第四話「星空とのディスタンス」
予定の一ヶ月は瞬く間に過ぎていった。
冬華はヴォーカルにダンスにとレッスン漬けの毎日。
俺はレコーディングや、イベント運営会社との打ち合わせ、音源の準備、衣装の手配等など。それぞれに忙殺される日々が続いた。
助かったのは、千歳さんの存在だ。彼女がスケジュール管理や冬華の送り迎えを一手に引き受けてくれたお陰で、俺はその他の仕事に集中することが出来た。
零細アイドルのプロデューサーなんかは、そういったことも全て自分でやらなければならないらしい。それと比べたら、負担は格段に軽い。
そこは大手事務所(の子会社)の面目躍如、といったところだろう。
――そして、迎えた当日。
「わぁっ! 結構広い会場ですね」
設営中のステージを見物しながら、冬華がキョロキョロと周囲を見回していた。
場所は、都内郊外にある屋内型の大型ショッピングモールだ。五階建ての建物で、中央が吹き抜けになっている典型的な作りのやつだな。
そのモールのほぼ中央、吹き抜けの一階部分の催事スペースが、今回の会場だ。
周囲をぐるりと五階分の回廊に囲まれているので、下手なライブ会場よりも広く感じる。
俺達の周りには、同じく下見に来たらしい他のアイドルや関係者たちの姿がチラホラあった。
皆、一様に緊張の面持ちだ。この手の合同ライブイベントは、新人アイドルのお披露目に使われることが多い。なので、恐らく殆どが新人なのだろう。
そう言った意味では、グループでデビュー済みの冬華は、一歩先を行っている。
「冬華ちゃ~ん、プロデューサーさ~ん。そろそろ控室の方へお願いしま~す」
そうこうしている内に、いよいよイベント開始時刻が近付いてきていた。運営スタッフと打合せしていた千歳さんが、俺達を手招きしている。
「あ、は~い。行きましょう、春……プロデューサーさん」
「うん。俺は後から行くから、先に行っててくれ」
「は~い」
トテトテと千歳さんの方へ歩いていく冬華。まだ私服姿で、ステージ衣装に着替えるのはこれからだ。
――ちなみに、俺は諸事情あって表だって名前を出せないので、人前では「プロデューサー」と呼んでもらうことにしている。
なんだか大物ぶっているようで恥ずかしいが、まあ仕方ない。その内、芸名(?)でも考えるさ。
(っと、俺の名前なんてどうでもいいんだ)
改めて周囲の様子を探ると――いた。
親子連れで賑わう休日のショッピングモールに似つかわしくない客が、ちらほらと見てとれた。
サラリーマン丸出しのよれよれスーツの中年や、ビシッと高級スーツでキメた初老の男。明らかにカタギじゃない、派手な頭の色と服装の男女等など。
彼らは、様々な芸能事務所の営業やスカウトだ。
新人アイドルのお披露目ともなると、ああいった連中がこっそりと見に来ていることが多い。目的は、自分の事務所の新人の見極めと、敵情視察といったところか。
中には青田刈り狙い――つまり、有能な新人に目を付けて、他所の事務所から引き抜こうと考えている不埒者もいる。
当然、ミカエル・グループからも誰かしらが値踏みに来ているはずだ。残念ながら、誰がそうなのかまでは分からないが。
今日のライブの出来如何では、俺と冬華のどちらか、もしくは両方が「将来性無し」と判断されてしまう可能性もある。そう考えると、流石の俺も緊張してきてしまった。
***
そしてイベントが始まった。
控室は、バックヤードの一角に設けられていた。従業員用の休憩スペースのような場所にパーテーションが幾つか立てられ、申し訳程度のプライベートスペースが確保されている。
俺と冬華、そして千歳さんは、その狭いスペースの中で身を寄せ合って、最終打ち合わせを行っていた。
ステージの方からは、今日のMCである聞いたこともない若手芸人の声が響いている。笑い声や歓声は、残念ながら聞こえない。
この手のイベントでは、アイドル目当ての客というのは殆ど望めない。
何せ、出てくるのはまだ誰も知らない新人ばかりだ。固定ファンがいる訳ではない。
精々、アイドルの青田刈りを狙ったコアなアイドルオタクが数人いるくらいだろう。
殆どの観客は、ショッピングモールを訪れた一般のお客さん達だ。
「何かイベントをやっているぞ」と、最初の内はそこそこ集まってくれるのだが、興味を無くすのも早い。
ステージに魅力を感じなければ、皆足早にその場を去って買い物の続きへ行ってしまう。そういう意味では、とてもシビアな環境だ。
冬華の出番はちょうど真ん中あたり。いいのか悪いのか、悩むところだ。
