第5話 過ち。

お父さんはバーベキューの後、5月末に部下達から遅い歓迎会に呼ばれていた。

そこで浴びるようにお酒を飲まされて記憶を失って気がつけば事後だったらしい。


それはあくまでお父さんだけの供述で信じるか悩む話だが、帰ってきたお父さんは憔悴し切っていた。


「お帰り龍輝、朝帰りなんて初めてだね」

そう出迎えたお母さんにおでこから血が出るほど土下座をしたお父さんは「すまない貴子!俺は死ぬ!」と言った。


要領を得ない供述に困ったお母さんは日曜日の朝なのに薫くんと鷲雄叔父さんをすぐに呼んでお父さんに何があったかを話してもらった。


少しでも目を離すと「死んでくる!済まない!」と言うお父さんから目を離せなかった私はお父さんの手を繋いで落ち着かせて、お母さんは「とりあえず酒臭いからコレを食べなさい」と言ってお粥としじみのお味噌汁を作って出すとお父さんは顔を抑えて声を上げて泣いた。


すぐに飛んできた薫くんと鷲雄叔父さんを見て更に泣いて「アニキ!すんません!死にます!俺は死にます!」と言うお父さんに薫くんが前に出て「龍輝さん。何があったんですか?鷲雄さんの言う通り俺たちはファミリーですよね?教えてください。龍輝さんの力になりたいです。飛んでこれない父さんの代わりには力不足でも頼ってください」と言うとお父さんはワンワンと泣いて「薫!済まねえ薫!」と言った後で何があったかを教えてくれた。


お父さんはあれからもしつこくアタックされていて断っても断っても「アタシが龍さんの1番になります!奥さんなんて忘れてください!」と迫ってきて困っていた。それでも長として部下達に歓迎会を頼まれれば参加をする。

渡来愛菜からは離れていて油断したが部下達から次々に乾杯を頼まれて気付けば相当な量の酒を飲まされていて、次に気がついた時は事後だった。

必死にホテルに来ただけを信じたかったが証拠は残っていて逃げるように帰ってきた。

帰り道は死んで償う事しか考えられなかったと言って薫くんの胸で泣きながら「貴子すまない」「アニキ、殴ってください」「麗華、俺は最低なオヤジだ」と謝り続けていた。


私は「そんなに謝らないでよ。お父さん悪くないよ!」と言って大きくなって初めて自分からお父さんに抱きついて泣いた。

お母さんは怒るなんてしないで「ごめんなさい」と謝る。


それを見ていられないと鷲雄叔父さんは共通の知り合いでお父さんの会社に勤める人に連絡をして「1時間以内にこの絵を描いた奴らに俺まで電話させろ!」と怒鳴りつけていた。



「龍輝さん。これが慰めになるかわかりません。でも龍輝さんの貴子さんと麗華さんへの気持ちはわかりました。凄いです。俺は父さんと母さんの仲を見て育って恋愛に興味を持てません。そんな私でも凄いと思えました。それに前に本で読みました。ランチで起きた間違いは故意、ディナーで起きた間違いは偶然らしいです。少しでいいから自分を許してあげてください」

薫くんの言葉にお父さんは「だがな!俺は俺が許せない!死んで詫びたい!」と言って泣き続けた。


30分後、お父さんの部下から鷲雄叔父さんのスマホに着信があった。


「おう、お前たちよくもやらかしたな?わかってんのか?」

そう凄む後ろからお父さんの「アニキ!悪いのは全部俺です!死なせてください!」と言う声が聞こえてきて事の重大さを知った部下の人達と鷲雄叔父さんとお母さんは近くの公園で会って話をしてきた。


ここでお父さんは自虐ネタは言うが惚気ネタは言わなかった事、そして一度だけ酔って薫くんと再会して家にまで来られた時の事を愚痴ってしまい、部下達が報われない恋なら渡来愛菜と幸せになってもらいたいと余計な事をした事を打ち明けた。


鷲雄叔父さんは「お前ら、慰謝料請求覚悟しとけ」と凄んで追い返すとウチに帰って来てお父さんに「全部聞いて来た。お前はハメられただけだ。死ぬな。気が済むまで家族に尽くせ」と言う。


「アニキ?殴ってください」

「バカヤロウ、貴子にも悪い点がある。夫婦の事に口出しは出来ねえが貴子が早寝を始めてから随分と何もなかったんじゃねぇか。俺たちこそすまなかった」


鷲雄叔父さんの謝罪でお父さんは「俺、俺が悪いって、頑張った麗華を傷付けたからそんなの仕方ないんです!そんな欲求は一人でも何でもできます!貴子を裏切ったのが、麗華を悲しませるのがダメなんです!」と言って更に泣いた。


