第八話「ライバル・アゲイン(1)」
冬華の初めての「地方営業」は、幸いにして順調に進んでいた。
北は北海道から、南は沖縄まで。新人アイドルとしては破格の数のミニイベントをこなし、冬華は着実にファンを増やしていった。
パッと見の感想になるが、やはり冬華のファンは男性が圧倒的に多い印象だ。けれども、万里江や千歳さんに言わせると、「他の少女アイドルよりも女性ファンは多いかもしれない」のだそうだ。
年齢層はマチマチ。比較的若い子が多いようだが、俺より年上の女性もそこそこ見かけたし、ご老人の姿も確認出来た。
ファン層の広さはそのままアイドル力の強さでもある。「刺さる」年齢層が広ければ広い程、相乗効果的にファンの数は増えていくのだ。
強行軍であるにもかかわらず、冬華は実に元気にスケジュールをこなしてくれた。
俺や万里江がヒィヒィ言っているのとは対照的に、冬華は各地を巡る毎にその輝きを増しているようだった。
直接ファンと触れて、やる気がみなぎっているのかもしれない。
――まあ、全ての予定に付き添っている千歳さんがピンピンしているので、単に俺達がだらしないだけかもしれないが。
そんなこんなで、日程の半分ほどを消化したある日のこと。俺達は新幹線で名古屋へと向かっていた。
「うふふ。なんだか春太さんと二人で旅行しているみたい」
二人掛けのシートに俺と横並びで座ったことで、冬華はやたらと上機嫌だった。
ちなみに、千歳さんはすぐ後ろの座席で予定表とにらめっこ中だ。今までは、三人掛けのシートを取って真ん中に冬華を座らせていたんだが、今回はやけに予約が混んでいて無理だったのだ。
流石に人前ということもあって、冬華も過激なアプローチはしてこない。が、東京から名古屋までの約一時間半、ずっと熱視線を向けられていたので、流石に照れてしまった。
冬華のような美少女の鑑賞に、耐えるような顔じゃないと思うんだが。
「冬華、今日は他のアイドルさん達との合同イベントだ。君と同じ新人が中心だけど、中堅どころもそこそこ出演する」
「そうみたいですね。冬華も出演者のリストを見させてもらったんですけど、何人か知っている人がいました。先輩の人も」
「ああ、そうか。『ミカエル・グループ』からも何人か出てるから、冬華の知り合いもいるんだな」
「はい♪ 実は、久しぶりに会える人もいて、ちょっとわくわくしてるんです。養成所時代の同期で――」
冬華が言いかけた時、車内に名古屋駅への到着が近いことを告げるアナウンスが流れた。
「あ、ほら二人とも。そろそろ降りる準備してね~」
後ろの座席から、千歳さんの急かすような声が響く。
新幹線では、万が一にも乗り過ごす訳にはいかない。念には念を、ということだろう。
冬華と二人で荷物をまとめ、お互いに指さし確認して忘れ物がないかチェックする。特に、ステージ衣装なんかは替えが利かない。絶対に忘れる訳にはいかないのだ。
***
無事に名古屋駅へと到着し、今日の会場へと向かう。
今回は、駅にほど近い商業ビル内でのイベントだ。ビルの周辺には、既にちらほらとアイドルの追っかけらしき人々が集まっていた。
冬華を庇うようにして、裏口から会場へと入る。
「流石に、大きいイベントだとああやって待ち構えてるファンがいるんですね」
「そうね~。それに、名古屋はこの手のイベントも多いからねぇ。必然的に、ファンの数も多くなるのよ~」
「ああ、なるほど」
千歳さんの解説に、ふむふむと頷く。
名古屋は、大型のイベント会場の数こそ他の都市に一歩譲るが、何せ人口の多い街だ。アイドルのライブやイベントも頻繁に行われている。
ファンの獲得を考えた場合、東京や大阪、福岡、札幌と同じくらいに重要な土地なのだ。
「アイドルのファンが多いってことは、それだけ客の目も肥えているってことだな。冬華、気合は十分かい?」
「うふふ。冬華はいつだって、やる気十分ですよ?」
「だな。……あまり大きい声じゃ言えないが、他のアイドルのファンも奪っちゃうくらいの勢いで頼むぞ」
「がんばります♪」
おっとりとした笑顔で答えながら、両手で可愛らしいガッツポーズを披露する冬華。
……可愛すぎて、他のアイドルのファンの前に、俺の心が奪われてしまいそうだ。いかんいかん。しっかりせねば。
係員に案内されて控室に入ると、そこは既に戦場だった。
いわゆる共同の楽屋というやつで、部屋はかなり広い。壁際には所狭しとロッカーやドレッサー等が並んでいる。試着室のようなボックスは、更衣室代わりだろう。
既にステージ衣装に身を包んだアイドルの姿もあって、メイクや振付の最終チェックに余念がない様子だった。
部屋全体には、どこか剣呑な雰囲気が漂っている。
それも仕方のないことだろう。アイドル同士は、言ってみれば全員が商売敵同士なのだ。先程の俺の言葉じゃないが、この手の合同イベントでは、「他のアイドルのファンを奪ってナンボ」と考えている向きも多いらしい。
だが、その反面、中にはキャッキャウフフとアイドル同士でイチャついている姿も見受けられ、思わず癒される。全員がライバルである一方、仲間意識が強い子達も多いようだ。
(……そう言えば、先生が「冬華にはライバルが必要だ」って言ってたな)
先日、ヴォーカルの先生に言われた言葉を思い出す。
互いに切磋琢磨し、時に支え合う友のような存在――冬華が今後成長する為には、そういった相手が必要なのだと。
冬華は新人アイドルとしては一歩抜きんでてしまった存在だ。同期デビューの子達では、ライバル足りえないだろう。
そもそも、年齢が近く、冬華と馬が合い、実力が伯仲したアイドルだなんて、都合の良い存在が本当にいるのだろうか?
