第8話 どうしても埋まらないモノ。

今私は引っ越しの用意をしている。

お母さんの部屋、私の部屋、リビングダイニングの付いた部屋。

そんな部屋をお父さんは見つけてきた。

お母さんはもっと狭くて安い所と言ったがお父さんは認めなかった。


「金は出す。だから生活のレベルを落とさずに生活してくれ」

お父さんはそう言ってくれた。


お母さんは亀川の家に戻る事を一度やめた。

理由を聞かれたお母さんは「だって龍輝が帰ってきたくなった時にウチだと躊躇するけどこっちなら簡単だからさ」と言った。


「貴子…」

「嫌になったら赤ちゃん連れて出てきなって。亀川家で…皆で育てよう?そうしたら麗華も薫くんも恋愛とか結婚に前向きになるかもよ?あの子の変な教えとか取っ払っていい子にしようよ」


この言葉にお父さんは照れ隠しなのか本心なのか「お前…そんなの離婚してすぐ出戻りとか格好悪…」と言いかけた所でお母さんに「バカ、それでこんな目に遭ったんだよ?格好は気にしないの」と言われていた。


「アニキやオヤジ…」

「喜んで迎えてくれるよ」


「…嬉しいけど、貴子はいい女だから再婚…」

「すぐにそんなのしないよ。イメージないもん。私の恋愛は毎回なんなんだろうなぁ、昴ちゃんに龍輝、どっちも上手くいかなくてさ、それなのにお別れやその後は上手くいくんだよね」

お母さんはそう言って泣いた。


悪い噂はすぐに回る。

何故かと思えば渡来愛菜が近所まで来て振り撒いていた。

なんでも大きなお腹をさすりながら「今度田中家にくる新しいお嫁さんです」と自己紹介をして自分に都合のいいストーリーを話したらしい。

確かにお母さんとのそう言う事が無かった事実はあったが良好だった家庭を台無しにしたのは渡来愛菜だ。

すぐにやっぱりお母さんは薫くんと不倫していると噂が出たが薫くんはブチギレてウチに虎徹達を連れてきてお母さんそっちのけでお父さんと遊んで最後には「俺たちが懐きすぎて貴子さんとの時間を奪ってごめんなさい」と謝る。

それを見たご近所さんはそれとなく話しかけやすい薫くんと虎徹に「え?どう言う事?」と聞き、聞かれた薫くんと虎徹は話せる範囲で話す。


渡来愛菜のやった事を理解したご近所さんは「それ、旦那さんも奥さんも幸せじゃないじゃない。ストーカーって言うのよ?」と口にすると薫くんは怒るような泣くような顔で「でも俺達の龍輝さんは男の中の男だから赤ん坊の為にって言うんです。皆で止めたのに…」と話して虎徹が「な。おじさん馬鹿だから本当に自分の子供かわからないのに赤ん坊がどうなるかわからないって言うんだ」と続けた。


これでお母さんは若い男に入れ込んで旦那を無視した女からお父さんが子供達に懐かれすぎてお母さんとの時間が減ったところにストーカー女にお父さんを力付くで奪われた女になる。


それは離婚の日まで続く。


離婚の日、わざと皆で行って役所の人に驚かれた。

皆泣いていた。


やっぱり薫くんだけは大泣きで一度用紙を破り捨ててしまう。

こう言う事が嫌いな鷲雄叔父さんが怒るかと思ったが薫くんを代弁者と呼んで感謝を告げていた。




明日私はこの家を出て行く。


壁とか柱の傷を見て雑に扱ってたなと家に謝る。

そして家に向かって「お父さんをお願い」と呟く。


「バカ、良いって。俺がやる。お前達は引っ越し先の掃除だってあるんだぜ?」

お父さんがそう言ってもお母さんも私も大掃除をした。

そしてまた3人で泣いた。


一生分泣いた気がするけど涙は止まらない。



引っ越し当日、お祭りのように皆が来て、そこには昴ちゃんさんと美空さんまで居た。


昴ちゃんさんはお父さん、美空さんはお母さんを抱きしめて「応援します。ケータイから俺の番号は消さずにすぐに電話をしてください。そして、我慢をする、我慢の限界だから消えていなくなるなんて悪い考えが出た日は恥も何もないから1番に電話してください」「貴子さん、なんだったら私たちの家の方に来ればいいのよ。そうしたらずっと居られるわよ。でもよく頑張った。偉すぎるわよ。後で沢山泣きましょうね」と言うとお父さんは「昴、済まない。頼らせてくれ!貴子を貴子と麗華を頼む!」と泣き、お母さんも「美空さん!やだよ。今でもやだよ!もっと話してくれば良かったよ。もっと出来たこととかあったのにってずっと考えてるの!」と言って泣いた。

