異世界難民未亡人魔導ドローン斬首作戦

@hals44n

1.ドローン特定戦

 異世界未亡人ユーディ・マナセの操縦する魔導ドローンは、北海道柄歩羅駅前公園で任務に当たっていた。最中、彼女のドローンの制空圏内に何者かがアクティブ・ソナーを連打しながら接近していることに気が付いた。


「あっ、絶殺ぜっころソナーだ」

 このようなソナーの発信はユーディが命名するところの「絶殺ソナー」という発し方である。とにかく絶対殺すという意思を表明する場合このような発信の仕方をする。

 ユーディはすぐさま、後頭部に付けている髪留め、通信用のバレッタを介して思念通信で情報管理中枢であるオペレーターのジョルジョネット・ババに情報を送りつける。


「ジョル、絶殺ソナー検知。舐められてるわ、これ」

「周辺の監視ドローンから情報、解析。データ、そっち。はい」


 ジョルはユーディが放った情報収集用の子機のドローンカメラの情報を元にして解析したデータが、ユーディのメガネと見分けがつかないARグラスに投影される。解析データもあるが、読んでいる暇はそこまでない。ドローンの移動速度と外観だけ見て大雑把な性能を見抜くのがコツである。ドローンは3機。全て駅の北側の違う位置から順次現れていた。陳腐な方法だが、あえて鳴らしているのか、それともブラフなのかわからない。こういう判断を押し付けるのが目的だ。絶殺ソナーを発信するときは大概自陣の数が圧倒的に多く見せかける時である。ソナーの発信源は3つだった。直線的な動きで集合してこちらに近づいているため、混乱している間に3機で早々にこちらを叩くつもりだろう。


「珪菌の子実体を確認。バビロンのキノコ、3機。3対1」


 3機とも円盤の上にケイ素キノコの成熟した子実体が生えていた。間違いない、国際Wx建築企業のバビロンメガストラクチャー社の珪菌モールドドローンだ。

 バビロン社は宇宙で改良されたケイ素キノコをサイバネティクス化し、電子機器の電子的な情報を生体電波に置き換え、きわめて隠蔽性の高い通信技術を開発した。珪菌通信とも呼ばれる通信技術はケイ素キノコの遺伝子座Rwsf2を始めとする一連の電波送受信に関わる一連の遺伝子のタイプから菌株ごとに暗号化、同一の菌株同士では有機的に相互通信し、機体の自動制御などに応用されている。操縦者は神経末端をケイ素キノコと接点を繋ぐインプラントを導入することで、既存のドローンを凌駕する直感的な思念操作が可能になる。

 通常のドローンであれば取り囲んで胞子を散布するが、あるいは胞子カプセルをドローンにぶつけることで電子機器を浸食し行動不能にすることもできる。半日もあれば珪菌が電子機器を掌握する、いわゆる菌糸掌握マッシュハックすることが可能だ。つまり、胞子を撒いて感染させてしまえば操縦者のコンピュータの内部に侵入し、情報を抜き取ることもできるし、逆探知も可能だ。


 珪菌ドローンは油断のない余力を残した速度で接近し、先頭に一機。その後ろに、左右一機ずつ。敵は典型的な対ドローン戦の構成だ。ドローンを襲わせつつ、リーダー機がユーディを見つけ出して殺害することが目的だろう。敵ドローン部隊は通行人の頭上をかすめて駅前商店街のアーケードまであっという間に侵入した。動きの無駄のなさからそれなりの操縦者を見繕ってきたらしい。

 後ろの2機は一般的な軍用のドローンと同等レベルのものだろう。先頭のものは他の2機よりも小型だったが、複数の子実体を付けており、中央には大きな傘を持つ子実体が乗っている。ベースのドローンはわからないが上のキノコは電波を送受信しやすい生やし方だ。他のドローンとの連携と、より長距離あるいはより精密な動きを実現するためにこのような生やし方を行っている。おのずと情報を処理し統括しているリーダー的な立場の人間が使用していることが判明した。おそらくこの先頭のドローンがリーダーなのだろう。


「キノコは魔法でメタれるでしょ、ワカラセてやりなよ」


 ユーディの魔導ドローンだ。異世界人の魔導技術によるWx技術、ウィザードトランスフォーメーション技術の結晶だ。魔導ドローンは操縦者の固有魔導係数イニシャルによる魔素通信というきわめて隠蔽性の高い通信方式で動き、ユーディの発する魔素に依存した浮遊魔法レビテーションで動く。特にユーディのものは電子回路を一切搭載していない完全な魔導技術によってつくられたドローンだ。直径45センチのパイ皿のような形状の中には、魔導論理回路が書き込まれた銀箔を圧縮積層したグリモアという構造をチタン合金で封入しただけのシンプルなモノである。外から見れば金属の塊であり、胞子を一切受け付けない。ゲーム的に言えば、珪菌ドローンにはメタ的に刺さる性能を持っているのだ。


