第二話「前を向いて歩こう」

 万里江曰く、一口に「アイドルのプロデューサー」と言っても、様々な形があるらしい。


 全体の方向性を決めるだけで、後は現場のスタッフにすべてを任せる奴。

 楽曲やステージの手配から何からやって、マネージャーまで兼務する奴。

 自ら作詞作曲した楽曲を提供して、音楽プロデューサーに徹する奴。

 はたまた、現場には殆ど関らずに、資金集めや対外折衝を専門にする奴。

 実に様々だ。


 で、俺はどんなプロデューサー像を求められているかというと――。


「あの。冬華、春太さんに曲を……歌を作ってもらいたくて。出来れば、全部」


 もじもじと恥じらいながら、冬華が呟く(可愛い)。

 どうやら我がアイドル様は、俺に音楽プロデュースをお求めのようだった。


 なるほど、「プロデューサー」なんて仰々しい響きで敬遠してたけど、楽曲提供ならお手の物だ。


「もちろん、オーケーだよ。一応、作曲が本業だからね。でも、村上さん。よく俺のことを知っていたね? 俺、名前出した仕事は殆どしてないから――」

「村上じゃなくて、冬華、です」

「え?」

「その……出来れば、下の名前で呼んで欲しい、です」


 頬に手を当てて恥じらいながら、そんなことを言い出す冬華。

 いや、もう心の中では下の名前で呼んでるんだけど、流石に口に出すのは恥ずかしい。業界人っぽいと言えばそうだが。


「じゃ、じゃあ……冬華」

「はい♪」


 意を決して下の名前で呼ぶと、語尾にハートマークでも付いてそうな甘い声で返事をされた。

 ……正直、脳が蕩けそうだ。なんで俺のことを知っていたのかとか、訊きたいことがあったけど、どうでもよくなってきた。


 が、その一方で俺の理性はアラートを発していた。相手は十六歳の女の子だ。いくらメロメロになっても、手を出していい相手ではない。

 そもそも、初対面のはずなのに好感度マックスっぽいのがおかしい。

 一目惚れとかされるような顔じゃないし、俺。


 悪い子だとは思えないが、何かしら裏があるかもしれない。とりあえずは、そのくらいのマインドで付き合っていこう。

 ――等と、俺が一人で納得した、その時。


「すみませ~ん! おそくなりました~!」


 会議室のドアがノックされると同時に開け放たれ、ビア樽が入ってきた。

 もとい、ビア樽のように立派な体型のおばさんが入ってきた。知ってる顔だ。


「あれ、千歳さんじゃないですか」

「春太くんお久しぶり! 相変わらず痩せてるわね~。ちゃんと食べてる? オバチャン家に来て、ご飯食べさせてあげよっか? アッハッハッハッ!」


 バンバンと俺の肩を叩きながら(ちょっと痛い)朗らかに笑うこの人は、千歳さん。

 ミカエル・グループに何人かいるチーフ・マネージャー、つまりアイドル達のマネージャーのリーダー役の一人だ。

 年齢は確か四十代後半。ガテン系の旦那さんと三人のお子さんを持つ、お母さんでもある。

 一六〇センチと並の身長に、重量級の柔道選手のような立派な肉を備え持つ。

 アイドルに襲い掛かった暴漢を瞬時に制圧したという逸話を持つ、業界の有名人だ。


「本社のチーフ・マネージャーがどうしたんですか?」

「あれ、言ってなかったけ? 冬華ちゃんのマネージャーは、千歳さんが直接担当するのよ」

「えっ」


 万里江の言葉に思わずギョッとする。

 千歳さんはチーフ・マネージャーの中でもトップクラスの逸材だ。いくら前歴があるとはいえ、その彼女を新人アイドルの担当にするとは、意外だった。


「あ、そうか。村上……冬華のソロデビューは、会長オッサンの肝入りなんだっけ」


 今更ながら、万里江が先日言っていたことを思い出す。

 会長というのは、言わずもがな「ミカエル・グループ」の会長のことだ。名を「マイケル」という、国籍・本名不詳の怪しいオッサンだ。

 一代で「ミカエル・グループ」を築き上げた、業界の伝説的人物でもある。


「ちょっと春太! アンタまた、会長のことをオッサン呼びして」

「いいだろ別に? オッサン自身がそう呼んでいいって言ってたし」

「時と場合によるでしょ!」


 言いながら、俺に見事なヘッドロックをかける万里江。

 普段はくだけた態度が多い癖に、会長に対する礼儀作法だけはやたらうるさい。惚れてんのか?

 ――っていうか、無茶苦茶痛ぇ! あと、顔におっぱいが当たって無茶苦茶柔らかい!


