第4話 信乃さんはサンの外回転魔法を絶賛しているらしい

「「回旋異常??」」




ココとサンのハモった声に、信乃はゆっくり頷く。




「そうね、回旋異常だと思うわ。お産の際に赤ちゃんが何らかの原因でうまく回ることができていない状態のことね。


あかちゃんはお産中、顎を引きながら背中を丸め、お母さんの骨盤の形に合わせて頭の角度や向きを変え徐々に骨盤内を下降していくんだけど、子宮口全開大までは頚部屈曲と言って産道を横向きのまま顎を引きながらうつ伏せになる方向に回旋していくのが普通なのよ。でも―――このあかちゃんはどう? 」


「ああ、うつ伏せじゃないわ。めっちゃ顔見せてんなあ……。」


「反屈位といって、あかちゃんがあごを伸ばし、頭を後ろにのけ反らすような姿勢で進もうとしてるよねえ。まだ子宮口は全開大じゃないから、ここから動く可能性も高いけど。」


「この状態でもあかちゃんは動くの? お産が進むとあかちゃんはあまり動かなくなるというけど。」


「元気なら動くわねえ。今からぐるんと逆子になるとかの大きな動きは少なくなるけど、動かないのは心配な徴候だわね。サンさんのこの魔法なら元気さが分かるからいいけど、魔法がない状態で動きがないなんて聞いたら焦るよねえ。」


信乃はこれまで経験した悲しい出来事をいくつか思い出して、苦い顔をする。そのなかでもお産が近づくと動かなくなるって聞きましたと、病院へ来るのが遅くなった事例。

信乃の働く現代医療の現場であっても、医師も看護師も助産師もみんなが最善を尽くしたって助けられない命はあった。




「逆子………――逆子を治すみたいにしたら、ええんか? 」


サンの言葉に信乃はキョトンとする。その顔をみて、ココは補足説明を始める。


「大掛かりな物質移動の魔法……ムーブは使えないけど、両手の包むくらいのサイズなら私も使えるんです。ええっと、物質移動の魔法っていうのは手を触れずに少し離れたモノを動かすもので、私たちがよく逆子を治すのに使ってるんです。だから、たぶんあかちゃんの頭の位置も動かせます。」


「へー! 外回転術みたいなやつかしらね!? 逆子を帝王切開しなくてすむなら、とってもいいわ。そんな便利な魔法があるんだねえ! 」


「逆子を帝王……? 」


「帝王切開っていうのは、お腹を切ってあかちゃんを取り出す、外科的手術のことだね。」


「お腹を、切って……! え、怖!! 」


お腹を切り裂かれた妊婦を想像しているココとサンは、だいぶ青ざめた顔をしていた。

外科的手術を知らない人ってこんな反応するのねと、信乃は苦笑いをする。




「や、もちろんそれは医者の判断で必要時に行うものだけど、私の国では5〜6人妊婦がいたら1人くらいはするポピュラーな分娩方法なのよ。比較的安全な方の手術ではあるけど、合併症とか傷の痛みとか麻酔の副作用とかあるし、手術せずに済むならそれに越したことないからねえ。深部静脈血栓症(DVT)予防のために、術後はどんなに傷がいたくてもかなりスパルタで動いて貰ってたものよ。翌日の昼には歩いて貰ってね。

うちの施設は逆子は前例帝王切開にしていたもの。そんな魔法が使えたら、そんな痛い目に合う人は減っただろうなぁ。身体の回復も全然違うしねえ。」


「お腹を切るような、そんな分娩がポピュラーって、やっぱり信乃の居たところはこことは全く違うのね……。」


「お尻から生まれるあかちゃんは死にやすいって、昔から言うもんなあ。……でも、生まれる前に分かるんやったら、なんで治さへんの?」


「治さないんじゃなくて、有効な治し方がないだけよ。逆子体操っていうヨガみたいなポーズとるのもそれほど効果あるわけじゃないし、外回転も確実じゃないからねえ。それに外回転はリスク考えてか、最近の医者はしないしね。だからそのムーブって魔法は凄いと思う。」


「ふーん、うちらって凄かったんかあ……。」


「ちょっとサン、なんでにやけてるの? 凄い鼻の穴開いてるけど……! もー、今はそれどころじゃないでしょ。


もう一度魔法使って、エライザのあかちゃんが見えるようにしてよ。私がムーブで頭の向き変えるわよ。」


「よっしゃ! 」




ココの言葉に、サンは腕捲りをして魔法を使う。


エライザの顔を見ながら陣痛の来ていない時を見計らい、 ココも魔法を使いあかちゃんの向きを少しずつ動かす。

隣で信乃は位置を指示している。一度、子宮底のほうにあかちゃんを寄せて、それからお辞儀をさせるように頭を丸める。

あかちゃんの後頭部が子宮口のあたりに収まると、エライザはさらに痛みを訴えはじめた。




「あの、腰の、腰のあたりが痛いです……。」


「ここね、このあたりかしらねえ。」


信乃は尾骨のあたりを、手のひらで押すように擦る。


「まだいきまないほうがいいわ。早くからいきむと出口が浮腫むから、今はいきみを逃しましょう。痛いときは口を開けて息を吐いてね。ふーでもはーでもいいわよ。」


「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」


「動いたほうが楽なら歩いてもいいし、楽な姿勢をとるのよ。エライザさんはどんな姿勢が楽かな? 」


「ちょっと……よつばいでも、大丈夫ですか? 」


「いいわよー。痛みが引いてるうちに、姿勢を変えましょうか。」


「あ、あ、ん〜、また痛くなってきた……! 」


「はい、ゆっくり息を吐いてね。長く長く、吐ききったらいっぱい酸素をすって――。背中は丸めるように、猫のポーズよ。」


「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」






「エライザさんの陣痛、急に強くなってきたように思えるんやけど……」


「もしかしたらあかちゃんの頭の位置が修正されて、子宮口が開きやすい有効な陣痛になったのかしら。」


今まで立ち会ったお産の、生まれる直前みたいな痛がり方だ。痛がるエライザを見ながら、ココとサンはヒソヒソと状況を推察する。


今、エライザは信乃の言う4~5分間隔の陣痛を、四つん這いの姿勢で痛みを逃している。

痛みのないときはお茶をのみ、目を閉じて休憩している。

信乃が来る前の青白い死にそうな顔ではなく、痛みがあるのに少し余裕すら感じる表情だ。




「……違うわね。私たちの魔法が凄いわけじゃないみたいよね。」


「うん。うちら、あんな風に腰をさすったりしてへんかったもんなあ。」


「信乃さんがああやって甲斐甲斐しくお世話するから、エライザさんの緊張が取れたのよ。リラックスするとお産が進むって言ってたものね。回復魔法全く使わないのに、あんなに回復するなんて、知らなかったわ。」


「うちらの仕事は、今までずいぶん半端やったんやな……。」


「よし、信乃さん! 私にも腰のさすり方教えて!」


「うちにも!! 」






そして夜も深くなるにつれ、産婦の陣痛はさらに間隔を狭めていくのだった。


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