第6話 信乃さん、いよいよあかちゃんを取り上げるらしい

――――パシャン!!




エライザの陣痛のピークに、唸りながら言う。


「あ、なんか、うう、水、っ出たら、痛いの強く……っ、ふーーっ、うううー! 」


「ん、破水したねえ。時間は―――時計もないし、記録はいいのか。」


信乃はすばやくエライザの汚れたスカートと下着をとり、タオルで肌を隠す。

今いる世界と、信乃のいた世界の季節が同じかは分からないが、暖炉で暖かな部屋でも肌を出すには少し寒いようだ。

さらにこの世界はサンたちの様子を見ても、羞恥心が強いように感じられる。女子しかいないとはいえ、不用意に肌は出さないほうがよいだろうと判断した。




「破水するとさらにあかちゃんの頭が下がって、痛みが強くなることもあるのよ。羊水の色は大丈夫ね。あかちゃんが苦しいとお腹のなかで胎便がでるから、緑から茶色っぽい羊水になるの。混濁した羊水を吸い込んだあかちゃんは、産まれたあと具合が悪くなることがあるからね。」


ココとサンに羊水の色を説明する。ふたりは神妙に頷いていた。


「とりあえず、破水後は感染しないように滅菌手袋になります。……あと、お尻のしたにも滅菌シーツ………あ、またポケットに入ってる。どういう仕組みなんだろうねえ。」


信乃はポケットから滅菌シーツを2枚取り出し、ひとつはエライザの腰の下に敷いた。もうひとつは手の届くところに広げて、さらにポケットからあれこれ出した。

ディスポエプロン、サイズ6の滅菌手袋、滅菌ガーゼ、袋に入ったクーパー、臍クリップ、口で吸うタイプのディスポ吸引器など。


「私の取り出せるのは、このくらいが限界みたいね。」


信乃はそういってポケットを叩いた。もうポケットはふくらまなかった。


エプロンを装着した信乃は、取り出したものすべて使いやすいように袋を開けて、中身に触らないように広げた滅菌シーツに乗せた。そして滅菌手袋を装着したあと、使いやすいようにそれらを並べた。


「そうさしたら、サンさんはあかちゃんの様子が分かる魔法を掛けてね。ココさんはエライザさんの足を支えてくれるかな。」


エライザは右側臥位で丸まっている。ココは右側に寄り添うように座り、左膝を持ち上げた。

サンはエライザの左側に座り、魔法を維持しながらカンテラを引き寄せて信乃が見やすいようにした。




微かな光源であったが、とうとうあかちゃんの頭が見えるようになり、陣痛ともに見えたり消えたりしていた。しばらくすると陣痛の合間でも、ふさふさとした頭髪が隠れなくなってきた。




「陣痛の発作がきていきむと後頭部が見えて、発作がやむとひっこんで見えなくなる状態を、排臨というの。さらにお産が進んで、胎児の後頭部は発作の合間にもひっこまなくなった状態を発露というのよ。だから今は発露になったって言うのよ。」


ココとサンへの、信乃の授業は続いていた。すでに陣痛間隔は信乃の言う"1~2分間隔"となっており、エライザは絶え間なく痛がっていた。額からは汗が流れ、痛みに眉間にも力が入っている。タオルを持たせているが、ずいぶん力強く握りしめている。陣痛のないときは手を開かせ、少しでも力を抜かせるようにしている。

そんなエライザの様子は、誰の目にも分娩はすぐそこまで来ているように映っている。




「エライザさん、あかちゃんの頭が見えてきたから、無理にいきまなくていいからねえ。ロウソクを吹き消すようなイメージで「ふー」とゆっくり息を吐いてね。はい、ふーっ、ふーっ。リラックスすると、産道が緩んで、あかちゃんが自然に降りてくるよー。ふーっ。ふーっ。」


陣痛の最中でも、あかちゃんの心拍が変わらず拍動しているのを確認する。今のところは順調である。

心拍が下がるなら急追分娩をしなくてはならないが、それはしなくて済みそうだ。信乃は、医者のいない状況で出来るだけそう言った事態が起きないことを祈った。

さらにサンの魔法は、あかちゃんの回旋がうまく行っているのまで見せてくれる。陣痛とともにぐいぐいと降りてきている。信乃は"魔法"に不思議な気持ちになりながら、エライザに声をかけていた。




「そうそう、エライザさん、上手に出来てるねえ。」


「ふーーっ、うううーー! だめ、いきんじゃいますううーー! 」


「いきみたいなら、いいのよー。背中丸めて、お臍見て。お通じするみたいにちからを入れていいのよー。お通じといきむ方向はおんなじだからね。」


「ふううーん!! うううーー! うううーーん! 」




分娩は佳境である。


エライザのいきみとともに、信乃の目の前ににょきにょきっとあかちゃんの頭が飛び出てきた。

おでこ、眉間、ぎゅっと閉ざされた瞳、それから鼻筋が見えてきたところで信乃の手に持つ滅菌ガーゼであかちゃんの顔が一拭きされた。

もうひといきみして一文字に閉じられた口が見えて、そして一気に顔が現れた。

もう一度顔を拭くと、エライザに似た愛らしい顔が現れた。睫毛が長く、鼻筋が通っている。

信乃は小柄な身体を、エライザの左足の下に折り畳むようにいれて両手であかちゃんを支える。

その視線の先が暗くならないように、ココはエライザの左膝を上げて支え、サンは魔法はそのままにカンテラの位置を動かした。

ココとサンは一言も言葉を発することなく、信乃の様子を見ていた。


「頭が出てきたからね。エライザさん、はっはっはって、息してね。手は胸のところに持っていって……――、はい、はっはっはっ! 」


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ………―――」




あかちゃんは信乃の介助で、エライザのお腹側にお辞儀をするようにゆっくりと出てきた。まだ青白い顔をしている。

その時に肩に掛かっていたへその緒を外して、あかちゃんの両脇に手を入れるとぬるり、と一気に身体全部が外に出た。






「オギャア………!! 」

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