それはチラ見しているご近所さんも貰い泣きしてしまう程だった。


亀川家と鶴田家まで来たら引っ越しなんて秒で終わる。

荷物の搬出が済んだ所で予定にないがそんな気はしていた渡来愛菜がワンサイズ小さい服を着てお腹をアピールしながらやってきた。


「引越しお疲れ様です〜」

そんな事を言い皆の空気が冷たくなっても気にしない渡来愛菜はお父さんに「龍さんありがとう〜。私頑張っていい奥さんになるね!」と始める。


ご近所さんも窓の隙間からドン引きしている。


そして私に「もう、ついてきて良かったんだよ?シンママと二人暮らしは超大変なんだよ?まだ若いから知らないかな?気が変わったらいつでも言ってね。Babyちゃんのお姉さんだからいつでもOKだよ」と言う。


私は怒りでどうにかなりそうだった。

でも泣かないようにするので必死だった時、「大きなお世話ですよ」と言って前に出たのは薫くんだった。


「は?アンタ誰?」

「龍輝さんの心の弟分ですよ。俺達全員束になっても龍輝さんには敵わないが皆で麗華さんも貴子さんも龍輝さんが安心できるくらいまで幸せにする。幸せってのはお金だけじゃない。心を幸せにするんだ」


薫くんは今までは一番泣いていたのに、今は別人みたいな…怖い時の美空さんみたいな顔でそう言い放った後で私とお母さんを見て「ね?麗華さん、貴子さん、龍輝さん程頼りにならないけど俺が1番身軽だから俺が頑張るからね。頼りにしてね」と昴ちゃんさんそっくりの笑顔で言う。


私は嬉しさを隠しながら「お父さん凄いんだよ?」と言うと「知ってる。だから足りない分は鷲雄さんや父さんに任せるよ。俺じゃあ渋味も何も足りないもん」と笑う。


そこに美空さんがきて「やあね。本当沖田 優人さんの言葉の意味が今わかったわ。薫、あなたはまだ若いから自分の人生と他人の人生の距離感が乱れてしまう。龍輝さんの人生を自分の人生のように思って背負い込みたくなってしまう気持ちも、それが薫の優しさから来るものもよくわかる。でもそれは龍輝さんは喜べないのよ?」と言ったところで「貴子さん、私たちがいるからお金とかは平気よね?」とお母さんに話しかける。お母さんは「うん。麗華が成人した後も少しなら」と答えた時、美空さんは…。


「でも…、龍輝さんの不在は大きいわ。頑張りなさい」


そう、厳しい口調で言った。


ひりつく空気の中、お父さんが「美空さん…」と聞き返すと美空さんは「私、薫の言葉を聞いていて何か違うなって思ったわ。貴子さんも麗華さんもわたしたちがいるから安心しろは間違いなのよ。各々が各々の力で助けるけどそれでも龍輝さんには敵わない。その分を貴子さんも麗華さんも絶対に苦しむわよ」と言った。



それは亀川家にはない考え方。

お父さんが唖然とする中、昴ちゃんさんも前に出て「そうだね美空さん。俺達は20年近い時間をお互いの贖罪に使った。俺は父さんの孫が欲しいと言う願いの体現の為に居る、そしてその夢の片棒を担がされた美空さんに申し訳ないと常々思っていた。美空さんも死んでしまった初恋の人の為に心を殺して俺の妻になってくれた」そう言った昴ちゃんさんはお父さんを見て「俺たちがそうだとは言わない。でも本当の覚悟は持ってください。きっと龍輝さんの選択の中には亀川家の援助が含まれていたはずです。そう言うものを考えずによく考えるべきだったんですよ」と言った。


「今更と思うかもしれませんけど死んでしまう以外に手遅れはありませんよ。私達は心の友なんですからこれからも連絡をくださいね」

昴ちゃんさんの後で美空さんも言葉を続ける。


確かに私は亀川家があればなんとかなると思っていた。

だから昔からお父さんは居なくていいやと思っていた。


そうじゃなくて田中龍輝、田中貴子、田中麗華で考えるべきだったんだと気付かされた。


お父さんが何かを言う前に渡来愛菜が「意味不」と言って「龍さん!家具買いに行こうよ!」と誘うとお母さんが渡来愛菜に「これ、この家の鍵。悪いけど麗華は娘だから鍵持たせてる。龍輝さんもそれで良いって言ってるから」と言ってお母さんの鍵を渡した。


そして皆で車に乗り込んで行く際には薫くんの指示で虎徹達が見にきていたご近所さん達に「じゃあ龍輝おじさんをよろしくお願いします」と挨拶をして「貴子さん、お別れの挨拶をした方がいいよ」と言ってお母さんも挨拶をした。私も挨拶をしたら皆涙目で見送ってくれた。

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