そんなことを考えながら、係員に指定された冬華用のロッカーへ向かっていた時のことだった。
ムギュッ、と。足が何か柔らかいものを踏んづけた。
しまった、誰かの荷物でも踏んでしまったか? と思ったが、違った。
「人」だ。床に転がっていた誰かを踏んづけてしまったようだ。
なんだ、人か。他のアイドルの荷物とかだったら、大問題になる所だった――って、人!?
「わっ、わぁ!? ご、ごめんなさい! というか、なんでこんな所に転がってるんですか貴方!?」
飛び退くように足をどけ、転がっている誰かに慌てて謝る。
だが、転がっているその人は、僅かに身じろぎしただけでこちらに何の反応も示さない。
「……え、俺そんなに強く踏んづけちゃった?」と一瞬不安になったが、どうやら違うようだった。
「うううう……アタシのことは、どうかおかまいなく……。アタシなんて所詮、足ふきマットくらいにしか役に立たないんで……ううううう……」
「あ、足ふきマットって」
改めて、床に転がっている人物を観察する。
女性だ。うつぶせに転がっているので顔は分からないが、恐らく若い。
寝転がっていても分かるほど身長は高く、一七〇近くありそうだ。
ロングTシャツをワンピースのようにラフに着こなしている。こちらに向けられた尻はとても肉感的かつ、ズボンをはいていないらしく、しましまパンツが少し見えてしまっていた。目のやり場に困る。
髪は明るい茶髪。手入れは行き届いているらしく、サラサラのボブカットが、高級なブラシのように床にこすりつけられている。
ふと、周囲の様子を伺うと、誰もが彼女から目を逸らしていた。
もしかすると、俺達が到着するずっと前から、彼女は床に転がって世迷言を呟いていたのかもしれない。「関わり合いになりたくない」という空気を、周囲の人々から感じた。
「千歳さん、どうしましょうか、これ?」
「春太くん、女の子を『これ』扱いしちゃ駄目よ。……ねぇ、ちょっとアナタ。こんなところで寝てたら――って、あらあら?」
千歳さんが何かに気付いたように、床に転がった彼女を観察し始める。一体どうしたのだろうか?
――と、その時。
「あれ? もしかして、ヤイコちゃん?」
俺の後ろから、鈴の音のような冬華の声がした。
すると――。
「っ!? そ、その声は……」
床に転がっていた足ふきマット、もとい女性がガバッと立ち上がり、こちらに向き直る。
――美人だ。声の調子からは幼い印象を受けたが、恐らく二十歳そこそこ。目鼻立ちのはっきりした、舞台映えしそうな美女だった。
「ああ、やっぱりヤイコちゃん」
「ふ、冬華ちゃ~ん!!」
足ふきマット改めヤイコと呼ばれた彼女は、冬華の姿を認めるなり歓喜の叫びを上げながらこちらへ駆け寄って来て、あろうことか冬華をギュっと抱きしめた!
「はぁ~! クンクン、スゥ~ハァ~スゥ~ハァ~! 冬華ちゃん、いい匂い、ナリ!」
「きゃあっ、ちょっとヤイコちゃん。くすぐったいですよ~」
突如として発生した百合空間に、俺は事態が呑み込めずただ立ち尽くすのみだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます