2.未亡人と理不尽な世界

「私が、ドローンを?」

「そうだよ。ユーディ。君をヘッドハンティングしに、このチャットを送ったんだ」


 夫が亡くなってから引きこもりの未亡人のユーディがドローンヒットマンになったのは、チーム対戦型TPSゲーム[モーリグナ]をプレイしていたのがきっかけだった。既に世界ランク戦で22位となっていたユーディをスカウトしたのがプレイヤーネームGiorgioneこと、ジョルジェットだった。ジョルは自分が日本国家公安警察特殊防疫班であることを明かし、ユーディに協力を求めたのだ。


「どうして私に?」

「それは、君が異世界人で、ゲームがうまいからだよ。そういう人間はほとんどいないんだ。異世界人は30年前にいきなり現れただろう? ゲームどころか電卓も叩けない異世界人が多くてね」


 30年前のある日、北海道中央の過疎化で放棄された地区に異世界人が突如として現れた。

 彼らは地元人権団体と接触し、言語学者やジャーナリストの協力を得て、人権団体を結成。北海道ないし日本国に対して難民申請をしたものの、時の日本政府は宇宙事業に関わる領宙問題や政局の混乱からこの問題を軽視し、他国との難民での扱いの問題にも触れて、「異世界からこられた方々には他国または他地域、宇宙コミュニティの難民の方々と同様に個別に対応する」と当時の内閣総理大臣が口先だけの見解を述べ、彼らを放置した。


 これを受け、一部の異世界人の集団が国際IT企業連合の支援の下で武装蜂起し、異世界事変と呼ばれる一連の紛争に発展した。当初善戦していたものの自衛隊の導入後に、異世界人はなすすべなく甚大な被害を受けて敗北。それでも、国際世論に押される形で、なし崩し的に異世界人たちは北海道中央部での『滞在』が許される形になった。

 人口減少により元から日本人がいなかった地域には異世界人が住むようになったが、日本側は一方的に土地を奪われたことから多大な差別意識を彼らに向けた。次第に世界から異世界ブラクスラムと呼ばれることになった。


 今年30才になったユーディはその異世界ブラクスラムの形成直後に生まれた。異世界事変以降のインテリ層を全て破壊されてしまった一般的な異世界人の教育水準はきわめて低い。元はかなり高度な知性を持っていたらしいが、今は成人してもカンタンな計算にも苦労する者がいる。ユーディもその年代の一人だ。日本人の夫と結婚するまではブラクスラムの中を転々とし、同族に騙されて夜の派遣業をやっていたぐらいだ。そこで姐さんの気まぐれがなければ、日本語の習得もカンタンな四則計算もままならなかった事だろう。


 ジョルは夫の死後ユーディが猛烈に信仰している異世界系日本国粋主義新興宗教、[精霊の灯火]の信者のリストを取得し、そこからゲームに優れた人間をわざわざ目を付けて探していたらしい。彼女は最初から最新型の魔導ドローンを使える人間を調査していたようであり、日本の国粋主義の気質が強い[精霊の灯火]に魔素の扱いに慣れた異世界人を探していたらしいのだった。


「最初から、これ決まっていたでしょう?」


 [精霊の灯火]で社会復帰支援事業の一環で、[モーリグナ]のβテストプレイのアルバイトだったことをさせたのもジョルの指示だった。その中でもゲーム操作の才能があったらしいユーディを[モーリグナ]の運営会社にゲーム内の覆面監視者として選抜させ、不快な言動やプレイをするプレイヤーを除外する仕事を得ていた。思い返してみれば、おそらくはドローンヒットマンの訓練の一環であろう。最初からそうするつもりだったの? と察しのいいユーディが質問したので、ジョルは頷いた。

 ユーディは自爆カミカゼドローンで両親が爆死したこともあり、当初ドローンに関わることに嫌悪感を抱いていたが、ジョルは消費者金融からの赤いお手紙に触れ、全額面倒をみるといった他、相応の給与や待遇も用意するらしく、徐々に心が動いた。


「それに、日本の国籍も用意する」

「それって、どういうこと? あんたにそれができるの?」

 ユーディは目の色を変えた。あれほどほしかった日本の国籍をちらつかせられたとなると話は別だった。それまでも異世界人同士で徹底的に弱者と虐げられてきたユーディにとって、これは願ってもない話だった。異世界人ではなく日本人として認められることは彼女の悲願だ。危険な国粋主義思想を持つ[精霊の灯火]に傾倒するほど、日本には恋焦がれてきたのだ。

「君には、日本人として宇宙人と戦ってもらいたい。一応、日本政府にとっての体面上の話でもあるが、君にとっても悪いことではないだろう」

「宇宙人? ……月面人ルナリアンのこと? あれ、宇宙開発しに行った地球人でしょ?」

 嘲るユーディにジョルは、「いや、そうじゃない。本当に宇宙人はやってきているのだ」と力強く答えた。

「我々も君達と同じ難民なの」

「難民? 我々って?」

 ユーディの疑問に、ジョルは「そうだ、我々は宇宙人、その難民の末裔の一人なのだ」と答えた。


 ジョルの話では50年前に宇宙難民を抱えた船団が太陽系付近に到着したという。そのうち居住可能な惑星を探査すべく小さな宇宙船で漂流同然でやってきた数千人の先遣隊が地球の大国と取引をし、外星由来の技術を供与するかわりに難民を受け入れてもらうという条件を飲ませた。日本もそのうちの一つで、ジョルの両親は日本にやってきた先遣隊だった。