だが――。
「あの、プロデューサーさん」
「ん?」
「この衣装……似合ってますか?」
言いながら、ひらりと一回転して見せる冬華。
今日の衣装は、薄い青を基調としたワンピースタイプのものだ。スカートはやや長めで、激しいダンスには向かない。
冬華はダンスも達者だから、本当ならもっと動ける格好にしてあげるつもりだった。だが、ダンスの先生曰く、
『短い期間で中途半端な出来のダンスを仕上げるよりも、見栄えのする衣装を利用した簡単な振りの方がいいよ』
だそうで、冬華とも相談の上でヒラヒラが多めの衣装にしたのだった。
実際、リハーサルを見た感じでは、先生の言葉が正しかったように思える。
そもそも、今日歌う曲はスローバラードだ。激しいダンスよりもしっとりとした振付の方が、元々合っているのだ。
冬華のリクエストで準備した、青いバラを象ったヘアピンもアクセントとして上手く機能していた。
「よく似合ってるよ、冬華。この会場の誰よりも可愛いさ」
「うふ、ありがとうございます」
冬華が頬を染めながら、にっこりと俺に笑いかけてくる。俺もそれに笑顔で返す。
――なお、このやり取りは既に十回目である。
傍で見ている千歳さんは、最初の内こそ俺達のやり取りを微笑ましそうに見ていたが、段々と笑顔が引きつり始めていた。
なんか、色々と申し訳ない……。
「――村上冬華さーん。そろそろ舞台袖までお願います」
何人かの新人アイドルの歌声が聞こえ、消えていった頃。いよいよ冬華の出番が近付いてきた。
スタッフに名前を呼ばれ、冬華が一歩前に踏み出す。
「は~い。じゃあ、行ってきますね、プロデューサーさん、千歳さん」
「ああ。元気よく行ってこい!」
「頑張ってね、冬華ちゃん!」
冬華はそのまま、ひまわりのような笑顔を浮かべてから、ステージ袖の方へと駆けて行った。
残念ながら、スペースの関係で俺達はステージ袖にはついていけない。バックヤードの出入り口傍に確保された関係者スペースから、ステージを見守るしかないのだ。
「俺達も行きましょう」
千歳さんと頷きあって、俺達も移動した。
関係者スペースへ着くと、ちょうど前の出番のアイドルが歌い始めたところだった。
……お世辞にも上手くない。恐らく、本当はもっと歌も踊りも上手なのだろうが、緊張でロボットのようにぎこちない動きになってしまっている。
観客の様子を盗み見る。
……業界関係者以外は、殆どステージの方を注目していない。精々が歩きながらチラリチラリと眺めるだけで、足を止めてステージを観始める買い物客は皆無だった。
(やっぱり、厳しい世界だな)
こういったイベントは、新人アイドルにとってはある種の通過儀礼らしい。
アイドルになるような若者は、大概の場合プライドが高い。そもそも、容姿や歌唱力やダンスに自信があったり、周囲からの評価が高い子しかアイドルにはなれないのだ。それも当たり前の話だ。
だが、その程度の人間はゴマンといる。毎年、星の数ほどのアイドルがデビューし、同じくらいの数が全く売れずに消えていく。厳しい世界だ。
だから、最初にまず根拠のないプライドをへし折る必要がある。移り気な観客や、自分には興味がない人間の多さを思い知らせる。危機感を植え付ける訳だ。
中には、そのまま折れてしまう人間もいる。しかし、殆どのアイドル達は、そこから立ち上がり、血のにじむような努力をくり返してトップを目指す。
つまり、この手のイベントは最初から「注目されないこと」が前提なのだ。
まず、自分がまだ何者でもない無名の新人であることを自覚させる場という訳だ。
そこから折れずに立ち上がる者だけが、晴れて「アイドル」を名乗る資格を得る。
――冬華の前のアイドルの歌が終わった。まばらな、本当にささやかな拍手が送られる。
ステージ上の、まだ冬華よりも少し幼い女の子は、笑顔のまま綺麗なお辞儀をしたが、その手は固く握りしめられていた。
『ありがとうございました~! さあ、お次は「アークエンジェル」所属の新人、村上冬華ちゃんです! どうぞ~!』
MCである新人芸人の軽薄そうな声が響き渡り、ステージの主役が入れ替わる。
遂に冬華の登場だ。カツカツとヒールの音を響かせながら、俺のアイドルが、遂にそのステージに立った。
『皆さん、はじめまして。村上冬華と申します。今日は精いっぱい歌いますので、どうか最後までお聞きください――「冬の星座を見上げて」』
冬華が曲名を告げると同時に、イントロが流れ出す。
星の瞬きを思わせるピアノの旋律から始まる、スローバラードだ。
