第3話 1-2

 レストランからの帰り道。龍太と別れ、住んでいるマンションの最寄り駅に到着。

改札を出て、腕時計を見る。去年、誕生日のプレゼントで龍太から贈られたアニエス・ベーの時計だ。

まだそんなに遅い時間ではない。いつもとは違う道を選ぶ事にした。


マンションまでの道のりは比較的閑散としており、今から通る道は街灯が疎らで薄暗い場所がある。

遅い時間であれば明るい道を通る事にしているが、少し遠回りになる。

「今日は大丈夫でしょ」

と、小言を呟きながら私は夜道を進む。


 ちょうど薄暗い場所に差し掛かったところだった。

マンションまで後、五分程の距離だ。黒く長い物が道を塞いでいる。

最初、それが何なのか全く分からなかった。しかし、次第に目が慣れてくると人影だという事に気づく。

地面に倒れているのか、ゴソゴソと何か蠢いている。その大きさからして、成人男性のように見えた。


「たす、けて」

かすれ声だったが、助けてと、そう聞こえた。

「助けて・・・下さい」

「あ、え?大丈夫ですか?」

それが咄嗟に出た私の第一声だった。


「お願い、します。追われて・・・ます」

影の声が言った。確かに言った。とても通る声をしていて、男らしい。

それでいて、どこか透明感のある声でもある。私が創造していた謙信様のお声のイメージに近かった。

「警察か救急車を呼びますか?」

私は携帯をバッグから取り出し、画面にタッチしようとした。

「待って・・・下さい。警察には。電話しないで」

「え、でも」

「ほんの少しの時間だけ、どこかに匿って頂けませんか?」

よろよろと男性が立ち上がる。身長は高いほうのようだが、一八〇センチに満たないか。

「明日の朝までには居なくなります。出来る限りご迷惑はお掛けしません」


 結果的に、その影の彼を、自分のマンションに連れていく事になってしまった。

いつもであれば絶対にそんな事はしない。私には大切な人が居る。

龍太に疑われたり、裏切るような行為は絶対に有ってはならない。

 

 そのハズだったが、何故か今回は違った。明日の朝までに出ていくのであればそれほど問題はないのでは。

(冷静に考えると、夜明けまでに必ず出ていくという保証はないのだけれど)

そんな気持ちと、男らしくも透き通った影の彼の声が私の判断をいつもとは違うものにしていた。


 肩を半分貸しながら、何とかマンションまで到着した。そこまで遅くない時間だったが、エントランスに人影はなく、恐らく監視カメラ以外には誰の目にも映らず私の部屋へと到着した。部屋の灯りを点け、影の彼の姿がはっきりと見えた。

「え・・・」

 

 はっとした。彼の顔は、私の敬愛する謙信様のイメージそのものだった。しばらく見つめていると、影の彼が不思議そうに見つめ返して来た。

「あ、ごめんなさい。洋服や顔が少し汚れていますね。ちょっと待っていて下さい。タオルを持って来るので。どうぞ部屋に上がってください」


申し訳ございません。影の彼がそう告げると、沓脱に脱いだ靴を揃え、静かに玄関を上がってリビングの方へと歩いて行った。


 どーゆー事?謙信様??まさかそんなハズが。

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