第5話 信乃さんはフリースタイル分娩をしたことないらしい
「さて、ほぼ子宮口10センチ………全開大になったわねえ。」
信乃はぱちんとディスポグローブを外す。
ここまで、ココとサンは信乃に内診の仕方を教わった。実際に内診してはいないが、指一本で1.5センチ、二本で3センチ、それ以上は指の開き方でおおよその子宮口の開大を知ることが出来ること。
それだけでなく、お産が進むにつれ子宮口の位置が後ろから前のほうに出てくること、頚管も柔らかくなってなること、あかちゃんの頭の位置も下がってくることを教えて貰う。いわゆるビショップスコアによる評価だ。
信乃の長い助産師歴の中には学生の指導を行っていた時期もあるらしく、好奇心旺盛なふたりについついあれこれ教えてしまったのだ。
他にも腰のさすり方、呼吸法―――いろんな流派があるらしく、信乃はソフロロジーと呼んでいたが―――あまり息むと産道が浮腫むだとかいうので、ギリギリまで力まず息を吐き、力を逃すような呼吸をエライザと共に行った。初産婦らしいゆっくりな分娩進行を三人で交代交代エライザに付き添うことで、やっときた全開大。あかちゃんに逢うまであと少し。
「問題は……ずっと病院勤務だったから、分娩台でしか介助の経験がないんだよね。フリースタイル分娩、できるかねえ……。ここでは生むとき、どうやってあかちゃんをキャッチしてるの? 」
「どうやって、って……タオル持って追いかけて、でてきたら股の間でキャッチしてたけど……。逆に、信乃はそのブンブンダイってのでどうやって生ませてたの? 」
「ブンブン……分娩台ね。分娩台ってのは医療者が分娩を介助しやすいベッドのことだね。両太ももを乗せるところがあって、足がこう開いてて。脇に手を捕まるところがあって、引っ張ってお股を突きだすというか。」
M字開脚の信乃のジェスチャーに、ドン引くココとサン。
「だ、だいぶ……大股開きね。」
「えぇ……。丸出しやん……。」
「丸出しじゃないと、処置が難しいときあるからね。ちなみにその丸出しのところに、無影灯っていうライトが当たって明るいんだわ。」
「「うわぁ………。」」
「だって、切開入れたら縫わなきゃでしょうよ。光ないと縫えないから……。え? もしかして切れても縫わないの? それとも前例切らないですむ魔法とかあるの?」
「ここでは、お産が終わったら足をしっかり閉じて、腰に包帯をしっかり巻いてからやな、ココの回復魔法かうちの祈祷を2~3日掛けるんや。傷がくっつくまで。」
「たいてい2〜3日で傷もくっつくいて、動けるようになるわ。魔法なしだと20日くらい、寝たきりになるの。」
「なるほど……。魔法って便利というか、そうでもないというか。縫ったら二時間後には歩けるから医学のほうが便利なのかねえ。」
「えー、丸出しになるより、動けないほうがましやん。」
「ふふふ。でも丸出しは、切ったり縫ったりだけが目的じゃないからね。いかに母児が安全に産めるかってのが目的だから。なかなか産まれなくて胎児心拍が下がるときはお腹を圧迫する分娩方法………クリステレルや、吸引器具や鉗子をあかちゃんの頭に掛けて引っ張る分娩方法をとることもあるし。
母体側の緊急事態―――子癇発作や産後の弛緩出血、子宮復古不全で処置するときも速やかに行えるように、だからねえ。フリースタイル分娩してる施設でも、緊急時は分娩台に乗せて処置はするものよ。助産院だって何かあればすぐに提携病院に搬送するし。
そりゃ自然が一番とは思うけれど、自然にやってた1950年に出産10万例あたり170以上あった妊産婦死亡率が、2020年に3以下まで低下してるのは、いざというときにすぐに医療介入できるようにしてるからだと思うからね。申し訳ないけど羞恥心より命大事に、よ。」
「丸出しは結構大切なんや。丸出しだけど……。」
「サンも信乃さんも丸出しって言い過ぎ……。信乃さんのところも自然が一番って言う人がいるのね。こっちでも回復魔法やポーションは不自然だ、自然にくっつくのを待つって言って、熱を出しちゃう人とかいるのよ。そうすると強い魔法かけなきゃならなくなるし、最悪死にかけて教会に運ばれたりするから出来るだけそういう主義主張の依頼は引き受けないようにしてるの。」
「自然とか手を加えないってのは、悪いことじゃないんだけどねえ。安全の範囲内ならね―――ん、痛くなってきた? 」
「は、はい、痛く、痛くなってきました……っ! ふーっ、ふーっ、ふーっ……」
また陣痛が来て、信乃たちはエライザの腰をさする。
いきむな、といってもいきみたくなるほど痛みが強くなっているようだ。
「とはいえ、ここには分娩台も無影灯も、薬品も輸血もないし、産婦人科医も居ないからね。こちらの流儀でやるしかないわね。」
「じゃあ、このまま―――横向きで産む感じになるんですか? 」
「エライザさんが楽なら、そうなるわね。」
今、エライザは床に敷いたふかふかのカーペットに横になっていた。背中を丸め右をしたにした側臥位の姿勢だ。内診のときは仰臥位に膝を立ててもらっていたが、背中を丸めた横向きの姿勢が楽だと言う。
無影灯の代わりにはならないが、ランタンが足元に2つ置いてある。あとは暖炉の火が光源としてあるだけだ。
心もとない光では会陰は見えにくいが、リラックス出来そうな雰囲気である。
「エライザさん、いきみたいかんじならがんばってみようか。波に合わせてゆっくり息を吐き、少しいきむよ。息を止めずにいきむんだよ。」
「ふーーーっ、んーーっ、ふーーーっ、うんーーっ…………。はぁ、はぁ、はぁ。」
「目は開けていてね、閉じないほうが落ち着いていられるからね。おへそのあたりを覗き込むように見てごらん。背中を丸めてね。そう、そう、しっかり吐いて、深く吸って、息を整えるの。息を吸いすぎないでね、手がしびれてきちゃうわよー。」
「今までにパニックになって、手がしびれたって依頼人が結構いたけど―――」
「そうね、出産のときにもよくあるわよ。それだけ大きなストレスだものね。過呼吸って私たちは言ってるけど。過呼吸で手足がしびれてまたパニックになって、ってお産が進まなくなったりするよねえ。」
信乃は介助をしながら、小声でココに答える。
「対処としてはとにかく息を吐かせること。大きく息を吸う深呼吸ではなく、吸った息を10秒程度かけてゆっくり吐き出す呼吸法を促してみることねえ。可能であれば、数秒程度、軽く息を止めてみることも有効な手段だと思うわ。」
「あー、落ち着かせようと、深呼吸させてたわ。」
「落ち着かせようとするのは間違ってないのよ。まずは慌てずに、優しく声を掛けることが大切だから、今までのココさんの対応は良かったのよ。」
ココの少し照れたような顔が、少ない光源のなかに浮かび信乃は微笑んだ。サンも今まで同じ対応をしていたのか、ココと同じ表情をしていた。
「陣痛も過呼吸も『ゆっくりと息を吐く』ことに集中して、息を吐いた後は自然に空気が入ってくるのを待てばいいのよ。それから全身の力を抜いてリラックスすることね。」
エライザはゆっくり息を吐いて、リラックスしているように見えた。
それは、ココとサンがあまり見たことがないくらいに、あまりに穏やかな分娩であった。
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