「イテテテテテテッ!? おい、パワハラはいいのかよ! あと、おっぱい当たってんぞ!」

「当ててんのよ!」

「セクハラじゃねーか!!」


 冬華と千歳さんの目の前だというのに、いつもの従姉弟ノリを繰り広げてしまう俺達。

 もっとも、千歳さんの方は「あらあら、相変わらず仲が良いのねぇ」なんて、親戚のおばちゃんのような温かい目で見てくれているが。


 一方の冬華はというと――。


「……あらあら。春太さんと万里江さんって、とっても仲がいいんですね? 冬華、ちょっと妬けちゃうかも」


 満面の笑顔を浮かべながら、全く笑っていない視線を俺達に向けてきた。

 これが漫画だったら、たぶん瞳のハイライトが消えてる。

 え、何その目つき。怖い。もしかしなくても、俺が万里江と密着してるのを見て、嫉妬してる?


 だが、俺以外は冬華の変化に気付いていないようだ。

 万里江はヘッドロックを少し緩めながら、冬華に笑いかけてさえいる。


「ま、キョーダイ同然だからね?」

「ああ、騒がしくて悪いが、気にしないでやってくれ。万里江社長は俺にとって兄貴みたいな人なんだ」

「そこはお姉さまだろぉ!?」

「痛ててててっ!?」


 威力を増したヘッドロックに耐えながら、ちらりと冬華の方を盗み見る。

 先程は目が全く笑っていなかった。が、今は俺と万里江の繰り広げる従姉弟コントを見て、穏やかな微笑みを見せている。

 気のせい、だったのだろうか?


 そんなこんなで、俺達の初対面はドタバタというか有耶無耶というかメタメタというか、そんな感じ終わった。

 後で聞いた話だが、万里江があんな態度を取ったのは半ばわざとだったらしい。

 万里江としても、冬華がやたらと俺にグイグイくることに違和感を覚えたのだとか。それで、ちょっと騒がしくして誤魔化したのだとかなんとか。


 逆効果だった気もするが……。


   ***


 その後、何度かの打ち合わせを重ね、当面のスケジュールが決まった。

 と言っても、殆どのスケジュールは本社から提示されている。俺達はその範囲内で、やれることをやるのが基本だ。

 まずは、一ヶ月と少し先に設定されたイベントの成功が目標となった。冬華のソロデビューお披露目ライブだ。

 ライブと言っても、立派な会場でやる訳じゃない。ショッピングモール内の催事スペースで行われる、多くの新人アイドルたちが登壇するイベントだ。歌う曲も一曲だけ。


 だが、その一曲が重い。一ヶ月程度で新曲を仕上げろというのは、中々の無茶ぶりだった。

 まず、俺が作曲し編曲し、ある程度の形になってから冬華に練習してもらわないといけない。

 同時に、振付師の先生に振付を考えて貰ったり、イベントのスタッフと打ち合わせて当日の照明や音響の手配もしなければならない。


 やることが多すぎて、一ヶ月では時間が全く足りない。


 もっとも、歌詞の方はもう完成しているので、少しだけ負担が少なくなっている。会長の肝入り案件という事もあってか、事前に発注されていたらしい。

 俺はもらった歌詞と冬華のイメージとをすり合わせて、デビュー曲に相応しい楽曲を作らねばならない。諸々のスケジュールを考えれば、作曲・編曲合わせても、俺が使える時間は一週間程度。


「久々の修羅場だな」


 自室のパソコンの前で、一人苦笑いをする。

 幸い、作曲から編曲までに必要な機材は、全て部屋に揃っている。

 生バンドのような重厚なサウンドとまではいかないが、音源には金を惜しんでいないのだ。お陰で貧乏だが。


 パソコンデスクの隅に目を落とす。

 そこには、いかにも「手作り」といった感じの、可愛らしいハート形のクッキーが鎮座してた。

 直近の打ち合わせの際に、冬華から貰ったものだ。


『あ、あの! 春太さん……冬華、クッキー焼いてきたんです』


 頬を桃色に染めながら、控えめにクッキーを差し出してくる冬華の姿を思い返す。

 我ながら語彙が貧弱で困るが、「天使」という意外に形容する言葉が見付からない可憐さだった。

 ――打ち合わせの度にクッキーを焼いてきて、しかも段々とクオリティが上がっていく様はちょっと重たかったが。


 クッキーを一つ摘み上げ、口へと放る。

 旨い。店で売っているものと遜色がない出来だし、それでいて店売りのものとはどこか違う温かみがある。


「……冬華は、なんで俺なんかに、あんなグイグイくるんだろう?」


 独り言ちるが、当たり前のように返事はない。あったらホラーだ。

 俺は頭を切り替えると、冬華の愛らしい姿を思い浮かべながら、シンセサイザーの鍵盤を叩きメロディを奏で始めた。


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