 宇宙人はこの50年で各国の中枢に潜り込んでおり、着実に内部から難民を受け入れる予定をしていたが、大陸の宇宙人の異変に気が付いた。

 原因は現在宇宙船団でパンデミックを起こしたケイ素キノコだ。早くから日本に来ていた日本の先遣隊は早いタイミングで出発していたため無事だったが、大陸の先遣隊は既にケイ素キノコに感染していた。

 ケイ素キノコは感染しても皮膚の炎症程度で健康上問題はないが、思念で相互通信が成立してしまうので強い意識を持つ個人によって思想面に大きな影響を与える。大陸の宇宙人たちはキノコの繁殖本能に刺激された上、特定のイデオロギーに汚染されてしまったため、排他的な全体主義思想を構築してしまった。いわばキノコによる洗脳のパンデミックである。

 今や敵性宇宙人にとって、その思想に共感しないものは排除対象となっている。米中の中枢組織の構成員の半数以上は宇宙人はキノコによる洗脳済みであるという。


「大陸の宇宙人たちは宇宙船団に同胞50億人を地球に下ろす計画を立てている。50億の難民がやってくれば、奴ら敵性宇宙人はあっという間に地球人の排除を行うだろう。バビロンメガストラクチャー社は知ってるでしょ?」


 ユーディはかろうじてその名前を知っていた。大手IT企業連合が合資して設立した国際Wx建築企業だ。バビロン社は世界初の超長高層タワーであるメガストラクチャーを旭川に建築しようとしているのを噂で聞いていた。5年前に着工したこの旭川メガストは全長136㎞という途方もない巨大な塔である。

 ユーディは話の流れから判断して、「あの、旭川クソデカタワーの?」と返答すると、ジョルはその旭川メガストは超巨大宇宙船を入港させるためのターミナルタワーであると説明された。


「あの旭川メガストが完成すると、一気に50億の敵性宇宙人が日本に殺到する。我々、日本の宇宙人としてもこれを賛成するわけにはいかない。これを阻止するために君に協力を求めたいのだ」

「どうやって? 無理でしょ?」

「カンタンに言えば、裏切り者の異世界人を全て殺すのだ」

「は?」

 突如として不穏な言葉が聞こえたので、ユーディは耳を疑った。

 が、ジョルは構わずに話を続ける。


「メガストラクチャーは広大で強い岩盤の土地がある大陸の方が建設に向いているが、既存の地球の科学力では建築不可能だ。宇宙人の技術を使うにも外宇宙の資材も必要だ。難民船が接舷できる136㎞のメガストラクチャーとなればその強度は計り知れない。地球と宇宙の技術では作れないのだ。だが、旭川には君たち異世界人がいる。君たちの浮遊魔法に目を付けたバビロン社は北海道中心部に住む異世界人を囲い込み、彼らの魔素のネットワークを介して巨大な旭川メガスト浮遊魔導理論回路とし、着工を開始したのだ」

「そんなバカなことを。それが本当だとして、どうやんの?」

「北海道一円に展開された魔導理論回路の魔素通信のハブとなるバビロン社と取引した異世界人を全て殺害するんだ。ハブになった裏切り者の異世界人を全て殺せば回路が完全に破壊される。君にはその役割を担ってもらいたい」

「同族で殺しあえ、と?」

「だから、君は日本人になるんだ。奴らは宇宙人に寝返った宇宙人だ。これは宇宙からの侵略者から日本を守る戦いだよ」

「……」

「放っておけば、君の魔素も使って宇宙人を呼ぶ事にもつながる。我々公安警察は君のような膨大な魔素をもつ人間をより多く手元に置いておきたいと思っている。今メガストは60㎞まで達している。完成速度から見れば来年にも完成する」


 余りにもスケールが大きすぎる内容だったので、ユーディは開いた口がふさがらなかったが、ジョルは最後の一押しをした。

「日本国籍を得られれば、日本人の君の夫の埋葬もできるだろう。故郷の土に埋めてやりたいんだよね。それも手伝えることになる」


 ユーディはネットカフェの個室の机で誇りを被っている紫色の風呂敷を見た。怪しい話だったが、夫への思いが駆け巡った。異世界人のユーディは正式に日本の土地に夫を埋葬することなどできなかった。彼のことは全く好きではなかったが、ユーディは利用する為に結婚した。向こうも器量見てくれだけを見て結婚したのだろう。だが、異世界人の商売女だった自分と結婚して並の生活を見せてくれた夫に対して、思うところは、多少ある。もうすでに重荷になっているこの骨壺を清算したいという気持ちもあった。

 ユーディは長い沈黙の後、夫の骨壺を抱き寄せて、受けることに決めた。

「夫を埋められるなら、それでいい。ちゃんと埋められるんでしょうね?」

「約束する。知事にも通しておく」

「頼んだよ」


 ユーディが通話を切ると、ジョルは交渉が終わって、一息ついた。即座に内閣府に連絡し、ユーディの国籍を認めるように交渉する。

「まあ、すぐに認められるだろう。今の首相なんか我々の傀儡だしな」

 数分後、外務省から真瀬ユーディの国籍が認められたことが報告され、ジョルはまた自分の野望に近づいたと軽くガッツポーズした。

「それにしても、気が付かないものだな。夫を殺したのが目の前にいるのに。まあ、これも日本の安全のためだ。……母船なんて、来なくてもいいんだ。日本は、地球は我々先遣隊のみで支配すればいいんだ。地球も日本もそれほど広くはないから」

 

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異世界難民未亡人魔導ドローン斬首作戦 @hals44n

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