬る、斬る。その作業はやはり、人間としての道徳心みたいなものが少しずつ削れていくようなことにも思える。

 しかし、実際は気持ちの良いものだ、ファンタジーに消えてくれるからな。倒したゴブリンは粒子となり、アイテムを残し消えた。


「この辺の雑魚アイテムはバッグを圧迫するだけだ、拾わないでいい。そうだな、10階まではそのままにしておけ」


「今日の魔法も絶好調だな、程よい出来だった」


「その、実は」


 なにか含みのある言い方だ。なにかあったのだろうか。いや、確実になにかある。

 俺は軽く疑問を呈する。


「ん?」


「あ、いや、なんでもない。どんどん行こうか」


 なんでもないというなら、まあそういうことにしておこう。ダンジョンの位置はまだ浅い、特に困ることもないだろう。


「そうだな」


 そこで、道の脇に何かを見つけた。それは魔法陣のようなものだった。

 床に描かれた光る文字や、文様が少し地面から浮き、ゆらゆら蠢きながら円を描いて回転している。


「あぁ、これは転移魔法陣だな、前来た時には無かったような気がするが」


 流石博識のスレイ。すぐさまその正体を暴く。だが、転移魔法陣は置いておいて、前に来た時は無かったという部分が気になる。


「罠という可能性は」


「ちょっと待てよ」


 スレイは何かを取り出した。なるほど、魔石か、スレイの得意分野の一つだ。なにかと博識なスレイはその器用さでパーティーを影で支えている。


「コレを乗せて・・・・・・」


「あ、それ、道標の魔石だっけ、えっと、2個セットで、片方をどこかにおけば片方で場所が分かる、みたいな道具だっけ?」


「あぁ、その通りだ」


 要するに、この魔石を魔法陣に乗せて、その魔石がどのような反応を起こすかで、ある程度転移先を予想するということだ。

 本来は迷子にならないように使うものだが、流石だ。


「頭が回るな、置いてみろ」


 石は消えた、どこへ移動したのだろうか。下か、それとも上か。下ならショートカットに繋がるかもしれない。


「どこだ?」


 スレイがみつめている魔石が、ほんの少し光った気がした。

 魔石に詳しくない俺には全くなんのことだかさっぱりだ。


「真下、だな。」


 そう言ってみせると、それでもまだ観測を続けている。こんな光の反応で一体何が分かるんだろうか。相変わらず、その道のプロというものに尊敬してしまう。


「なるほど、手っ取り早く下の階に移動できるって訳か?」


「移動してから反応が変わらない。落とし穴でも、モンスターがうじゃうじゃいるような場所でもなさそうだ。大丈夫だろう」


 よし、ならここは俺が先陣を切るべきだな。少しの勇気と共に、魔法陣に乗った。すると、さっきまでの景色が徐々に変わり始める。


「じゃあ俺が先に行く、お前らも続け」


 やがて、ぼんやりしていた景色が一つに重なる。どうやら無事にショートカット出来たようだ。

 よく潜るダンジョンだからな、何階かはすぐに分かった。

 続いてルシアとスレイが魔法陣から出てきた。


「ここは30階みたいだ、大分ショートカットになったな」


「肩慣らしで飛ばしきちゃったらダメじゃない?」


「まあ細かいことはいいだろ

ほら、階段もすぐそこだ、さっさと行くぞ」

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