この日は薫くんが一日中ウチにいてお父さんの話を聞いてくれていた。

お母さんもお父さんの好物を作ったりしたがお父さんは「そんな資格ねえのに悪い」としか言わなかった。


1人にすると死にそうだからと仕事を休ませてお父さんの横にお母さんは居た。

直接聞いたわけでもないが、お母さんはお父さんを受け入れようとしたが「そんな真似出来ない。汚い手でお前に触れない」と言ってお父さんは我慢をしたらしい。



翌週末には昴ちゃんさんが来てくれてお父さんの話を聞いてくれた。

その時の昴ちゃんさんはとても怖い顔で、でもお母さんを裏切ったお父さんが許せないのではないらしく「ここだけの話です。信頼の証として聞いてください」と言って余命少ないお父さんの為に何も知らない美空さんと結婚をした時、昴ちゃんさんは薫くんを授かる為だけに行為をした。

そして愛のない行為、好きでもない相手との行為と出産を強要されて感情のない美空さんを抱いた日に自分は人として終わったと思い泣いた話をする。


「昴…お前…」

「だから…俺には少しならわかります。辛かったですよね。覚えてなくても結果に戦慄したはずです」


「…ああ!辛かった!覚えていない事…理性が止められなかった事も辛かった!貴子を裏切った事も辛かった!身体が反応してしまった事が許せなかった!」

「わかります。大丈夫です。辛かったのは龍輝さんの身体も心もですから、龍輝さん以外は龍輝さんを許してますよ。まずはそれは知ってください」


昴ちゃんさんの言葉にお父さんはまた泣いて「許す?」と聞き返す。

「はい。大丈夫です。龍輝さんが龍輝さんを許してあげてください」


それでまた泣いたお父さんは少しして「昴…聞いていいか?」と言った。


「何ですか?」

「お前…薫を授かる為だけに美空さんを抱いて辛かったか?」


「はい。ずっと美空さんには悪い事をしている。どうしたら許されるのかを考えていました」

「薫を産んで貰っておしまいか?」


私はなんて事を聞くんだ?と思ったが昴ちゃんさんは真剣に「いえ…それをしたら本当に俺達は父の代理でしかないと思い美空さんにお願いをしました。でもそれすらも美空さんに失礼な事をしていると思っていました」と答えた。


「それを何年もか?」

「ええ、薫のお陰で美空さんと始められるようになる日までなので19年ですね」


少し溜めたお父さんは「鷲雄のアニキの言う通り俺はお前には敵わねえな」と言う。


「そんな事ありません。きっと黙って逃げる人も居たのに龍輝さんはキチンと亀川や麗華さんに謝ったじゃないですか。今も自分を叱りつけている。俺の方こそ敵いませんよ」


この言葉に救われたのか、お父さんは薫くんの所に待機してくれていた美空さんと薫くんにも来てもらってウチで6人で食事をした。


そしてまた泣いて詫びたお父さんを見てキレた美空さんがかつて自分を訴えて来た弁護士に連絡をしてくれて全面的に戦うと言った。


正直怖かった。


お父さんは愚かにも「悪いのは全部俺です!部下達は俺を思っての事です!」と言ったが「龍輝さん?愚かにも程があります。行動には責任が付きます。相手にも痛みを持って思い知らせるんです」と言われて私と薫くんは縮み上がった。


この話に鷲雄叔父さんは美空さんに「救世主ありがとうございます。お任せしてもよろしいですかい?」と聞き「勿論です。相手が腕力で来た時はお願いしますね?」と言い、さっさと会社と部下達と渡来愛菜に内容証明郵便を送って事態を公のものにした。


ゴツいお父さんが襲われたという図式に私は首を傾げたが明文化していくとそう言う事になるらしい。

会社とは部下の不始末と上司の失態と被害の面で済ませたがったが、仮にこれが女性上司が部下達から酒を勧められて泥酔させられホテルに連れ込まれて襲われた話なら刑罰が違ったはずだとしてお父さんはお咎めなしどころか休業補償として飲み会の日から休んだ分はキチンと満額の給与が支払われる事になり、妻帯者にしつこく迫った渡来愛菜はクビ。

部下達は飲み会で酔わせたメンバーは減給、渡来愛菜に言われるままにホテルにお父さんを連れていった部下は減給プラス別部署への異動となった。


そしてお母さんから個人への慰謝料請求は結果渡来愛菜を助ける事になった部下達には本当に少額だが請求をすることになり、渡来愛菜へはきちんとした額の請求をし、減額の条件として今後田中龍輝に近づかない事、後は万一妊娠をしていた際には堕胎をする事を要求した。


部下達は会って謝りたいと言って弁護士同席で謝りに来てやつれて白髪まみれのお父さんを見て心から謝ってくれた。


だが問題は渡来愛菜だった。

満額を払うと言い、即座に結構な大金がお母さんの口座に振り込まれて来た。

これには弁護士も困り果てていた。

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