第7話 信乃さんはココの回復魔法に感動したらしい

「オギャア……!!」






産声と共にあかちゃんの顔色も赤みがさしていく。

信乃は念のために、ディスポの吸引器であかちゃんの口のなかを吸引する。

嫌がるように、さらにあかちゃんは顔をしかめて泣き声を大きくする。

へその緒はあかちゃんのおへその近くをクリップで止め、その外側をクーパーでジョキリ、ジョキリと切って行く。ゼラチン質で太いへその緒は健康そうだが、とても切りにくい。

どの時点でへその緒を切るかは様々な議論があるが、現代日本では多血症と黄疸の予防のために早めのほうがよいというのがスタンダードだ。

へその緒がなくなり動きやすくなったあかちゃんをタオルで身体を拭きながら、お辞儀するように屈曲させて伸ばしたり、手足の動きを確認する。あかちゃんはモロー反射でバタバタしている。


まだサンの魔法は掛かったままで、胸のあたりに心拍が見えておりパクパクと規則的な心音が確認できている。アプガースコアは良さそうだ。

信乃は元気なのを十分に確認して、エライザの顔の近くにあかちゃんを寄せた。




「エライザさん、おめでとう。元気な女の子よ。」


「あ、あ、私のあかちゃん………。ありがとう、ごさいます〜……! 」


抱き寄せたあかちゃんに、エライザの瞳は潤んでいた。信乃は綺麗なガーゼをもう一枚だして、涙を拭き取ってあげる。


「さあ、抱っこして。カンガルーケアよ。」


「え、産湯やないんですか? たくさんお湯沸かしたンやけど。」


「沐浴は今日はしないわよ。まだ低体温が怖いからね。低体温になると身体の糖分を使って体温を上げようとするから、低血糖になって脳にダメージが起きることがあるからねえ。ここにはインファントウォーマもないから、保温はskin to skinよ。エライザさんの胸を開けて、そこにあかちゃんを抱っこするわよ。しっかりあかちゃんを抱きしめてね。あと、念のためだけど、まだ魔法は切らないでほしいわ。」


「了解。お風呂は明日、魔法継続やねー。」


「これはよい魔法ね。あかちゃんの具合が外から見えるのは安心だもの。病院なら酸素飽和度モニターを着けるところだけど、ここにはないからねえ。」


「じゃあ沐浴なしってことは、胎脂はそのままにしておくの……? 」


「そのままのほうが肌に良いっていう話もあるからね。まあタオルであらかた取ってあるけども。ほら、あかちゃんがお口をパクパクとしてるわね。そのままでもおっぱいまで移動するって言うけど、すごい欲しそうね。ココさん、少しだけあかちゃんの位置を直して、吸いやすくしてあげましょうか。」


エライザは右側を向いていたため、ココが介助して右胸にあかちゃんの口を近づけると勢いよく吸い付き始めた。


「あ、すごい、吸ってる……! こんなに力が強いんですね。」


「エライザさんがスムーズに産んだから、あかちゃんは授乳出来るだけの体力が残っていたのね。正真正銘元気一杯のあかちゃんねえ。」


エライザを褒めてから、ココとサンのほうに向き直って解説をする。


ここから後産である。


「乳頭の刺激で脳下垂体からオキシトシンってホルモンが出るんだけど、これが子宮復古に役立つのよ。子宮の収縮を促すんだけど―――エライザさん、お腹を押すわよ。」


授乳を続けさせながら、エライザの臍の下あたりのお腹を押す。ココとサンの手を引っ張って、丸い固めのところを触らせる。


「ここが子宮底よ。固くコリコリしてるのが分かるでしょう。固さは硬式テニスボール………この例えだとわからないか。まあとにかく柔らかいと出血が多くなって、今後の育児も貧血で辛くなるもの。最悪、大量出血でショック状態になることもあるから、子宮底の観察は重要よ。こうやって、円を描くように子宮底をマッサージしてみて。」


ココとサンに子宮底を輪状マッサージさせながら、へその緒をゆっくりと引っ張ると、どぅるんと言う感じで、両手サイズのレバーのような物が排出される。


「胎盤……! こんなにすんなりとでるんや。」


「胎盤は無理に引っ張っちゃ駄目よ。陣痛と一緒で、子宮を収縮させて出してあげるのよ。」


「すごい、出血もずいぶん少ないですね。」


「そうね。子宮の戻りもいいし、出血も多くなくて、順調で安心だわ。でもこの後少なくとも二時間―――こっちだと一刻かな、そのくらいは最低でも子宮底と出血、全身状態を観察しなきゃならないわよ。」






胎盤を片付けて清潔なガーゼで会陰の出血を拭き取ると、信乃は傷口を確認する。


「さて、会陰のキズだけど……。さすがに初産婦だからキズなしノーリスって訳にはいかなかったのよね。ココさん、これも腰に何か巻いて、回復魔法すればいいのかしら? 」


「いえ、これなら―――あの、その手袋お借りできますか? たぶん患部に触れながらなら回復魔法で治せるハズです。」


信乃はポケットから背の高いココに合わせて6半サイズの滅菌手袋を出した。清潔操作で手袋を装着する方法を説明すると、なんなくココは手袋を装着した。


「サン、光を寄越して。カンテラもう少し上から―――」


「これで見えるか? 」


「ありがとう。右脇に向けての傷で合ってますか? これですよね。」


「そう、その2センチくらいの小さな傷よ。」


ココは信乃に傷口を確認し、指先に魔力を込める。

レベルが低い回復魔法術師のため、冒険者時代は骨折や大きな傷は治すことは出来ずにパーティーメンバーに迷惑をかけてばかりでルーキーのうちに引退することにした。だけど、手のひらで納まるくらいの傷なら全く分からなくなるくらい上手に治す自信があった。

ココは歌うように回復魔法の呪文を唱える。緑色の光を放つ指先で傷口をゆっくりと撫でて、ココはスムーズに会陰の傷を治したのだった。




「すごい………! 傷がみるみるなくなった……! 跡形もないよ! ココさんの魔法はすごいね! 」


信乃の明るい声に、ココとサンは首を降る。


「直接患部に触れるってのは、回復魔法として原則なのに……。今までそこは触らないものと思い込んで、そのせいで長く依頼人を治せずにいたなんて………。」


「うちも……、うちらのやり方じゃ、こんなにスムーズに行かんかった。全然出来てなかったわ……。」


「今分かったならそれでいいじゃない。これからの妊婦さんたちに生かせばいいわよ。私も助産師を長くしてたけど、新人の頃と最近じゃあ常識が、全く変わっちゃったものね。日々勉強して、アップデートしていくものよ。」


「信乃さん………。」


「エライザさんも元気だし、あかちゃんも無事に産まれたんだからそれでいいじゃない。ね、おめでとう。」

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