そして、冬華の歌声が会場に響いた――。
「……おおっ」
思わず口からため息が漏れる。冬華の歌は完璧だった。
レッスンやレコーディングの際に何度も聴いたはずなのに、今日はとびぬけて出来がいい。
まるで上質な弦楽器の音色のように伸びのあるハイトーン。一音一音の発声に込められた情感。
ひいき目ではなく、今日登壇したどのアイドルよりも輝いていた。
「ちょっ、春太くん。見てくださいよ、あれ」
不意に、千歳さんが俺の袖を引っ張りながら、ヒソヒソ声で話しかけてきた。
何事かと彼女の目線の先を追うと――。
「っ!?」
声を上げそうになり、思わず口をふさぐ。
俺達の視線の先には、信じられない光景が広がっていた。客が、買い物客たちが次々に足を止め、ステージに注目し始めたのだ。
その数は曲が進むごとに増えていき、サビを迎えた頃には、吹き抜けの上の階の方にまで人が集まり始めていた。
時々いるのだ、こういう逸材が。全く興味のなかった人々を強烈にひきつけ、離さない輝きを持つ人間が。
まさかそれが、俺の担当アイドルだとは思いもしなかったが。
当の冬華は、増えていく観客に呼応するかのように、その存在感を増していた。
視線で、手の動きで、そして歌声で、観客ひとりひとりに囁きかけるような雰囲気を醸し出していく。
今や、会場は完璧に冬華の支配下にあった。
――やがて、会場のそこかしこに、淡い桃色の光が浮かび始めた。
照明効果や演出ではない。今まで何もなかったところに、鮮やかな色を持った光球が出現したのだ。
「ウソ。春太くん、あれって……」
「ええ、『スフィア』ですよ。久しぶりに見た」
『スフィア』
それはアイドルのステージの最中に時折観測される、謎の発光現象だ。
原理は不明で、熱量も殆ど観測されない。撮影しても、おぼろげにしか映らない。その為、集団幻覚の一種ではないかと言われているくらいだ。
だが、その発生条件は決まっていた。
アイドルが観客の心を掴み、会場と一体となるようなステージを魅せる時、「スフィア」は必ず現れる。
言ってみれば「スフィア」の出現は、そのアイドルが一流であることの証なのだ。
「凄い。こんな状況でスフィアを発生させるなんて……アイツ以外で初めて見た」
そして、歌が終わった。
場違いなくらいの静寂に包まれたショッピングモールの中、冬華が微笑みを湛えたまま深々とお辞儀をする。
――それを待っていたかのように、辺りは万雷の拍手と喝采に包まれた。
***
「えへへ、観ていてくれましたか春太さん♪」
「ああ、ああ! もちろんさ冬華! 凄い、君は最高だ!」
千歳さんと共に控室の方へ戻ると、一足先に戻っていた冬華が俺達を出迎えた。
その顔は上気していて、そこはかとない色気さえも感じるほど魅力的だった。
俺を「プロデューサー」ではなく名前で呼んでしまっているところを見るに、彼女自身も相当の興奮状態のようだ。
「凄かったわ冬華ちゃん! オバチャン、感動して少し泣いちゃった!」
「やだわ千歳さん、そんな大げさな」
「大げさなもんか! 冬華、君のステージはソロデビューとしては完璧を通り越して神懸ってたよ!」
人目が無かったら、冬華を抱きしめていたかもしれない。俺もそのくらい興奮していた。
それは会場の人々も同じだったようだ。先程までは無関心だったモールの買い物客たちも、多くがステージに注目し、離れようとしていない。
冬華の後に続いた新人アイドル達も、何かに当てられたように元気よく歌い、恐らくはいつも以上のパフォーマンスを発揮していた。
つまり、冬華はそういった、周囲の人々やライバルをも盛り上げるようなアイドルなのだ。
――彼女より前に出番があった子達には、気の毒な話ではあるのだが。運も実力の内、ということなのだろう。
「春太さん。これで、二曲目も作れますか?」
「もちろん! 今日のステージは本社の連中も見ていたはずさ。二曲目を作れるどころか、これからは君のことを本格的に売り出していくことになるはずだ。アイドル・ランキング入りだって、夢じゃないよ!」
俺のその予想は大当たりだった。
その日の夜遅く、マイケル会長直々の「冬華ちゃんを大々的に売り出していくから、よろしくね」というメッセージが俺のもとへ届いたのだ。
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(※次回は冬華視点の
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