新米アイドルプロデューサーなんだけど、担当の美少女がグイグイきて早くも落とされそうです

澤田慎梧

第一話「プロデューサーは突然に」

「ねえ、春太。あんた、アイドルのプロデューサーやってみない?」


 まだ肌寒さが少し残る四月初旬。我が従姉いとこである友木万里江ともき まりえ(35歳・独身)は、俺の部屋を尋ねるなり、そんな世迷言を言い出した。

 万里江は大手芸能事務所――の子会社の社長をやっていて、主に新人アイドルの売り出しを担当している。

 どうやら、そのアイドルのプロデュースを俺に依頼したいらしい。


「いや、何言ってんだアンタ。俺は表に名前も出ないレベルの作曲屋だぞ? アイドルのプロデューサーなんて出来る訳ないだろ」


 俺こと友木春太ともき はるたは、芸能プロダクションからの依頼で作曲をする、まあ作曲家だ。

 ただし、基本的に俺の名前が世に出ることはない。曲は全て買い切りで、作曲者名には俺の名前ではなく、依頼した会社の名前がクレジットされる。

 一応はプロだが、底辺と言っていい。単価も業界最安値クラスだろう。


「はぁ……。春太、アンタまだ二十五歳でしょう? なんでそんなに覇気がないのよ。昔はもっとギラギラしてたじゃない」

「それは言わない約束だろ。昔は昔、今は今だよ姉さん。それに、ほら。俺の名前は基本的に表には出せないし」

「そんなの、ペンネーム使うなりなんなりあるでしょ。それに、さぁ――」


 言いながら、俺の部屋(ちょっと無理して借りてる1DK)を見回す万里江。


「アンタ、ここの家賃の支払いギリギリだって言ってたじゃない。今回の話は長期契約だから、毎月ギャラが出るわよ」

「マジでか」


 我ながら文字通り現金な話だが、毎月の収入が見込めるとなれば話が変わってくる。

 故あって、俺は両親に勘当されている。その上、大学時代に貰っていた奨学金の返済がまだ終わっていない。

 つまりは超貧乏なのだ。毎月の食費も切り詰めている始末だ。


「いやいや、それでもやっぱり無理だ。第一、なんでアイドル業界から離れて久しい俺なんかに話を持ってくるんだよ。何か裏があるのか?」

「裏なんて無いわよ、失礼な。アイドルの子がね、アンタを御指名なのよ」

「はぁ? 俺を? なんで?」

「話すとちょっと長くなるんだけど……。春太、アンタ『アンヘラス』ってアイドルグループ、知ってる?」


 その名前には覚えがあった。

 確か、「アンヘラス」は売り出し中の大人数アイドルグループだ。本格的なダンスと抜群の歌唱力が売りの実力派と記憶している。

 万里江の事務所の本丸である「ミカエル・グループ」が、総力を挙げて売り出そうとしているはずだ。

 

「知ってるけど、その『アンヘラス』がどうかしたのか?」

「実はね、まだ世間には明るみになってないんだけど……」


 俺の部屋に二人きりなのに、万里江は何故か声を潜めながら顔を寄せてきた。

 お陰で俺の二の腕辺りに、万里江の無駄にデカい胸が当たる。……やめろよ、柔らかいじゃないか。


「『アンヘラス』のセンターの娘がね」

「うん」

「マネージャーとデキちゃって、しかもホテルから二人で出てきたところを週刊誌に撮られたの」

「うげぇ。それって、ヤバくね?」

「ヤバいなんてもんじゃないわよ。もう、『アンヘラス』は空中分解よ!」


 万里江の話をまとめると、こうだ。

 「アンヘラス」は、元々センターの娘とそれ以外のアイドルとで、扱いに差があったのだそうだ。実力や人気はどっこいだったにもかかわらず、だ。

 メンバーのモチベーションは最悪だったらしい。それはそうだろう。

 そこにきてセンターがマネージャーとデキてしまい、それを週刊誌に知られ――。


「メンバーの半分以上がグループからの脱退を申し出てきたの。おまけに、結構な数が他の事務所に移るって言い出しててね……引き留めは無理そうなのよ」

「なるほど、それで空中分解か。ってことは、俺にプロデュースさせたいアイドルの子って」

「そ、『アンヘラス』の中核メンバーだった子よ。名前は村上冬華むらかみ ふゆかちゃん」


 万里江の差し出したスマホの画面には、文句なしの美少女が映っていた。

 なんとなく見覚えがある。確か、「アンヘラス」の真ん中辺のポジションをキープしていた子だ。

 メンバー全員のアイドル力の高い「アンヘラス」の中にあっても、結構目立っていたはずだった。


「冬華ちゃんは、ミカエル・グループに残って活動を続けるって言ってくれてるわ。でも、一つだけ条件があるって」

「それが、俺が彼女のプロデュースを担当すること、ってか?」

「そう。詳しい理由までは私も知らないけど、会長からはそう聞いてるわ。ねぇ、春太。ちょっと真剣に考えてみてくれない? 会長も、春太になら任せてもいいって言ってるし」