「ジョル。キノコドローンとまもなく会敵。特定戦に移行」

「了解。特定戦準備」


 ユーディは既に視界逸らしの魔法を応用した心理ジャミングの範囲を最大円で最強出力にした。いわゆる対人ステルス機能だ。周囲300mの人間はそれこそ殺意を抱くほどの強い意志でユーディのドローンを睨みつけるかカメラ越しでも注視しないと彼女のドローンは認識できない。


 ユーディは低速で移動しながら、行動を読ませないようにして編隊の前におろおろと近づいて行く。

 三機のドローンが編隊を維持したまま、速度を上げる。ユーディのドローンが接近すると、先頭のドローンが速度を落とし、木の葉のようにひらりと下に落ちる。すると、後方二機がおもむろに飛び出してきた。左右にフックを放つようにユーディのドローンカメラの視界の端から左右に抉ってくるようにぶつかってくる。

 捕獲ネットや硬化スプレーを射出せず、何もせずに突っ込んでくることを考えると後方二機は自爆カミカゼドローンだろう。通行人がいるのによくもこのような大胆なことができるとユーディは感心した。公然とこのようなことができるのはバビロン社の影響があってのことだろう。爆発に巻き込まれて多少日本人が死んでも問題はないのだろう。


「爆弾積んでるな。通行人は日本人とはいえ、人なんだぞ。宇宙人め……」


 読み通りだったということもある。ユーディは魔導ドローンを慣性をほとんど無視して後方に急制動し、左右のドローンのフックを避ける。二機のドローンはその場にいたはずの魔導ドローンが居なくなり、ぶつかりそうになりつつも何とか姿勢を制御して、上下にずれて回避する。上に避けたドローンのプロペラが、下になったドローンに生えた子実体をかすめて揺らした。一部を削り取れたものの、土壇場で良くしのいだ。もし完全に刈り取られていたら、片方のドローンは操作不能になっていただろう。少し操縦者は焦ったらしい。慌てている様子が垣間見えた。ユーディは余りのふがいなさにあきれ返って、ジョルと情報を共有する。


「避けなければ良かったのに。これ近くで目視してなきゃさっきの避けれないでしょ」

「えっ、えーっと、避けたの?」

「避けた。じゃあそっちの片方、よろしく」

「分かった」


 2機のドローンはユーディのドローンとのあからさまな性能差を警戒して、油断を誘う戦法に変更したらしい。彼女のドローンの回りを蠅のようにグルグル回り、急につかず離れずの距離を取り、ユーディをできるだけ釘付けにしようと目論んだ。後ろにいるリーダー機は遠巻きにユーディのドローンを見ながら、後ろの方で待機していた。操縦者であるユーディを探しているのだろうか? 公園は確かに駅前にあるが、商業施設と小さな商店街にはさまれている。平日の昼には人の出入りが少なくなるが、公園の内側の人通りは以外に少なくないが、そもそもそこにいるとは限らない。


「そんなことやっても無駄なのに」


 敵ドローンが余りに必死になって追いかけてこないので、じれったくなって、通行人の迷惑を顧みず、わざと噴水をスレスレで避けて水を跳ね上げたり、木の中に突っ込んでガサガサと木の葉をゆらしたりする。ユーディのドローンは水や木の葉にぶつかった程度で体勢が崩れることはない。2機は何度も衝突をしかけたが、もう自分の次の手を読んでくださいと言わんばかりの行動で、ユーディはあくび交じりに避けるぐらいだった。


「あーあ、もうそれで、完全に積んじゃったじゃん」

 30秒ほどそうして2機のドローンを遊んでいたが、後ろの一機は何もせずにこちらを見ていた。


「何やってんだろ、あいつ」

 ユーディは不審がって木立や人の間を抜けながら、その様子を観察した。この1機だけ、やはり妙だ。特に何をするでもなく、後方に控えて、ドローンの下部についているカメラをこちらに向けて観察している。菌糸が蔓延していて外観がよくわからないため、自然を装って目視で確認できるところまで接近してみることにする。


「あこれ、魔導珪菌ハイブリッドドローン!」

 間違いはない、キノコの下はやや旧式の魔導ドローンだ。その瞬間、このドローンの目的が判明した。魔導ドローンに電子機器のアタッチメントを介してケイ素キノコを寄生させた魔導珪菌ドローンだ。ユーディの完全な魔導ドローンより操縦性能は劣るが、魔素通信と珪菌通信を併用して行うことができる。おそらく、この後ろに控えているドローンは2機の自爆ドローンでユーディのドローンを撃墜したのちに、この魔導珪菌ドローンで魔導ドローンの通信を乗っ取り、操縦位置を逆探知するのが目的だ。このドローンは公園にいるであろう操縦者を探しているのだとユーディは思ったが、本当の目的はユーディのドローンにとりついて行動不能に追い込み、そこからマッシュハックでユーディの居場所を逆探知で特定することだ。隙をついてとりつくつもりだったのだろう。