 「おねがい!」と言わんばかりに、合掌して頭を下げてくる万里江。


「別に『アイドル・ランキング』のトップ100に入れ、とか言ってる訳じゃないしさ。ね? 物は試しと思って!」

「そう言われてもなぁ」


 ちなみに、「アイドル・ランキング」というのは、各アイドルの実力を数値化して集計した、業界の指標となるランキングだ。

 楽曲売上・メディアへの露出・ネットでの言及数・評論家の評価。他にも様々な要素を独自のアルゴリズムでポイント化していて、その信頼度は高い。

 たとえデイリーでもトップ100以内に入れれば、世間からは「一人前のアイドル」とみなされるくらいだ。


 もちろん、ただの底辺作曲である俺なんかがプロデュースして、トップ100に入れるはずもない。

 とはいえ、ミカエル・グループが売り出そうとしていた新人を預かるのだ。子会社社長の万里江がなんと言おうと、本社としては高い目標を課してくるはずだ。

 どんな理由であれ、一度仕事を引き受けたなら、結果を出さなければならない。プロというのはそう言うものだ。「出来ませんでした!」ではすまない。


 この従姉からは今までに散々無茶ぶりをされてきたが、今回は彼女の方も切実らしい。

 社長と言えば聞こえはいいが、ようは本社から提示された目標達成を強いられる中間管理職だ。立場はそれほど強くない。

 まあ、本社の方も必死なのだろう。グループ全体で売り込んでいたアイドルグループが不祥事で解散ともなれば、その穴を埋めるのにそうならざるを得ないのだろうが。


「しかし、そうか。不祥事で解散、か」


 万里江には答えず、独り言ちる。

 村上冬華ちゃんとやらには、何の咎もない。にもかかわらず、彼女はアイドルとしての経歴にケチを付けられた訳だ。

 それはなんというか……理不尽なことだ。気の毒という以上に、理不尽さに腹が立ってくるほどに。


『残念ながら、バンドは解散だ』


 ――頭の中に、いつかの誰かの言葉が蘇る。

 俺の夢を奪った悪夢のような言葉が。

 だから俺は――。


「分かったよ姉さん。引き受けるよ、その子のプロデュース。俺に務まるなんて、とても思えないけど」

「ほ、ほんと? ありがとう、春太~! あいしてる~!」

「ぐわぁ!? や、やめろ抱きつくな頬ずりするなキスしようとするな~!」


 従姉からのセクハラ攻撃を躱しながら、俺はちょっとだけ「はやまったかな?」と後悔し始めていた。


   ***


 ――で、数日後。万里江が社長を務める事務所「アークエンジェル」の会議室で、俺は彼女と初対面を果たすことになった。


「あの……。は、はじめまして、村上冬華です。よろしくおねがいします!」

「……友木春太だ。こちらこそ、よろしく」


 挨拶を交わしながら、俺はすっかり目を奪われていた。


 村上冬華。資料によれば現在十六歳の高校一年生。

 年齢の割に小柄で、背丈は百五十一センチほど。

 折れそうな程に華奢きゃしゃな体は見るからに軽そうで、とても激しいダンスパフォーマンスが売りのグループにいたとは思えない。

 少しだけ明るい色をした髪はサラサラの艶々で、セミロングとボブの中間くらいまで伸ばされている。

 やや子供っぽい、桜の花をモチーフにした飾りのついたヘアピンを着けているが、野暮ったくはない。むしろ、とても似合っていた。

 大きく、ややたれ気味の目の中では、色素が薄めの瞳が輝いている。

 掛け値なしの美少女が、そこにいた。

 大げさに言ってしまえば、「この世の可愛さをギュっと凝縮したような」可憐さの持ち主だ。


『……』


 挨拶を交わしたまま、お互いに無言になってしまう。

 俺もそうだが、彼女もとても緊張しているらしい。

 「なんで俺を指名したのか」とか、沢山聞きたいことがあるのだが、上手く口が開かない。

 ――と。


「あ、あの。春太……さん。少し、伺ってもいいですか?」

「え、あ、う、うん! なんでも聞いてくれ!」


 超絶美少女に小鳥がさえずるような美声で下の名前を呼ばれ、恥ずかしながらドキッとしてしまった。

 ちょっとどもりながら快諾すると、彼女は薄っすらと頬を紅色に染めて――とんでもないことを尋ねてきた。


「あの、春太さんは、今お付き合いしている方はいますか?」

「えっ? あ、いや、いないけど。なんで?」

「……そうですか。良かったです。お付き合いしている方は、いないんですね。――うふふっ」


 嬉しそうに、どこかねっとりとした熱視線を俺に送る冬華。

 その視線を受けながら、俺の背筋には何故か冷たい汗が流れ落ちようとしていた。


 ……この娘、何かヤバくないか?

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