「じゃあ、先にこっち!」

 ユーディの対戦型TPS[モーリグナ]で鍛えた判断能力で瞬時に頭を切り替えると、二機のドローンを緩急を付けた動きで左右に翻弄すると、今度は急に慣性無視して時速120kmの速度で魔導珪菌ドローンに突っ込む。容赦なく重さ38㎏の金属の塊が直撃したことにより、呆気なく商業施設のガラスを突き破って、理髪店の衝立に突き刺さる。魔導珪菌ドローンは完全にひしゃげて機能不能になった。


「まずは一機」

 リーダー機を潰してしまえば後は指示を出す人間は居ない。こちらも表面の合金が少し曲がってしまったが操縦は特に問題はない。珪菌ドローンの相互通信機能の主要機を沈めたため、残りのドローンは操縦システム上も操縦の精彩を欠いた状態だ。先ほどの衝撃で商業施設からわらわらと人が飛び出して来たり、周辺の施設から野次馬が様子を見に来る。とにかく特定するのをあきらめて、ドローンが自爆攻撃をしかけにくる。だが、やつらは焦ったのが間違いだった。もうすでに2人の操縦者の居場所は特定していた。


 しばらくすると、2機のうち1機が操縦不可能になり、突然直進を始めてどこかにいってしまった。

「そっちの、仕留めた?」

「ユーディ、商業施設の方に1匹居た。報告した場所。3階のカフェの窓際のメガネのヤツ。様子見てたらドローンの動きに合わせて体傾けてたから、ジャイロ操作してたみたい」


 ジョルはすでに首に小型注射器で毒のアンプルを注入し毒殺したらしい。ドローンカメラで見れば、すでに商業施設からの避難者にまぎれているのが確認できる。

「じゃあ、こっちもそろそろ2匹目を始末しておくかな」

 ユーディは木の下のベンチの近くにずっと座っていた大学生らしい男の子のところに魔導ドローンを飛ばした。さっき噴水の水や木の中に突っ込んでわざと周辺の通行人の反応を見ていたが、木の中に入って揺さぶったとき、そのうちの一機の操縦がふらつく様子を見せていたので、間違いはないだろう。今もどこかに飛んでいくドローンに呆気に取られているのでコイツで確定だ。


「人間はねえ、エイムはカンタンだけど、確1じゃないからめんどくさいんだよなぁ」


 通行人は今逃げ回っている大学生が目に見えない襲撃者に襲われているなど理解もできないだろう。ユーディのドローンは通行人には認識されていない。しているのは先ほどまでドローン戦を行っていた彼だけだ。先ほど商業施設で起こった『爆発』で正気を失って逃げ惑っている人間だと思っているのかもしれなかった。通行人は奇怪なダンスを繰り広げる彼を怪訝な目で見て助けようともしない。こういう時日本人は邪魔をしない。ユーディはこいつで最後だと遠慮なく叩き潰す。

「おら、おら、おら、おらおら」

 鉄槌で肉を打ち付けるような音をユーディは5回も聞くと、大学生はようやく倒れた。


「よし、死んだ。2匹目。男子大学生っていやなんだよね。やるなら老人か主婦の方がいい。大体確1だからね」

「何そのヤな攻略情報」


 ジョルの返事にけたけた笑うとユーディは立ち上がった。ネットカフェの個室で全裸だったので外に出るためにその辺に丸めてあるロングTシャツを着始めた。

「じゃ、最後の1匹、シメてくる」

「え、どこにいるの? ……あ、子機で逆探知かけたの。判断早ッ」

 ジョルの知らないうちにハイブリッドドローンに子機を飛ばして、魔導ドローンのグリモアを解読し逆探知をかけたらしい。ドローン側の子実体はもう粉々になっているので操縦者からの通信は受信出来なかったが、送信者側の魔素通信は切れてはいなかった。そこに目を付けて逆探知をかけたのだ。


「3階。上階の個室にいるわ、最後のコイツ」

 ユーディはジョルにハイブリッドドローンの操縦者の情報を送る。ジョルは手持ちのリストと照会すると正体が判明した。

 名前は小崎ラウラ。職業は主婦。夫は中国大手IT系企業に勤める中国人。年齢43才。ブラジルと日本のハーフとして潜伏しているが、小崎は通名。夫婦とも情報を偽装している。婚姻関係は果たして不明だが、おそらく夫の方は大陸系の宇宙人だろう。

「じゃ、首刎ねてくる。こいつ、結構大規模な通信のハブらしいから、急いで首刎ねないとメガストからヘルプ呼ばれちゃう」

 ユーディはロンT一着というおよそ人を殺すとも思えないラフな恰好で、切断ワイヤーと巻き上げ機のついた簡易斬首装置かんたんギロチンキットを片手に飛び出した。

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